「最高裁判所裁判官国民審査」に有意義に参加するために
[緊急追記]
今朝、新聞配達と共に行われた選挙公報・審査広報の配布で、ようやく公式の最高裁判事の審査判断材料が手元に来たのだが、これを見て驚いた。なんと、櫻井龍子氏、涌井紀夫氏、宮川光治氏、そして金築誠志氏の関与した裁判のリストに、あの『御殿場事件』が入っていないのである。
『御殿場事件』の上告棄却決定日は平成21年4月13日であるが、裁判長を務めた櫻井龍子氏の関与裁判リストを見てみると、同年1月22日の判決が2件、同年6月2日の上告棄却決定が1件記述されているだけで、社会的に最も大きな物議を醸したであろう御殿場事件に関して記述されていない。審査広報における各人の文責は本人にあると思われるが、これらから推測されるように、審査広報に記述されている「実績」は本人の恣意的選択を経て書かれている可能性が極めて高い。皆さん、この点にはぜひ着目しておいていただきたい。(20090828)
いよいよ衆議院議員総選挙も公示され、皆さんの手元にも投票所入場券が送付されている頃だと思う。公示の翌日から期日前投票も可能なので、あるいは皆さんの中で、
「もう投票してきてしまいました」
などという方がおられるかもしれない。
しかし、だ。それはこの総選挙に並行して行われる、ある大事な国民審査を無視してしまっていることになる。有権者の方だったらご存知だろうけれど、ここで言いたいのは「最高裁判所裁判官国民審査」のことである。どういうわけか、最高裁判所裁判官国民審査の期日前投票は、「投票日の7日前から」ということになっている。だから、今期日前投票に行くと、最高裁判所裁判官国民審査の方は票を投ずることができないのだ。
いや、勿論、期日前投票に2回行けば物理的には問題ないわけなのだけど、そもそもそういう手間を除いて少しでも投票しやすいようにするための期日前投票である。どうしてこの二者の期日前投票の期間を同じくしないのか。いかにも「お役所仕事」だ、と思わざるを得ない。
このような現状に、どうも僕は納得し難いものを感じたので、これをいい機会として、「最高裁判所裁判官国民審査チュートリアル」になるような文書をここに書くことにしようと思う。毎度毎度蔑ろにされているこの国民審査、一国民としては、もっと意味のあるものに「立ち返らせねば」ならない、と、強く感じたからだ。そういう訳で、以下、ざっくりとしたものではあるが、「最高裁判所裁判官国民審査」の情報をまとめてみよう。
裁判所というところも、さすがに最近は disclosure をやっていて、最高裁判所の裁判官一覧とその略歴等を、以下の URL:
http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/index.html
で参照できるようにしている。この中から審査対象となる最高裁判所裁判官は、任命後初の衆議院選挙を迎えたか、前回の審査から10年以上経過した後の衆議院選挙を迎えたか、のいずれかにあたる裁判官である。今回の該当者は9名いるのだが、その氏名と公式プロフィールを以下に示す:
- 金築 誠志(判事、第一小法廷)
- 櫻井 龍子(判事、第一小法廷)
- 宮川 光治(判事、第一小法廷)
- 涌井 紀夫(判事、第一小法廷)
- 竹内 行夫(判事、第二小法廷)
- 竹ア 博允(長官、第二小法廷)
- 近藤 崇晴(判事、第三小法廷)
- 田原 睦夫(判事、第三小法廷)
- 那須 弘平(判事、第三小法廷)
さて、大切なのはここからの話である。この各々の裁判官の来歴に関しては、最近は便利なサイトがあるのでそちら(『Yahoo! みんなの政治』:国民審査)を見ていただいた方が早いかもしれない。ここでは、このサイトで列挙されている事件の中で、特に審査の上で問題になりそうな事案に関して、メディアの記事を見ていくことにしよう。
最初に、ここだけは誤解なきように願いたいが、最高裁判所裁判官の審査は、あくまで、
- 任命されるにふさわしい人物が任命されたか否か
- 最高裁判事としてふさわしい事案の取り扱いをしているか否か
まず、金築氏の関わった事件だが:
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2009/07/16/08.html
の記事をここに引用しておこう。
……一応書き添えておくが、この被告には執行猶予は与えられていない。警察署の塀によじ登って“塀の中”4年確定
