作曲法ねえ

音楽の話になって、自分で曲を書いて演奏して……というのが趣味(これも世間で言う趣味と同じなのかどうか何とも分からないのだけど)だ、と話すと、多くの人が、

「えー、すごいですねえ。曲って、どうやって書くんですか?」

と聞いてくる。実は、この質問ほど答えにくい質問はなくて、この質問に答えるのが面倒だから、音楽の趣味の話をしないことさえあるのだけど……こういう質問にどう答えたらいいのか、今でも本当に悩まされる。

たとえば、何か一曲書こうと思ったとして、そういうときにどうするか……うーん。僕の場合は、手にギターを持つことが多い。鍵盤も使う(というか、ある段階以上になったら鍵盤がないときついかもしれない)のだけど、場合によっては、何も持たずに曲を書くこともある。

じゃあなんでギターを持つんだ?と聞かれそうだけど、もちろんコード進行とかオブリガードとかを確かめるのに使うんだけど、リズムパターンを考えるときにもギターがあると便利だからだ。最初にあるコード進行があって、じゃあこのヴォイシングからこのヴォイシングとして、リズムパターンは……と、その場でカッティングなんかして、ああこのパターンかな、などと考えをまとめていくわけだ。だから、ギターにせよ鍵盤にせよ、あれば便利なんだけど、なければ曲が書けないというものでもない。むしろ、集中しているときに楽器に触ると、その楽器の奏法が発想の縛りになってしまうので、そういうときは手には何も持っていない。

職業作曲家、それもオーケストラ向けの曲を数多く書く人なんかはどうしてるんだろう、と思って、"Musicman's RELAY"なんてのをネット上で見つけて読んでいたら、かの服部克久氏が同じようなことを言われていた。以下、該当箇所を引用する:

●まぁ、普通の音楽教育を学校に任せて、身近な音楽教育はなかったということですかね…。 そういえば服部先生は作曲を全部頭の中でピアノを弾かずになさるとか…これは先天性なものなんですか。

そうですよ。僕はそうしてますし…。親父はピアノ下手だったんで、あんまり弾かなかったかな。ピアノは横にありましたね。譜面向かって曲を書いてこっちに脇にピアノをおいて…ボロ〜ン♪とかってやって…確認のために弾いてたみたいですね。

●だいたいみんな頭の中に鳴ってるっていう…。

よく映画でね、バーッて弾きながらこう書くっていう…あれは嘘ですよ。あんなのしてたら先に進まないですよ。

●(笑)

ダーッて書いて「ここ大丈夫かな?」っていう時に、ちょっと確かめる。だいたいはそうやってやるんじゃないんですか。他の人が作曲してるところを見たことがないんでわかんないんだけど。

●オーケストラの譜面ですよね…何パートも全部頭の中にあるなんてすごいと思いますけどね。

うん。ただ譜面書くだけなら3年ぐらい勉強すればだれでもできるような話なんですよ。

コンセルヴァトワール出身の服部氏と、ほとんど独学で音楽をやっている僕とを比較するのには無理があるけれど、僕の場合でも、楽器や譜面にダイレクトに接していないと作曲できない、ということは、実はなかったりする。あくまで音の世界は頭の中で構築されて、それを確認するために楽器、記述するために譜面を使うけれど、楽器や譜面が世界を構築してくれるわけではないからだ。

そういえば、前に、何のテレビ番組だったかは忘れたけれど、職業作曲家に「作曲するときに何を使いますか?」というアンケートを取っていて、一位の「ピアノ」に次ぐ堂々の二位が「口三味線」だった、というのを観たことがある。一応曲を書く立場としては、これは実によく分かる話であった。

僕の場合、曲を書く上での最初のきっかけは、リズムパターンやコード進行の一節 (snippet) である。印象的な snippet が浮かんだら、譜面にメモっておくか、DAW でその一節のイメージを打ち込んでおく。余談だけど、IT 業界でも、ソースリストの「一節」(汎用性の高いルーチンとか)を code snippet とか、単に snippet とか称することがあるようだけど、意味はそれと全く一緒である。この snippet が、曲の中で印象的なフレーズとして機能するときは、これを hook と言う。まあとにかく、これが手をつける最初のポイントになるわけだ。

