なぜオスプレイは危険だといわれるのか (3)

飛行機とヘリのいいとこ取りをしたい……というのは、昔からある願望だった。しかし、これは言う程簡単なことではない。

ヘリのように垂直離着陸を行うためには、まず機体の総重量より大きな推力を持ったエンジンが必要になる。そして、何らかの手段で、離着陸やホバリングの時には垂直方向に、それ以外のときは水平方向に、その推力を作用させる必要がある。

そんなこと誰だって分かるでしょ……と、これを読んでおられる方の多くは思われるだろう。しかし、本当にそうだろうか?

まずエンジン推力に関してだが、航空機の性能をはかる基準のひとつに、機体重量と水力の比率である「推力比」が評価基準として用いられることがある。クルマにおけるパワー・ウェイト・レシオと考え方は同じだが、この推力比が1を上回る航空機、というのは、実はほんの一握りと言っていい。非常に高度な機動を求められる戦闘機においてですら、この推力比が1を上回るようになったのは、ほんのここ30年程のことである。そもそも、そのような高い推力を使わずに効率良く飛行できることこそが、固定翼機の一番のメリットなのだから、通常の固定翼機のエンジンは、それ自体で機体を持ち上げる程の力は持たないのが、むしろ当たり前のことなのだ。

そして、推力の向きを変えるということを考えた場合、一番最初に考えるのがエンジンの向きを変えるということだろうと思うのだが、航空機の機体において、エンジン取り付け部には常に推力がかかり続けるもので、その部分には高い機械強度が要求される。簡単に動かせるようなものではないのだ。

そして、これは案外普通の方々が気付かれないことなのだけど、ものを垂直に上げ下げするためには、ものの重心と力の作用点が鉛直線上に並んでいなければならない。つまり、垂直に力をかけるときに、その力を合成したときの作用点が、機体を上や下から見たときに重心にぴったり重ならなければならないのだ。このことは、エンジンの配置に対して大きな制約になる。よくアニメ等で、噴射の向きだけくるりと変えて……とやっているけれど、あの噴射を合成したものは重心と鉛直線上に重なっているのだろうか? もし重なっていなければ、機体はくるりと回って一瞬で引っくり返ってしまうはずなのだ。

……さぁ、かくして、垂直離着陸のための奇想天外な航空機が数々造られることになったのだ。

まず、アメリカで試みられたのがこれ。

Convair_XYF-1_PogoLockheed_XFV-1

左がコンベア XYF-1 ポゴ、右がロッキード XFV-1 である。えー……分かりますかね。構造上の問題をクリアしつつ推力を下に向けるために、機首を真上に向けてしまえばいい、という発想で作られた試験機である。ちなみにポゴの方は垂直離陸から水平飛行に移行することに成功しているが、XFV-1 の方はそれさえできなかった。そして着陸は、どちらも無理……理由は簡単で、後方視界(というか下方視界というか)が十分に得られず危険だから、というものだった。そして何より、この時点で世は既にジェット機の時代になっていた。このようなプロペラお化けみたいな飛行機では使いものにならない……という結論で、計画は中止された。

しかし、アメリカは少々諦めが悪かったようで、この発展形をジェット機で作製した。

Ryan_X-13

これはライアン X-13 という試験機で、左の板の上に左右に張られたワイヤーに、機首下部のフックを引っかけておいて、自力で浮いてそれを外して離陸、自力で垂直浮遊しながらフックをワイヤーに引っかけて着陸する……というものである。これは何と、ちゃんとその一連の離発着をし仰せた。嘘だと思われそうなので動画をリンクしておく:このように、目論見通りの実験に成功したのだけど、単体の航空機としての有用性に欠ける、ということで、結局計画は中止されている。