警察署のコンクリート塀(高さ2・4メートル)によじ登ったことが建造物侵入罪に当たるかどうかが争われた刑事裁判の上告審決定で、最高裁第1小法廷は15日までに「塀は“建造物”に当たる」との初判断を示し、罪の成立を認めた。
建物自体のほか、塀や壁で囲まれた建物周辺の敷地は「建造物」とする最高裁判例はあるが、塀についてはなかった。
金築誠志裁判長は「塀は、庁舎とその敷地を他から明確に画し、外部からの干渉を排除する作用を果たしており“建造物”の一部を構成する」と指摘した。
争っていたのは、大阪市の瓦職人、奥村亮祐被告(23)。上告は棄却され、懲役4年とした2審判決が確定する。決定は13日付。決定によると、奥村被告は、交通違反を取り締まる捜査車両のナンバーなどを把握するため、大阪府八尾市の八尾警察署の塀に登ったとして現行犯逮捕された。
(2009年07月16日 Sponichi Annex)
次に櫻井龍子氏のかかわった事件だが、これはあまりに有名な事件なので、Wikipedia からリンクしておこう:『御殿場事件』
この事件は、公判中から被害者の供述が二転三転し、果てには被害者側が複数の虚偽の供述をしていたことが判明し、検察側は犯行日そのものを変更するという訴因変更請求を行った。検察側がここまであやふやな振る舞いをするのもまずないことなのだが、裁判所がこの請求を認めた、というのがまた前代未聞。とにかく、あまりに問題の多い審理が進められた。そして最高裁で、犯人とされた3人の元少年のうち2人に実刑判決を言い渡した東京高裁の判決への上告を棄却した(2人は現在服役中)のが、この櫻井氏である。
宮川光治氏が最高裁裁判長として関わった事案としては、旧満州に取り残された、いわゆる「中国残留婦人」が国に損害賠償を請求した訴訟の上告を棄却した:
http://www.47news.jp/CN/200902/CN2009021201000833.html
というものがある。この結果だけみると、宮川氏の裁定を問いたいところだが、これに関してはもう少し深く見なければならない。
いわゆる「中国残留孤児」「中国残留婦人」等への援助活動を行っている『NPO 法人 中国帰国者の会』の公開している情報を見てみよう。件の訴訟に関する情報
の中で:
と書かれている。判事の合議の上、最終的に裁判官全員一致の意見として棄却の判断を下したにも関わらず、裁判長の宮川氏がわざわざ反対意見を出している、というのである。最高裁第一小法廷は、2009年2月12日、当会鈴木則子さんらが提訴した「中国残留婦人」等の国家賠償請求訴訟について、上告棄却と上告は受理しないとの決定を行いました。これは多数意見によるもので、宮川光治裁判長は上告を受理すべきという反対意見(少数意見)を付しました。
宮川裁判長の反対意見は、「自立して生活できない状態で帰国を余儀なくされたのは国策で移民させられた結果であり、自立支援義務は法的義務と解する余地がある。国家賠償法の違法があるか否か議論する必要があるため上告を受理すべきである」というもので、この反対意見こそこの問題を的確にとらえています。
決定文(いわゆる判決文に相当)を同サイトで見ると、この反対意見の全文を読むことができるが、反対意見が決定文全体のほとんどの割合を占める程の詳細なものであり、しかもこれが裁判長の示したものであるということは、非常に興味深いものである。
そして、もう一点、注意しなければならないことがある。この裁判に参加した4人の判事のうち、宮川氏と、今回審査対象から外れている一人を除いた二人は、今回審査対象になっている涌井紀夫氏と櫻井龍子氏だ、という点である。この点は、今回の審査において考慮すべき点であろう。
涌井紀夫氏に関しては、いわゆる南京事件に関する判決で興味深い事案がある。以下に『産経ニュース』の記事をリンクしておこう:
これだけだと分かりにくいので、2審の記事も引用しておく。南京事件の研究書で事件の被害者とは別人と指摘され、名誉を傷つけられたとして、中国人の夏淑琴さんが、著者の東中野修道・亜細亜大学教授と出版元の展転社に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(涌井紀夫裁判長)は5日、教授と同社の上告を退ける決定をした。東中野教授と同社に計400万円の支払いを命じた1、2審判決が確定した。