……と、ここまで書いてきて、「その snippet はどうやって作るんだ?」とかいう疑問を向けられるような気がしてきた。うーん。これは、こう、浮かぶんですよ。何か曲を聞いているときとか、音楽とは全く関係ないことをしていたりとか、人によってはクルマに乗ってるときとか。昔、まだ IC レコーダとかがなかった頃に、ミュージシャンは出先にいるときやクルマの運転中に snippet が浮かんだとき、家に電話する、という話があったけれど、これは家の留守電に吹き込んでおくというわけだ。曲をかかない方々も、でたらめな鼻歌とか唸っていると、きっとこういうフレーズが浮かんでくることがあると思う。

で、その snippet の前後を構成するものを考えつつ、曲全体の構想を組んでいく。これは、印象的な一言を出発点にして、短編の小説を書くようなもので、文章を書くのに漢字や文法が必要なように(というかその程度には)、和声学とか対位法とかリズムパターンの構築とか、まあそういうものは必要になっていく。これは、僕の場合は浴びるように大量の音楽を聴いていたという背景があって、その記憶に楽典で説明をつけていく、というようなかたちで学習したものを、自分のイメージに適用して書き進めていく……という感じだろうか。まあこれは、小説を読むのが好きだった人が、やがて自分も書くようになる、みたいなもので、自分としては極めて自然な行為なのだけど、段階的にこれを他者に伝えるというのは、どうにも難しいかもしれない。

こういう作業の結果、メロディとコード進行と簡単なリズムパターンの組み合わせができてくる。おそらく、世間で言う「作曲」はここまで、ということになるのだろう。その後は、全体の構成の中で聴く人をはっとさせるようなコード進行とかリズムパターンとかを改めて考える。場合によっては、最初考えていたのと全く違うリズムパターンになる可能性もあるし、必要に応じて、それらのパターンに合わせてメロディの方をいじることもある。この作業と並行して、DAW でリズムパターンを組んでいく。最初はドラムとベース、鍵盤辺りを組みながら、印象的な楽器(ホーンセクションとかストリングスとか)の旋律を決め、更にそれに合わせて他の部分をいじることもある。

……まあ、こうやって曲を作っていくわけなのだけど、結局、作曲・編曲・演奏は、作業としては不可分なものになっている。自分ひとりでやっていて、メロ譜や書き譜を書く必要もあまりないし(ベースのようにアレンジに大きな影響を与えるものの場合は、自分の演奏用に譜面を書くこともあるけど)、おそらく他人が見たら、何だか分からないうちに曲が出来上がっていくのかもしれない。そういう意味では、このような作曲は彫塑によく似ている。

石や木を掘り込んでいくのを横から見ていて、どうしてそこから動物や青年や裸婦や、あるいはガウディの建築物のようなものが出現するのか、これは「謎」のようにも思える。漱石の『夢十夜』の第六夜に、「運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいる」話というのがある。天衣無縫の体で木に埋もれた仁王を掘り出すがごとく彫る運慶を見て、自分も庭の裏に積んでいた薪を彫ってみるけれど、結局何も出てきませんでした、という話である。この話は、

自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋(うま)っていないものだと悟った。それで運慶が今日(きょう)まで生きている理由もほぼ解った。
と終わるのだけど、勿論木の中に仁王が隠されているわけではない。木塊という閉空間の中に他者が掘り出し得ない仁王を見、それを彫りだすのは、ひとえに運慶自身が木に何を投影し、どう鑿を振るうかにかかっている。運慶が今日まで生きている(その他者に代え難い存在が重く認知されている)のは、あの仁王が運慶でなければ彫れないからだ。僕のように「ささやかな」アートに取り組む人間であっても尚、一応は他人が作らない・作れないものを「かたち」にしているところは同じであって、その過程が他者にはどうにもよく分からない、というくだりも、よく似たものを感じるわけである。