これらの試験機が共通して抱えていた問題は、遷移状態(垂直離着陸から水平飛行に、もしくは水平飛行から垂直離着陸に移行する状態)が著しく不安定だった、ということだ。この形式では推力の向きを微妙にコントロールすることはできない。推力の向きイコール機体の向き、だから、遷移状態を通過するためにはある意味「勢い」に頼らざるを得ないのだ。そしてその余波を吸収し損ねると、失速・墜落はすぐそこにある。これでは実用化のしようはなかったろうと思わざるを得ない。

もう少しマトモな発想で……ということで、実際に何とかものになったものを見ると:

Bell_X-14

これはベル X-14 という試験機である。機首の豚の鼻みたいなのがジェットエンジンで、このエンジンのノズルだけを下に向けることで、垂直離着陸を行おうというものである。この X-14 は成功を収め、なんと1957年の初飛行から24年間も研究機として使われ続けた。

しかし、少し考えると、この X-14 の発想は今一つだったことに気付くと思う。ジェットエンジンは最後尾から推力を生む排気を放出するので、先に言った「重心と力の作用点が鉛直線上に並ぶ」状況を作るために、エンジンをこんなに前の方に積まなければならない、ということになる。その結果として、重心が前の方に来てしまう。そうなると、今度は揚力を生む翼の位置と重心との兼ね合いから、翼も前の方に持ってこなければならない。とどめに、コックピットも前の方にないと困る……ということで、飛行機としてのバランスが崩れた代物になってしまうのだ。

イギリスのロールスロイスは、この問題を解決するための画期的なエンジンを開発した。ジェットエンジンというのは、吸入した空気を圧縮し、燃焼室に送って燃料と混ぜて燃焼させ、燃焼ガスを排気として噴射するわけだけど、吸入した空気の一部を噴射するノズルを増設すれば、エンジンの前の方にも噴射口を作ることができる。まあ、言うだけなら簡単なのだけど、この発想を活かしたペガサスエンジン(下左)によって、有名なハリアー(下右)が実用初の垂直離着陸機として作られることになった。

RR_PegasusHawker Siddeley Harrier

ハリアーは1968年から実戦配備された。既に本家のイギリスでは退役してしまっているが、アメリカでは海兵隊(そう、やはり海兵隊なのである)の攻撃機として、今でもバリバリの現役である。現在開発中の F-35B が実戦配備されるまで、ハリアーは現役であり続けるだろう。

さて、ここまでは、主に戦闘機系の機体で垂直離着陸機の変遷を見てきたが、次は輸送機、そしてヘリコプターに近い方からのアプローチの例を見ていくことにしよう。オスプレイの系譜は、実はこちらの方なので。

なぜオスプレイは危険だといわれるのか (2)

次に、「なぜオスプレイが必要とされているのか」について。

ヘリコプターは便利な航空機である。滑走路なしで離発着できるし、空中に静止したり、ゆっくり任意の方向に動くこともできる。だから、滑走路のない艦船から離船して、滑走路のない陸上地点で着陸し、再度そこから離陸し、船に戻る……というようなことが行えるわけだ。

しかし、ヘリコプターには、その構造に起因する本質的な問題がふたつある。それが速度と航続距離の問題である。

ヘリコプターは、ローターが揚力と推進力の双方を担っている。もし速度を上げたいならば、ローターの回転速度を上げるしかないわけだが、ローターの回転速度には限度がある。ローターの端部(外周部)の対気速度が音速に近付くと、抵抗や振動が生じるためである。また、進行速度と回転速度がともに大きくなってくると、ヘリの右側と左側とで、ローターの羽根が空気を切る対気速度の差が大きくなってくる。これは簡単なはなしで、ヘリの進行速度を V 、ローターの回転速度を v とし、ローターが時計回りだとすると、ローターの実際の大気速度 v' は、

v'R = V - v ……右側
v'L = V + v ……左側

∴ v'R < v'L

……まあ、簡単な算数である。これによって、左右で得られる揚力に差が生じてくることになるわけだ。

これらのような問題があるために、ヘリコプターの速度の物理的限界は時速 400 km 程度だろう、と言われている。実際には、CH-46 の巡航速度で時速240 km、改良型の CH-47 でも時速 270 km 程度である。世界最速のヘリといわれているアグスタウェストランド・リンクスでも、無改造での速度記録は時速 321.74 km である。これらは、たとえばプロペラ輸送機の代表格である C-130 ハーキュリーズの巡航速度 550 km には遠く及ばないものである。