ここで僕が南京事件に関して総括するには、あまりに時間とスペースが足らないので、軽く触れるだけにしておくが、中国側の発表している死者数があまりに誇張されているとはいえ、南京で、中国側の平服に着替えた戦闘員が市内に潜伏し、民間人との区別が付かなくなった状態に、当時の日本陸軍がパニックを起こし、誰彼構わず捕縛して殺して川に捨てたりした、というのは、海外のジャーナリストの記録にもある事実である。この辺りに興味のある方は『南京事件―「虐殺」の構造』(秦郁彦 著、中公新書)辺りから、最近の文献ならば『「南京事件」の探究―その実像をもとめて』(北村稔 著、文春新書) 等をお読みいただければよろしい。特に後者は、南京事件の資料に多大なる改ざんがあることや、アメリカのプロパガンダの影響等を指摘しつつも、最終的に「裁判なしの便衣兵の処刑は違法であり、それがある限り「虐殺は無かった」とはいえない」との立場をとっている(便衣兵は兵士扱いで、慣行上裁判なしで殺して構わない、と主張する連中が多いのだが、そもそも彼らは逃亡する目的で便衣=平服に着替え、しかもその服装での戦闘行為はほぼ皆無だったのだから、彼らは「便衣兵」ではなく「敗残兵」であった(ハーグ条約で保護の対象となる)可能性が極めて高く、おまけに、平服の兵士と勘違いされて殺された民間人の立場はどうなるんだ?という疑問を無視してかかっている以上、このような主張は妄言としか言わざるを得ない)ことが興味深い。2審も著者らに賠償命令 南京事件研究書訴訟 (2008.5.21 16:19、現在元記事は消滅)
南京事件の研究書で、事件の被害者とは別人と指摘された中国人の夏淑琴さん(79)が、著者の東中野修道・亜細亜大学教授(60)と出版元の展転社(東京都)に計1500万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が21日、東京高裁であった。柳田幸三裁判長は東中野教授と同社に計400万円の支払いを命じた1審東京地裁判決を支持、双方の控訴を棄却した。
問題とされた研究書は「『南京虐殺』の徹底検証」。東中野教授は同書で、事件の生き残りと主張している夏さんを「別人」と指摘。夏さんは「偽者扱いされて名誉を傷つけられた」と訴えていた。
柳田裁判長は、東中野教授が執筆に当たって調べた英語の資料について、「東中野教授の解釈は不合理で妥当とはいえない」と指摘、1審の「夏さんが別人だとは立証されていない」とする判断を支持した。
さて、このようなナイーブな問題に関わった涌井氏だが、他には、
これは画期的な判決として知られている。その一方、在外被爆者訴訟 国への賠償命令が確定 最高裁判断 (2007.11.1 19:15)
太平洋戦争中に広島に強制的に連行され被爆した韓国人の元徴用工40人が、国などに計約4億4000万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が1日、最高裁第1小法廷であった。涌井紀夫裁判長は、元徴用工と国双方の上告を棄却。在外被爆者への健康管理手当支給を認めなかった国の通達を違法とし、国に慰謝料などとして計4800万円の支払いを命じた2審広島高裁判決が確定した。在外被爆者対策をめぐり、国への賠償命令が確定したのは初めて。
旧厚生省は昭和49年、「出国した被爆者は、健康管理手当などを受ける権利を失う」と通達。原告らは「違法な通達で精神的損害を受けた」と訴えていた。
涌井裁判長は、まず通達の違法性について検討し、被爆者救済の法律は国内外の被爆者を区別していないことを指摘した上で「通達は法律解釈を誤った違法なもの」と判断。さらに、違法な通達を「業務上、通常尽くすべき注意義務を尽くしていれば当然に認識することが可能だった」と述べ、「国家賠償法上の違法の評価も免れない」と結論付けた。
その上で、平成15年に通達が廃止される前に、通達の違法性を訴えて提訴した原告の精神的損害を認定した2審判決を「是認できないではない」との表現で認めた。
判決は裁判官4人のうち、3人の多数意見。横尾和子裁判官は、通達を所管した旧厚生省保健医療局の企画課長だったため、審理を担当しなかった。
甲斐中辰夫裁判官は、通達の違法性を認める一方、通達のような解釈をする根拠があったことを指摘し、「国家賠償法上、違法なものとする点は賛同できない」との反対意見を述べた。
1審広島地裁は原告の請求を退けたが、2審判決は通達を違法と認め、国に1人当たり計120万円、計4800万円の支払いを命じていた。