さて……で、毎度おなじみニコニコ動画などでも、オリジナル曲を公開する人が増えている。増えている……のだけど、なんかこう、どうもぱっとしないのである。アクセス数などを見て、高い人気を誇るものを聴いてみても、あーこれいいなあ、と学ぶべきものを感じることはまずほとんどなく、毎度おなじみのコード進行やメロディに、味のない練り餌を喉に詰め込まれたような気分にさせられることがほとんどである。

こう感じるのば僕だけではないらしい。「音極道」で書かれて、後にニコニコ動画でも配信された『JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた、という話』なんてのはその一例だけど、実際、最近の avex ものとかが、如何に automatic にこの「王道進行」とか、あとはいわゆるカノン進行(馬鹿の一つ覚え的に誤解している人がいるようなのでここに明記しておくけれど、「王道進行」と「カノン進行」は異なる進行形である)を用いていることか。そういうのが好きな人には、作曲というのは簡単なことに思えるのかもしれないけれど、まあそう安易なものではないんだよなあ。

遅れてやってきた幸運

僕は音楽制作に、年代物のオーディオインターフェースを使ってきた。これはTASCAM US-428というシロモノなのだけど、アナログ関連が結構しっかりしていて、Cubase のオペレーションに対して至極便利で、おまけに Linux 上からも簡単に使えるので、もう十年くらい(いや、それ以上かな?)、僕はこのインターフェースを使っている。

とはいえ、もう完全にメーカーも legacy 扱い(っていうかこういうのをまさに legacy って言うんだろうけど)の状態なので、可搬性があるオーディオインターフェースということで、TASCAM US-144を購入してあった。このインターフェースは USB 接続だけど、バスパワーで動作して、しかもファンタム電源まで付いている。音質は US-428 のそれを継承しているならば問題はあまりないだろう……ということで、衝動買いに近い勢いで買ってしまったのだが……実はつい最近まで、こいつは埃をかぶっていたのだ。勿論それには理由がある。

この US-144 を購入したとき、僕は音楽制作に使用している端末を Windows XP (32 bit) で動作させていた。この時点では、使用に際して何も問題は生じなかったのだが、メモリを 4G に増設するのにあわせて、OS を Windows Vista 64bit に更新したとたん、US-144 がまともに動作しなくなった。音がプチプチ切れて、CPU に異常な負荷がかかって、甚だしきに至っては blue screen で OS ごと落ちてしまう……これは僕が 64 bit Windows を使っていてほぼ唯一とも言えるトラブルだったのだけど、これには参った。だって、32 bit OS で動作させていたときには何も問題なかったんだぜ?

まあ、当然これはドライバに問題があるんだろう、ということで調べてみると、この US-144 のドライバはどうやらPloytec GmbHが作っているらしい。更に調べてみると、どうもここの 64 bit 版ドライバには USB コントローラに対するキッツーい相性問題があるらしく、僕の使っている Dell Inspiron 1501 の Ricoh 製 USB コントローラに対して、このドライバがちゃんと動作してくれない、ということらしいのだ。うーむ……丁度そのとき、僕は新しい曲の録音をしようとしていたところで、ドライバ問題を抱えて右往左往するより、もう使わないだろうと思っていた US-428 の 64 bit OS 上での使用を試す方が現実的だったのだ。で、恐る恐る US-428 の 64 bit ドライバを入れてみると、何のことはない、こちらは至極快適に動作する。これならもうこれでいってしまおう……ということで、僕は結構長い間 US-428 を使っていたわけだ。

