なぜオスプレイは危険だといわれるのか (3)
飛行機とヘリのいいとこ取りをしたい……というのは、昔からある願望だった。しかし、これは言う程簡単なことではない。
ヘリのように垂直離着陸を行うためには、まず機体の総重量より大きな推力を持ったエンジンが必要になる。そして、何らかの手段で、離着陸やホバリングの時には垂直方向に、それ以外のときは水平方向に、その推力を作用させる必要がある。
そんなこと誰だって分かるでしょ……と、これを読んでおられる方の多くは思われるだろう。しかし、本当にそうだろうか?
まずエンジン推力に関してだが、航空機の性能をはかる基準のひとつに、機体重量と水力の比率である「推力比」が評価基準として用いられることがある。クルマにおけるパワー・ウェイト・レシオと考え方は同じだが、この推力比が1を上回る航空機、というのは、実はほんの一握りと言っていい。非常に高度な機動を求められる戦闘機においてですら、この推力比が1を上回るようになったのは、ほんのここ30年程のことである。そもそも、そのような高い推力を使わずに効率良く飛行できることこそが、固定翼機の一番のメリットなのだから、通常の固定翼機のエンジンは、それ自体で機体を持ち上げる程の力は持たないのが、むしろ当たり前のことなのだ。
そして、推力の向きを変えるということを考えた場合、一番最初に考えるのがエンジンの向きを変えるということだろうと思うのだが、航空機の機体において、エンジン取り付け部には常に推力がかかり続けるもので、その部分には高い機械強度が要求される。簡単に動かせるようなものではないのだ。
そして、これは案外普通の方々が気付かれないことなのだけど、ものを垂直に上げ下げするためには、ものの重心と力の作用点が鉛直線上に並んでいなければならない。つまり、垂直に力をかけるときに、その力を合成したときの作用点が、機体を上や下から見たときに重心にぴったり重ならなければならないのだ。このことは、エンジンの配置に対して大きな制約になる。よくアニメ等で、噴射の向きだけくるりと変えて……とやっているけれど、あの噴射を合成したものは重心と鉛直線上に重なっているのだろうか? もし重なっていなければ、機体はくるりと回って一瞬で引っくり返ってしまうはずなのだ。
……さぁ、かくして、垂直離着陸のための奇想天外な航空機が数々造られることになったのだ。
まず、アメリカで試みられたのがこれ。
左がコンベア XYF-1 ポゴ、右がロッキード XFV-1 である。えー……分かりますかね。構造上の問題をクリアしつつ推力を下に向けるために、機首を真上に向けてしまえばいい、という発想で作られた試験機である。ちなみにポゴの方は垂直離陸から水平飛行に移行することに成功しているが、XFV-1 の方はそれさえできなかった。そして着陸は、どちらも無理……理由は簡単で、後方視界(というか下方視界というか)が十分に得られず危険だから、というものだった。そして何より、この時点で世は既にジェット機の時代になっていた。このようなプロペラお化けみたいな飛行機では使いものにならない……という結論で、計画は中止された。
しかし、アメリカは少々諦めが悪かったようで、この発展形をジェット機で作製した。
これはライアン X-13 という試験機で、左の板の上に左右に張られたワイヤーに、機首下部のフックを引っかけておいて、自力で浮いてそれを外して離陸、自力で垂直浮遊しながらフックをワイヤーに引っかけて着陸する……というものである。これは何と、ちゃんとその一連の離発着をし仰せた。嘘だと思われそうなので動画をリンクしておく:このように、目論見通りの実験に成功したのだけど、単体の航空機としての有用性に欠ける、ということで、結局計画は中止されている。
これらの試験機が共通して抱えていた問題は、遷移状態(垂直離着陸から水平飛行に、もしくは水平飛行から垂直離着陸に移行する状態)が著しく不安定だった、ということだ。この形式では推力の向きを微妙にコントロールすることはできない。推力の向きイコール機体の向き、だから、遷移状態を通過するためにはある意味「勢い」に頼らざるを得ないのだ。そしてその余波を吸収し損ねると、失速・墜落はすぐそこにある。これでは実用化のしようはなかったろうと思わざるを得ない。
もう少しマトモな発想で……ということで、実際に何とかものになったものを見ると:
これはベル X-14 という試験機である。機首の豚の鼻みたいなのがジェットエンジンで、このエンジンのノズルだけを下に向けることで、垂直離着陸を行おうというものである。この X-14 は成功を収め、なんと1957年の初飛行から24年間も研究機として使われ続けた。
しかし、少し考えると、この X-14 の発想は今一つだったことに気付くと思う。ジェットエンジンは最後尾から推力を生む排気を放出するので、先に言った「重心と力の作用点が鉛直線上に並ぶ」状況を作るために、エンジンをこんなに前の方に積まなければならない、ということになる。その結果として、重心が前の方に来てしまう。そうなると、今度は揚力を生む翼の位置と重心との兼ね合いから、翼も前の方に持ってこなければならない。とどめに、コックピットも前の方にないと困る……ということで、飛行機としてのバランスが崩れた代物になってしまうのだ。
イギリスのロールスロイスは、この問題を解決するための画期的なエンジンを開発した。ジェットエンジンというのは、吸入した空気を圧縮し、燃焼室に送って燃料と混ぜて燃焼させ、燃焼ガスを排気として噴射するわけだけど、吸入した空気の一部を噴射するノズルを増設すれば、エンジンの前の方にも噴射口を作ることができる。まあ、言うだけなら簡単なのだけど、この発想を活かしたペガサスエンジン(下左)によって、有名なハリアー(下右)が実用初の垂直離着陸機として作られることになった。
ハリアーは1968年から実戦配備された。既に本家のイギリスでは退役してしまっているが、アメリカでは海兵隊(そう、やはり海兵隊なのである)の攻撃機として、今でもバリバリの現役である。現在開発中の F-35B が実戦配備されるまで、ハリアーは現役であり続けるだろう。
さて、ここまでは、主に戦闘機系の機体で垂直離着陸機の変遷を見てきたが、次は輸送機、そしてヘリコプターに近い方からのアプローチの例を見ていくことにしよう。オスプレイの系譜は、実はこちらの方なので。