という判決も出している。このように見ていくと、やはり裁判官も人間であり、清濁併せ持つ存在として審査に立ち会う必要があることを感じさせる。ひとつの事案で脊髄反射的に「罷免だ!」などと、軽々しく書く連中の口車にのせられてはならないのだ。「住基ネットは合憲」 最高裁が初判断、訴訟終結へ (pp.1/pp.2、2008.3.6 15:47)
住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)は住民のプライバシー権を侵害し違憲だとして、住民が住基ネットからの離脱などを求めた訴訟のうち、4件の判決が6日、最高裁第1小法廷であった。2審で唯一の違憲判断をしていた大阪訴訟の判決で、涌井紀夫裁判長は住基ネットを合憲とする初判断を示し、大阪高裁判決を破棄、住民の請求を退けた。他の3件の判決では、同小法廷は住民側敗訴の2審判決を維持。「住基ネットは合憲」との司法判断が確定した。
判決があったのは(1)大阪(2)千葉(3)愛知(4)石川−の各県の住民が提訴した訴訟。4件の地高裁計8つの判決のうち、(1)の大阪高裁と(4)の金沢地裁は、住基ネットを違憲と判断していた。
一連の訴訟で住民側は「情報漏洩(ろうえい)の危険性がある」「住基ネットを使えば、多様なデータベース中の個人情報を収集・統合するデータマッチングが可能で、プライバシーが丸裸にされる」と主張していた。
大阪訴訟の判決で、涌井裁判長は、住基ネットで管理されている氏名、性別などの情報について「個人の内面にかかわるような秘匿性の高い情報とはいえない」と指摘。
また、システム上の欠陥から個人情報が漏洩する具体的危険はないと判断。さらに、データマッチングについては、刑罰の対象になることなどを挙げ、「具体的な危険は生じていない」として、「行政が住基ネットを利用することは、憲法が保障するプライバシー権を侵害するものではない」と結論付けた。
大阪高裁判決は、「データマッチングされる危険性が生じている」と判断していた。
住基ネットをめぐる訴訟は、弁護団が把握しているだけでも全国で計16件起こされ、現在も地裁で2件、高裁で9件が係争中。いずれも争点が同様であるため、最高裁判決を受け住民側が敗訴する見通しとなった。
次に、竹内行夫氏に関して。事案云々以前の問題として、この人は、そもそも経歴からみて最高裁判事に任命されるというのがちょっとおかしい……と、少なくとも僕は考える。
官僚経験者が最高裁判事になるケースはないわけではない。今回の審査対象では櫻井氏が官僚経験者である。ただし、櫻井氏は旧労働省時代から、労働法のエキスパートという扱いで、阪大・九大の法学部で教鞭を執った後に任命されている。
では竹内氏はどうだろうか。確かに、平成19年度に政策研究大学院大学連携教授を務めている。しかし、この一年を除くと、40年程の月日を一貫して外務畑を歩んだ(そして外務事務次官まで上り詰めた)人物である。明らかに、このキャリアの人物が法曹、しかも最高裁判事になるというのには違和感があるのだ。
最高裁判事以前の経歴に関しての「後ろ暗さ」に関しては、以下の blog をご参照いただくのが早いだろう:
弁護士阪口徳雄の自由発言:国民審査で、竹内行夫に×を!(2008/11/3 17:52)
先にも書いた通り、任官以前の所業を以て審査でバツを付ける……というのは、これはもはや審査とは言えないだろう。ただし、
- 任命されるにふさわしい人物が任命されたか否か
- 最高裁判事としてふさわしい事案の取り扱いをしているか否か
ここでは最初の視点を維持して、任官後に扱った以下の事案を見てみることにしよう:
信者二人を殺害、うち一人は死体遺棄、さらに地下鉄サリン事件の運転手……ということだが、この判決は妥当だと思われる。普通人を二人殺したら死刑になる可能性が極めて高いのだが、共謀……というより、宗教的なヒエラルキーと恐怖政治的な雰囲気の中で犯行を犯した、ということが考慮されたものだろうと考えられる。これに関しては、取り立てておかしなところはないと思われる。元オウム幹部の無期確定へ 地下鉄サリンで散布役送迎 (2009/04/21 17:46 共同通信)
地下鉄サリン事件でサリン散布役を送迎したり、信者を殺害したりするなどして殺人罪などに問われた元オウム真理教幹部、杉本繁郎被告(49)の上告審で、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は21日までに、被告の上告を棄却する決定をした。無期懲役とした1、2審判決が確定する。決定は20日付。