で、最近、mixi の DTM 関連コミュニティにおいて、「32 bit OS と 64 bit OS、どちらがいいんだろう?」というような質問が頻発していた。そもそも DTM はメモリもたくさん使うわけだし、僕の US-144 のようにドライバで問題が生じるようなことがない限りは、こんなものは 64 bit に移行した方がいいに決まっている。しかしながら、32 bit OS しか使ったことのない人々が、ビギナーに「64 bit はダメですよ」みたいなことをしたり顔で教え込もうとするのを何度となく目にしたので、そのたびに、ドライバで不都合が生じなければ、そんなものは 64 bit の方がいいに決まってるじゃないか、という主張を(当然論拠を明示して)書いていたわけだ。

しかし、どうも喉にひっかかった骨のように、US-144 に関する問題が未解決のまま存在していた。うーん、どうしたものかなあ……と思いつつ、久々に TASCAM のサイトを覗いたら……あれ、ドライバが一気に ver.2 レベルまで up してるじゃないの?どういうこと?

僕も、US-144 がディスコンになったことや、その後継機種としてTASCAM US-144MK2というのがリリースされたということは知っていたのだが、US-122 と US-122L のときのような差異(この2機種は名前はそっくりなのだけど内部チップが違う…… ALSA 関連で USB オーディオインターフェースをいじっているとよくこの話を聞いたものだ)はなく、この後継機種の初期のドライバは US-144 用としてもリリースされている……ということらしい。早速そのドライバを入れてみると……おー、問題なく動作するじゃん!

かくして、サウンドインターフェースとして今僕は US-144 を使用している。ASIO の負荷が US-428 よりも高いような印象があるのだが、僕のように大規模な同録をしない(自分の歌かギター、ベースか、アウトボードのシンセを使うとき位だろう)場合は、これでもどうにかなるようだ……まあ、デスクトップ環境を整えたら、RME Fireface 400RME Fireface 800かのどちらかを入れるつもりなので、それまでのつなぎということになるわけだけど。遅れてやってきた幸運によって、僕はもうためらいなく 64 bit OS の導入を人に薦めることができるようになった。

【後記】US-144 でちょっと録音してみたけれど、よくよく考えてみたらこいつには ASIO ダイレクトモニタリングの機能がないのだった。その代わりに、インターフェース上でマニュアルで入力を返すように設定できるのだけど(まあ ASIO ダイレクトモニタリングも、これを DAW 上で実現しているわけだが)、うーん……せめてドライバでフォローしてくれればなあ。というわけで、結局家での環境は US-428 に戻すことになりそうな感じだ。

知らざる者の傲慢

なんか僕の mixi のアカウントにわざわざリンクを張ってまでさらされていた(一応魚拓も取っておいた)のに objection を。

まず、この手の輩は、人が何事かに対して答える上で、相応の責任を負い、労力や時間も(些少ではあるかもしれないけれど)消費させられるものだ、という視点が欠如している。これに関しては、Linux 業界で有名な生越氏の(これはもうかなり前に書いているはずだけど)『我々は十分か』:

http://www.nurs.or.jp/~ogochan/linux/5.html

でも読んでみればよろしい。生越氏の言葉を借りれば:

それは、ここでの対象となっている「タコども」が、あまりに「お客さん」であり「感謝を知らない」ために、文句を言っているので ある。
……まあ、この手の質問に20年近くも答え続けていれば、誰でもこの心境に至るものだよ。僕もしばしばRTFMという言葉を使うけれど、本当に、今の「質問者」の多くに対して、僕はこの言葉を堪えながらコメントすることが多いのだ。情報交換のメディアにおける、流通する情報の「質」がいつまでたっても向上しないことに苛立ちと諦観を抱えつつ、ね。

次に、上リンク先の人物が言うところの「やさしさ」に関して。これももう言い古された話で、僕も何度か open な場所で指摘しているけれど、この人物のいう「やさしさ」というのは、明らかに従来の「優しさ」ではない。知らないことを他者に教示してもらうよう乞うときに、そこに hospitality を要求する、というのは、これは「やさしく教えろやゴルァ」と言っているに等しい。先にも書いた、教える側の事情を何も斟酌していない態度だとしか言えない。