また、ヘリコプターは常に大きなローターを回転させ続けなければならないために、燃料消費も問題になってくる。実際には、CH-46 の航続距離が 1100 km(外部タンク使用時)、改良型の CH-47 でも 2060 km である。これは空荷で直線飛行のときの値だから、人員や貨物を載せ、ホバリング等も行った場合の実際の行動範囲はせいぜい 7、800 km 程度、ということになる。

CH-47 を特殊任務用に改修した MH-47 は空中給油ができるように改修されている。ローターと給油機が接触すると大事故につながりかねないので、まるで槍のように長いプローブを装備することになるのだが、このようなプローブを用いて空中給油を行うとしても、先の速度の問題は如何ともし難い。行動可能な範囲は、速度と航続距離のかけ算で決まってくるわけだから、海という制約から解放された、とは言え、ヘリによる強襲揚陸作戦の行動可能な範囲は、決して広いものではない、ということになるわけだ。

こういう状況になると、ヘリと固定翼機のいいとこ取りができないか……という話が出てくるわけだ。実はその最初の実用的解こそがオスプレイなのである。これに関しては次のエントリで少し詳しく書こうと思う。

なぜオスプレイは危険だといわれるのか (1)

この問題に関して独立した文書を書こうと思っていたのだけど、あまりに書かなければならない内容が多いのでやめることにした。blog で書ける範囲で書いておくことにする。

まず、なぜオスプレイが求められているのか、という話から。今回問題になっているのはアメリカの海兵隊に関する話なのだけど……あーだから、海兵隊とは何ぞや、という話から書く必要があるのか。

というわけで、いくつかに分けて書くことにする。まずは「なぜアメリカ海兵隊がヘリを必要としているのか」から。

そもそも、アメリカ軍というのは5つの大きな組織に分けることができる:

  • 陸軍
  • 海軍
  • 空軍
  • 海兵隊
  • 沿岸警備隊
え? と思われる方が少なからずおられると思うのだが、日本で言うと海上保安庁に相当しそうな沿岸警備隊は、実は立派な軍隊なのである。加えて言うと、これは最近分かれたものではない……沿岸警備隊も、そしてこれから話を始める海兵隊も、18世紀から存在する歴史のある組織である。余談だが、5軍の中で一番新しい組織は実は空軍で、これは太平洋戦争の後に陸軍航空隊が独立したものである。

では、海兵隊というのは何をするところか、というと、ざっくり言えば「海外への武力行使を行う軍」である。もちろん、陸・海・空軍も海外への武力行使を行うことがあるけれど、海兵隊はこの海外への武力行使を専門に行う軍なのである。だから「海」と付くにもかかわらず、陸上兵力、航空機、そして艦船を全て持っている。

沖縄にこの海兵隊が置かれているのは、東アジア圏内で何らかの軍事紛争が勃発した際に、それに対して即応するためである。具体的に何を行うか、というと、軍事紛争が勃発した地域に陸上戦力を送り込むのである。まさに「斬り込み隊」と言うべき任務を負う軍なわけだ。

第二次世界大戦のときの海兵隊の上陸の光景を見たければ、スピルバーグの『プライベート・ライアン』の最初の何十分かを見ればよろしい。その描写はいずれもただひたすらに残酷なのだけど、D Day に参加した生き残りの退役軍人達が皆「概ねあの通りだった」と言っているし、この作戦に従軍したロバート・キャパの遺した写真や彼の自叙伝『ちょっとピンぼけ』にある光景もこのままである(スピルバーグはあの映画を撮る際にキャパの写真を参考にしたらしい)。