杉本被告側は「従属的な立場にすぎなかった。反省もしており、無期懲役は重すぎる」などと主張していた。
一連の事件では、松本智津夫死刑囚(54)=教祖名麻原彰晃=ら5人の死刑が確定。残る審理中の被告は、早川紀代秀被告(59)ら2審で死刑となった8人となった。
1、2審判決によると、1995年3月20日の地下鉄サリン事件で、杉本被告は松本死刑囚らと共謀。散布役の林泰男死刑囚(51)を車で運んだ。
また松本死刑囚らと共謀し94年1月、山梨県内の教団施設で男性信者=当時(29)=を絞殺。7月にもスパイと疑った男性信者=当時(27)=を絞殺し、遺体を焼却した。
さて、ではいよいよ最高裁長官である竹ア博允氏に関してである。竹ア氏の最高裁長官への登用は、一部で「サプライズ人事」と言われている。確かに、今までの法曹としてのキャリアはまさにエリートと言ってもいいだろう。
竹ア氏が最高裁判事になってから扱った事案には、遠隔操作のカメラシステムで顧客確認を行う自動販売機を用いることが、対面販売行為として認められない、というのがある。まあこれに関しては、今回の審査の上では、ある種「薬にも毒にもならない話」なので、これ以上書くことはしない。
竹ア氏に関する問題で一番大きいのは、氏が「裁判員制度」の確立に大きく関わってきた人物であり、今回の登用も、裁判員制度の運用に向けたものとしての意向が大きい、ということである。この問題に関しては、やはり今更ここに書くまでもなかろう。僕が蛇蝎の如く嫌っている副島隆彦なんぞと似たような意見を言うのは非常に不快なのだが、以上の点だけでも、その任命、任命後のミッション双方においていささか問題があると言わざるを得まい。
次に近藤崇晴氏に関して。近藤氏が扱った事案としてあまりに有名なのが、これである:
いわゆる世に言う「ミラーマン事件その2」である。とかく物事の真相は藪の中なので、100 % の確信をもって植草氏が有罪だ、と言うことは僕にはできないのだが、植草氏を知る人は、皆彼の酒癖の悪さを指摘するし、この前の鏡を使った窃視事件「ミラーマン事件」の、そのまた前にも窃視騒ぎを起こしている、という経緯を考えると、この判決が冤罪である、などと軽々しく吠えることはできない。植草被告の実刑確定へ=電車で痴漢、懲役4月−最高裁 (2009/06/27 10:55 時事ドットコム)
電車内で女子高校生に痴漢行為をしたとして、東京都迷惑防止条例違反罪に問われ、一、二審で懲役4月の実刑とされた元大学教授植草一秀被告(48)について、最高裁第3小法廷(近藤崇晴裁判長)は25日付で被告の上告を棄却した。実刑が確定する。
植草被告は無罪を主張したが、一審東京地裁は2007年、「被告の供述は信用できず、被告が犯人との認定は揺るがない」と判断。「再犯の恐れも否定できない上、真摯(しんし)な反省が全く認められない」とし、翌年の二審東京高裁判決も実刑を支持した。
一、二審判決によると、植草被告は06年9月、品川−京急蒲田駅間を走行中の電車内で女子高校生の尻を触った。
最近、植草氏は、僕が蛇蝎の如く嫌っている副島隆彦なんぞと共著を出したりしているので、副島はこの近藤氏にも×をつけよう、などと運動を展開しているらしいが、この一点でそのようなことを軽々しくも言うから僕は蛇蝎の如く嫌っているのである。
さて、近藤氏の関わっていた事案で、植草問題などより余程重要な事案がある:
これは憲法に関わる問題でもあり、大法廷(最高裁の全ての判事が参加する)で審議された事案だが、今回の審査に関わる判事の中では、近藤崇晴氏と田原睦夫氏が関わっている。ちなみに近藤氏と田原氏の参考意見は次の通り。婚外子差別 国籍法は違憲 最高裁逆転判決 比人母の子に日本籍 (2008年6月5日 東京新聞)
結婚していない日本人の父とフィリピン人の母から生まれ、出生後に父に認知された子どもたちが、国に日本国籍の確認を求めた二件の訴訟で、最高裁大法廷(裁判長・島田仁郎長官)は四日、「両親が結婚していないことを理由に日本国籍を認めない国籍法の規定は不合理な差別で、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反する」との判断を示し、二審判決を破棄、原告全員に日本国籍を認めた。
国籍法の規定を違憲とした最高裁判決は初めて。大法廷の違憲判決は、二〇〇五年九月の在外選挙権をめぐる違憲判決以来、戦後八件目。