じゃあ、彼らの求める「やさしさ」が何なのか、というと、これは精神科医の大平健氏が言うところの「やさしさ」(彼は記号的に、このやさしさを平仮名で表記する)だと言えるだろう。この「やさしさ」に関しては、大平氏の『やさしさの精神病理』に詳細に記述・考察されているので、興味のある方はそちらをご一読いただきたい。

いやはや、しかし、上リンク先の人物、こういう風に書いている:

で二つ目は、mixiのTeXのコミュニティ。TeXもマイナーなんで、同じ原理で(?)優しい人が多いんだけど、正直http://mixi.jp/show_friend.pl?id=546064の人はどうかと思った。荒れるってわけじゃないけど、傲慢さよく出てる・・・というか、自意識過剰な感じが良くない方によく出てる。なんか・・・全裸説教強盗って感じ?
いや違うでしょう。むしろあなたみたいなのを居直り強盗というんだよ。

【追記】

またしつこく書いてるなこの人。一応リンク、そして証拠保全のために魚拓。

先方の引用部でなぜか以下の部分が消されている:

僕もしばしばRTFMという言葉を使うけれど、本当に、今の「質問者」の多くに対して、僕はこの言葉を堪えながらコメントすることが多いのだ。情報交換のメディアにおける、流通する情報の「質」がいつまでたっても向上しないことに苛立ちと諦観を抱えつつ、ね。
一応ここは重要なところなんだけどなあ。僕の心の叫びみたいなものだからねえ。

しかも僕の書いているところの「優しさ」と「やさしさ」の違いをまるっきり理解しようとしていない。それに、ある人物のモラルを以て(社会的規範を損なわない限りは)他者を断罪すべきものではない、ということもどうやら理解していないようだ。僕は書き言葉ではカタい言葉を使うので、しばしばこのような「込めてもいない悪意」を感じて悪意を以てこのような書かれ方をする経験があるけれど、自分の書いたことをちゃんと読まずに、しかも恣意的引用(ととられて然るべき引用の仕方)をして、原文が net 上で open なのにリンクもしない……なんて輩は、本当にたちが悪い。

そしてこれがこの人のドグマなんだよな:

で、この人(筆者注:原文ママ)場合、この文章の「人に教えを乞う」という表現から傲慢さがよくわかる。
僕は「人に教えを乞う」という定型句なんか書いていない。僕はこう書いたのだ:
次に、上リンク先の人物が言うところの「やさしさ」に関して。これももう言い古された話で、僕も何度か open な場所で指摘しているけれど、この人物のいう「やさしさ」というのは、明らかに従来の「優しさ」ではない。知らないことを他者に教示してもらうよう乞うときに、そこに hospitality を要求する、というのは、これは「やさしく教えろやゴルァ」と言っているに等しい。先にも書いた、教える側の事情を何も斟酌していない態度だとしか言えない。
要するに、この人が言うところの「やさしさ」(平仮名表記であることに注意)を冒していると僕を非難する行為は、この人の「やさしさ」のドグマで僕を断罪しているだけの行為だ、と僕は言っているのである。そもそも、「教えを乞う」って、そんなに屈辱的な言葉なのだろうか?まあたしかに「乞」は「乞食」の「乞」だけど、そもそも「乞」という字は「神仏に対して願う」という意味を帯びているので、何ものかを貶めるものではなくて、求める側の謙譲の意が入っているだけなんだけどね。屈辱なんて意味は、そもそもこの字にはないんですよ。

一応自然科学者の端くれとして書いておくけれど、僕は何事か、より reasonable なものに近づけるのだったら、相手が三歳児だって教えを乞うだろう。そして僕のそういうスタンスは、僕が出会ってきた、僕の関わった研究領域での権威と呼ばれる人達に学んだものだ。彼らは、当時学生だったり、学位を授与されたばかりの新米研究者だったりした僕に対して、権威の威光を振り回すなんてことはなかった。実にフランクに、僕の意見を聞き、自らの見解を僕に示してくれた。けれどそれは、相手の見解に対して相手が負うのと同等の責任を負うことの必要性を暗に僕に感じさせて、僕はいつでも冷や汗をかきながらそういう人達とディスカッションをしたものだ。