結婚していない日本人の父と外国人の母から生まれた子(婚外子)が日本国籍を取得するには、出生後認知の場合、父母の結婚が要件とされる。裁判では国籍法のこの要件が違憲かどうかが争点となったが、大法廷は違憲無効と判断した。国会は法改正への早急な対応を迫られる。
最高裁の判事十五人のうち九人の多数意見。三人は立法不作為による違憲と判断したが、うち二人は国籍取得を認めなかった。合憲は三人だった。
多数意見は、両親の結婚要件は一九八四年の法改正当時は合理的だったとしたが、家族観や家族形態が多様化したことを踏まえ▽婚外子差別を禁じる条約を日本が批准▽諸外国は同様の要件を廃止−など社会的変化を指摘。原告らが国籍取得届を出した〇三年には、要件の合理性は失われていたと判断した。
さらに「国籍取得は基本的人権の保障に重大な意味があり、子の不利益は見過ごせない」と言及。「日本人の父の婚外子にだけ国籍を認めないのは不合理な差別で違憲」と結論付けた。
上告していたのは、日本人の父とフィリピン人の母から生まれ、出生後に認知された八−十四歳の子ども十人。一審の東京地裁はいずれも「国籍法の規定は違憲」として日本国籍を認め、原告側が勝訴。しかし二審の東京高裁は憲法判断をせず、「国籍を認める規定は国籍法にはない」としていずれも原告側の逆転敗訴とした。
まあ、やはり……こっちの方が重要なんじゃないですかね。【近藤崇晴裁判官の補足意見】
国籍法改正でほかの要件を加えることは立法政策上の裁量権行使として許される。日本国民の父による出生後認知に加え、出生地が国内であることや国内に一定期間居住していることを要件とすることは選択肢になる。【田原睦夫裁判官の補足意見】
国籍法三条一項自体を無効とし、生後認知子について、認知の効力を国籍取得にも及ぼす見解は多くの法的な問題を生じ、多数意見の通り、同項を限定的に解釈することが至当だ。
次に田原睦夫氏に関して。実は田原氏は、今回審査対象になっている判事の中ではいささか変わったキャリアの持ち主である。弁護士出身なのだが、弁護士時代は民事、特に破産や商取引関連の問題のエキスパートとして知られた人物なのである。
丁度、田原氏の扱った事案に関して詳しく解説している blog を発見したので、リンクしておく:
『企業法務戦士の雑感』(2007-12-15)
これ以外の事案としては、
ただし、田原氏はこの判決に対して以下のような反対意見を出している。防衛医大教授に逆転無罪=電車内痴漢「慎重な判断を」−事件捜査に影響も・最高裁 (2009/04/14 18:19 時事ドットコム)
電車内で女子高校生に痴漢行為をしたとして強制わいせつ罪に問われ、一、二審で実刑とされた防衛医科大学校の名倉正博教授(63)=休職中=の上告審判決で、最高裁第三小法廷(田原睦夫裁判長)は14日、「被害者の証言は不自然で、信用性に疑いがある」として、逆転無罪を言い渡した。教授の無罪が確定する。五裁判官のうち三人の多数意見。
判決は「客観証拠が得られにくい満員電車内の痴漢事件では、特に慎重な判断が求められる」とした。同種事件の捜査や裁判に影響を与えそうだ。
同小法廷は、手に残った繊維の鑑定などの裏付け証拠がないことから、唯一の証拠である被害者の証言について、慎重に判断する必要があるとした。
その上で、痴漢被害を受けても車内で逃れようとせず、いったん下車した後も車両を変えずに再度教授の近くに乗ったとする女子高生の証言を、不自然で疑問が残ると指摘。全面的に証言の信用性を認めた一、二審の判断を「慎重さを欠いた」と退けた。
また、女性の供述が信用できないということは虚偽の被害申告をしたということである。弁護側は学校に遅刻しそうになったから被害申告したと主張するが、合理性がない。
また虚偽申告の動機として、一般的には(1)示談金を取る目的(2)車内で言動を注意された腹いせ(3)痴漢被害に遭う人物であるとの自己顕示−などが考えられるが、本件でそれらをうかがわせる証拠はない。原判決を破棄することは許されない。
これも田原氏の関わった事案である。母親の交際相手、懲役16年確定へ=秋田園児殺害−最高裁 (2009/07/29 17:38 時事ドットコム)
秋田県大仙市の保育園児進藤諒介ちゃん=当時(4)=を殺害したとして、殺人罪に問われた元高校非常勤技師の畠山博被告(46)について、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は27日付で、被告の上告を棄却する決定をした。懲役16年が確定する。