だから、教えを乞う/乞われるときに、どちらが上でどちらが下だ、などということは、そこに何の関わりも持ち得ない。求められるのは、必要な情報を得る上で真摯に問うているか(自力で調べられることは調べて……勿論人間だから力及ばないこともあるだろうけれど、聞くことをちゃんと分からないなりに整理して、何がどう分からないのかを伝えるように努めているか)、そしてそれに対して必要な情報を十分な確かさで、そうでないならエラーバーも含めて真摯に提示できているかどうか。それが全てだ。目線の上下なんてのは、そういうやりとりには何も関わりがないし、何も影響しないし。勿論僕はそんなものをこういうやりとりに導入したことがない。

それにしても……この人、まるで「『上から目線』過敏症」みたいだよなあ……あるいは過去に何か「教えを乞う」という文脈において、何か大きな大きな負の記憶でも抱えているんじゃなかろうか。抱えていようがいまいが、それは個人の勝手だけど、それを振り回すなんて、これこそが傲慢なんだっての。

知らないと恥をかくけど、知っていると恥ずかしい

世の中には、知らないでいると恥をかくけど、知っていても恥ずかしい思いをする……そういうことがしばしばあるものだ。

たとえば、こんなことがあった。日本で web 日記が流行りだした1990年代半ば頃、日記書きのコミューンの中に一人の女性がいた。その女性は人文科学系の大学院生で、colon という handle(何度もしつこく書くけれど、「通り名」の意味で使われるのは "handle" で、"handle name" という語は存在しないし、ましてや "HN" などという略語も存在しない……日本の jargon としてはどうかわかりませんけれどね)を使っていた。「コロン」だから女性っぽいし、お洒落な感じでいいじゃないか、とか考えたそこのあなた。何かおかしいと思いませんか?

そもそも「コロン」が何故女性っぽい、お洒落なイメージを喚起するのか、考えていただきたい。おそらく、この「コロン」から香水とかをイメージするので、そういう風に考えるということなのだろうか?だとしたら colon というのはおかしい。そもそも「香水」を意味する「コロン」という言葉は存在しない。え?フランス語?それを言うなら「パルファム」Parfum だろう。

僕も別に偏屈親父を気取っているわけではない。おそらく「香水」から「コロン」を連想する方が、正確には「オーデコロン」という単語を経由しているのだろう、ということは分かっている。「オーデコロン」は、フランス式にちゃんと書くと Eau de Cologne だけど、まず、これ式で「コロン」を連想するなら Cologne と書くべきだろう。そして、そもそも Cologne という語には(辞書ででもひいてもらえばすぐに分かることだけど)「香水」というような意味はない。フランス語でも英語でも、Cologne と書けば、これはドイツの都市であるケルン(ドイツ語では Köln と書くけれど)を指すのである。

なぜこんなことになっているのかは、Eau de Cologne の歴史を調べてもらえればすぐ分かる。Eau はフランス語で「水」、あるいは水のような液体を指す言葉だから、Eau de Cologne を直訳すると「ケルンの水」とでもいう感じになるわけだけど、世界最初の Eau de Cologne は、ケルン在住のイタリア人香水職人 Giovanni Maria Farina(イタリア式に読むと「ジョバンニ・マリア・ファリナ」だけど、ドイツ式に「ヨハン・マリア・ファリナ」と呼ばれることが多いらしい)が 1709年に製造したものとされている。ファリナは自分の第二の故郷であるケルンの街の名を冠して、この新しい香水を Echt Kölnisch Wasser(= original Eau de Cologne)と名づけたのだが、1794年にケルンに進駐したフランス軍の軍人が、これを自国に持ち帰り、それ以後はフランス語の Eau de Cologne が世界的に用いられるようになったと思われる。ちなみにケルンでは、この当時の区画整理番地に由来する "4711 Echt Kölnisch Wasser" が現在も製造されている。

……いや、単なるケアレス・ミスでしょ?何をそんなに全力で否定しなきゃならないの?とお思いの方が多いと思う。だから先の colon なる単語に戻るけれど、これを英和辞典ででもひいてみてもらえたら、ここまで駄目を押す理由がお分かりになるかもしれない…… colon は英語では ":"、つまり句読点のコロンを指すか、小腸と直腸の間の部分(日本語で言う「結腸」や「大腸」)を表す言葉なのだ。そして、何の前触れもなしに colon と出てきたら、おそらく連想されるのは「腸」の方である。知らなかったであろうとは言え、handle が「結腸」というのは、これはあまりにケッタイな話なのである。

前に blog で書いたことがある話だけど、僕が大阪に住んでいたときに、近所に開店したケーキ屋の看板に "Taste of Mammy" と書かれていて、これをどうしたものか、と悩んだことがあった。これも「お母さんの味」という日本語が、正確には「お母さんの手になる味」「お母さんによる味」を表すことを深く考えずに、安易にそのまま英単語に置き換えた(もちろんこういう置換を「訳」とはいわない)結果、恥ずかしい看板が出来上がってしまったわけである。 "Taste of Mammy's Cooking" と書けば、何もおかしくないんだけれど……まあこれも、知らないと恥をかくけど、知っていると恥ずかしい一例である。

……で、今日、どうしてこんな話を書いているか、なんだけど……以下、若干シモネタがかった話になることを、どうかご容赦いただきたい。実は前々からおかしい、おかしい、と思いつつも、おおっぴらに話したり書いたりできずにいたことがあるのだ。今日こそは、それをここに書いておこうと思う。

ニコニコ動画のコメントとか2ちゃんねるの書き込みとか、あるいはアダルト関連の情報一切の中で、よく「肛門」の意味で「アナル」「アナル」と書かれているのを見かけるのだけど、これっておかしくありませんか?僕の言語感覚では「アナル」というのは anal だとしか考えられないんだけど、これはいわゆる形容詞格ってやつで、anal という言葉単体では意味を成さないはずなのだ。これは anus「アヌス」じゃないんだろうか?

Anus というのはおそらくラテン語由来の単語だろうと思ったらその通りで、もともとラテン語で「環」を意味する言葉なのだそうな。まあ「肛門」という単語が単体で使われることは非常に少ないわけだけど、あたかも単体で「肛門 = アナル」というのが正しいかのように世間に定着しているのが、僕にはどうにも気持ち悪いのだ……『さよなら絶望先生』の木津千里じゃないけれど、どうにも「イライラする!」。皆さん、もしこの単語を使われる際は、形容詞格との使い分けに注意しましょう、ええ。どうにも気になるんです(自分で使うことはないんですけど)。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

内藤高治氏(旧制武道専門学校教授)の最後の弟子である故小澤武氏(水戸東武館第4代館長)に剣道を、宮田忠幸氏(水戸東武館師範)に居合を、そして父(水戸東武館師範)にその両方を学んだ。

一家揃ってのカトリックだったが、幼少時に神の存在に懐疑的だった(いわゆる「科学少年」というやつで、司祭のところに図鑑を持ち込んで「何処に天国が載っているんだ?」と食って掛かったことがあるらしい)ために、親が幼児洗礼を受けさせなかった。1977年、どうにか自分にとっての「神」のイメージを得たと宣言、小学校入学後に自らの意志で受洗。洗礼名は「使徒トマス」。トマスは十二使徒のひとりでありながら、キリストの復活を実際に再会するまで信じなかった、といわれ「疑り深いトマス」の別名を持つ。また、その名はアラム語で双子を意味し、そのギリシャ語読みの「ディディモ」 Didymus の名でも知られる。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は大阪大学。学部→修士→博士の各課程に在籍し、単位取得認定退学と同時に経産省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後愛知県の自動車関連会社の研究法人で国関係の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後はSEと管理者をしつつ CV をあちこち送る日々である。

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