一審秋田地裁、二審仙台高裁秋田支部判決によると、畠山被告は交際していた諒介ちゃんの母親進藤美香受刑者(34)=懲役14年確定=と共謀。2006年10月、大仙市内の駐車場に止めた車内で諒介ちゃんに暴行して失神させ、進藤受刑者が諒介ちゃんを自宅近くの農業用水路に投げ込んで窒息死させた。
我々の生活に直結するような事案としては、いわゆる「一票の格差」裁判がある。
この問題に関しては、過去、何度も訴訟が行われてきたが、田原氏は、第44回衆議院議員総選挙 (05年) の最大の格差が 2.17倍であったことへの上告審(この訴訟は大法廷で開かれたので、全ての判事が参加する)で裁判官を務めた。この上告は結局棄却(合憲と判断)されてしまったのだが、他の2人の弁護士と、以下のような反対意見を述べている。
上記した事案のひとつだけを挙げて、やれ×だ○だと断じている人のなんと多いことか。やはり、複数の情報を以てこのようなことは考えなければならないのだ。「過疎地域への配慮という目的、手段は合理性に乏しい。憲法の趣旨に沿うものとはいい難く、是正を要する」
との見解を示したうえで、99年判決がこの方式を「合憲」と判断していたことなどから、
「国会が放置したことをもって直ちに違憲とは断定できない」
と述べた。
さて……いよいよオーラス、那須弘平氏である。
まず、「那須弘平」を検索語として google で検索した結果を見ていただきたい。上の方に、何やら穏やかならぬリンクが出てくるのを確認できるであろう。その名も:
「那須弘平最高裁判所裁判官を罷免する会」
などというのである。これは何だろうか。
元静岡大生、無期懲役確定へ 2人殺害で死刑回避 (2008/09/30 18:27 共同通信)
静岡市の健康用品店で2005年、女性従業員2人を殺害し現金を奪ったとして強盗殺人罪などに問われた元静岡大生高橋義政被告(28)の上告審で、最高裁第3小法廷は30日までに、被告と検察双方の上告を棄却する決定をした。死刑の求刑に対し、無期懲役とした2審判決が確定する。決定は29日付。
那須弘平裁判長は「冷酷かつ残虐で、死刑の選択も十分に考えられるが、当初から金を奪う意図はなく、殺害も計画的ではなかった。反省もしており、若い。不遇な成育歴が偏った価値観に影響を与えた可能性を否定できない」と指摘した。
検察側は「被害者は2人で、矯正可能性もない」として死刑の適用を主張。弁護側は「強盗殺人罪は成立せず、有期刑が相当」と訴えていた。
……と、これだけでも分かりにくいと思われるので、犯行のいきさつを先の「罷免する会」のページから引用しよう。静岡大の男子学生を逮捕 2女性店員殺害 (2005/03/10 12:42 共同通信)
静岡市の健康用品販売店で1月、女性従業員2人を殺害し現金を奪ったとして静岡県警は10日、強盗殺人容疑で、静岡大4年生の高橋義政容疑者(24)=静岡市大谷=を逮捕した。容疑について黙秘しているという。
静岡中央署捜査本部は、高橋容疑者が健康用品販売店と関係のある脳神経外科医院に反感を抱いていたことが背景にあるとみて捜査。この医院は同店と同じビルの1階に入居し、店長の夫が院長を務めている。以前、同容疑者の知人女性が通院し、その後死亡したという。
調べでは、高橋容疑者は1月28日午後5時から同6時ごろにかけ、静岡市新伝馬1丁目のビル2階にある健康用品販売店「クオリテ」の店内で、いずれも従業員の井本嘉久子さん(60)=同市西島=と竹内真知子さん(57)=同市清水村松原=の2人の首を刃物のような凶器で切り付けて殺害し、店内にあった現金数万円を奪った疑い。
高橋義政は1980年4月19日、東京都足立区の団地で生まれました。2歳ごろから父親にビール瓶で殴られるなどの、ひどい虐待を受け、学校ではいじめにあい、強烈な人間不信におちいりました。しかし、静岡大学在学中に、夜学部で母親のように思える、本当に自分を慕ってくれる年上の女性(当時50歳)に出会いました。しかし、女性は直腸ガンのため、出会ってから4年ほどで亡くなってしまいます。そして、高橋義政は、医療ミスを犯したわけでもないのに、慕っていた女性の担当医に恨みを抱き、殺害を計画します。そして2005年1月、医師を殺すために担当医のいる医院が入っているビルにナイフを持って侵入します。医院はそのビルの1階にありましたが、担当医は不在でした。そこでビル2階の健康食品店の店員、井本嘉久子さん(当時60歳)と竹内真知子さん(当時57歳)を問い詰めたところ、担当医は2日後まで帰らないと聞き、担当医を殺害するためには口封じのためふたりをナイフで刺して殺害するしかないと判断し、ふたりを殺害。そして強盗目的に見せかけるため現金6万6000円を奪って逃走しました。
この事件の内容だと、精神的な問題等のない人間の犯行ならば、強盗殺人で死刑、が相場であろう。強盗殺人の場合は一人殺しても死刑になる可能性が大きい。しかし、那須氏は、上述女性の死因に対する被告の強い思い込みや、その後の被告の状態などから、最初に引用したような結論に至ったのだと思われる。
ここから先は私見だが、この手の犯人を死刑にしてしまうのは実に簡単なことなのだ。しかし、悔悛の情がわずかでもあるならば、それがある分、犯人には生きて苦しむ必要がある。死の苦しみより、生きる苦しみが重く、それが償いとしていかばかりかの意味を持つのであるならば、やはり簡単に死刑だ、などと市井の一個人が無責任に断ずる資格などないのである。そう、それはあまりに無責任に過ぎる。
この手の直情的な誹謗中傷、そして罷免推進運動などのリスクを負って、尚那須氏はこの判決を出したわけで、その意味は決して軽いものでもないし、先に言ったように、市井の一個人が無責任に断ずることのできるものではないのである。
僕は「正義」などという言葉を容易くちらつかせる人間を心の底から軽蔑する。そして、信用しない。どうか、上にリンクをはったような下らん呼びかけに応えることなく、自らの権利を行使していただきたい、そう皆さんに心から願うものである。
那須氏の扱った事例としては、他に:
メイプルソープ事件
がある。メイプルソープの写真集に性器を撮影した写真が無修正で収録されていたものを、わいせつ物と扱うかどうか、という事案であったが、那須氏はこれに「わいせつ物にはあたらない」との決定をしている。
判例として重要な意味を持つであろう事案としては、
この事例では、最高裁の判例として「除斥期間の例外」の2例目を定めたことになる。遺体の隠蔽が例外事項として今後認められることになるわけだが、その基準等に若干不安定な点がないわけでもない。しかし、現状の「殺人罪にも時効がある」という状況下、時効廃止までの暫定的見解としては意味の大きいものと言えるかもしれない。30年前の「時効殺人」賠償確定 最高裁、民法の除斥期間適用せず (2009.4.28 18:58 産経ニュース)
東京都足立区立小学校で昭和53年、教諭の石川千佳子さん=当時(29)=を殺害して遺体を自宅に26年間隠し、殺人罪の時効成立後に自首した同小の元警備員の男(73)に、遺族が損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は28日、警備員の男側の上告を棄却した。男に約4200万円の賠償を命じた2審東京高裁判決が確定した。
遺族が提訴したのは殺害から約27年後の平成17年。不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」が適用されるかどうかが争点だったが、同小法廷は「死亡を知り得ない状況をことさら作り出した加害者が賠償義務を免れるのは、著しく正義、公平の理念に反する」と判断、除斥期間を適用しなかった。
最高裁が除斥期間の例外を認めたのは平成10年の予防接種訴訟に続き2例目。今回の判断は事件の特異な事情を考慮した上で、個別に救済を図ったといえる。
判決などによると、男は昭和53年、警備員として務めていた学校で石川さんを殺害、遺体を足立区内の自宅床下に埋めて住み続けた。区画整理で立ち退きを迫られたことから、平成16年に自首。しかし、当時15年だった公訴時効の成立で起訴されなかった。
1審東京地裁は、殺害行為に対する賠償は除斥期間を適用して認めなかったが、2審判決は今回の最高裁判決と同様の判断を示し、適用しなかった。
判決後に会見した石川さんの弟、雅敏さんは「裁けない殺人事件はあってはならない。逃げ得を許さない素晴らしい判決」と語った。
というわけで、9人の判事の扱った事例を中心に、国民審査の参考になる情報をまとめてみた。もちろん、実際の事例数を全て解説しているわけではないが、なるだけ特徴的なものに関して提示したつもりである。是非、これを参考に、もしくはこれを端緒として御自分で調べられた上で、国民審査に有意義な参加をしていただければ、と思う。