そんなわけで、海兵隊は、軍隊の中でも特に危険な任務を負うことが多い。第二次世界大戦期とベトナム戦争期以外は徴兵を行わず……つまり志願兵のみで構成されるわけだ……、訓練は5軍中最も厳しいと言われている(キューブリックが映画化した『フルメタル・ジャケット』のあの風景だ……ちなみに『フルメタル・ジャケット』の原作者・共同脚本執筆者であるグスタフ・ハスフォードは海兵隊経験者で、当時の自らの体験を基にこれを書いたらしい)し、"Once a Marine, Always a Marine." (一度海兵隊員になれば、終生海兵隊員である)という言葉がある程に、海兵隊の経験者は一味違うという評価を受け、またそれを誇りとするらしい。

太平洋戦争の頃の海兵隊は、陸上戦力を揚陸艦と呼ばれる船で行動地域の近くまで運んで、底の平な上陸艇と呼ばれる小型船舶に兵や車両を載せて海岸に突っ込み、そこから陸上に進撃する……というやり方で作戦行動を行っていた。しかし、これにはいくつか問題があって、

  • 船を使うので展開に時間がかかる。
  • 上陸地点が海岸に限定されるため、待ち伏せや地雷原などを避け難い。
  • そのために上陸開始の時点で激烈な戦闘となり、兵が死ぬ可能性が高い。
いかに勇猛果敢を謳う海兵隊であっても、より安全に、高速に、場所を選ばず兵力を展開できる方法があれは、そちらの方が望ましいことは言うまでもない。ここで登場するのがヘリコプターである。

これも、詳しいことを書いているときりがないのだけど、海兵隊は1947年からヘリコプターの配備を行っていて、朝鮮戦争からベトナム戦争にかけて、さまざまな任務に用いていた。その中で、特にベトナム戦争期に注目されたのが、兵員輸送手段としてのヘリコプターの有用性だった。アメリカのフランク・パイアセッキが開発・実用化したタンデムローター型(相違なる方向に回る二つのメインローターで飛行するヘリコプター)ヘリが高い人員輸送力を持っていることに注目した海兵隊は、1961年に強襲揚陸作戦用ヘリコプターとして、ボーイング・バートル(パイアセッキの会社をボーイングが吸収合併した会社である)社の V-107 バートルのエンジン強化型を、HRB-1 シーナイト (Sea Knight) として導入を開始した。翌年、米軍の航空機等の呼称制度の改正があり、HRB-1 は CH-46 と名を改めることになった。

実は、ここで重要な役目を果たしていたのが普天間飛行場である。海兵隊は、この CH-46 を大規模に運用するために、複数の部隊をひとつの基地に集めた。それらの部隊の中には、そのままその基地に留まった部隊もあれば、ヘリ空母などに再配備された部隊もあるのだが、実はその集結基地こそが普天間飛行場だったのだ。1960年代中盤のベトナム戦争期だから、沖縄という場所になることは自然であろうが、海兵隊における強襲揚陸作戦用ヘリコプターの歴史は、実はそれらのヘリの拠点としての普天間飛行場の歴史と重なるといっても過言ではないのである。

CH-46 は、20名以上の兵員、もしくは約 5 t の荷物を運ぶことができた。改良型の CH-47 だと兵員30名、もしくは 10 t 以上の荷物を運ぶことができる。このヘリの登場によって、従来の船舶のみによる展開では考えられないような短期での兵員展開が可能になった。そして、海兵隊の「斬り込み」のフォーマットが、従来の船による海岸線からの上陸、という形態から、ヘリによる任意の地点への上陸、というものに一変したのである。

つまり、「世界の警察」であるアメリカ軍には、行動を決断してから即座に展開する上で、ヘリを用いた海兵隊の高速輸送による強襲揚陸作戦が不可欠なのだ、ということ。これが、「なぜアメリカ海兵隊がヘリを必要としているのか」の答である。

笑止千万

最近、妙にアクセスが増えたので何事かと思っていたのだが、どうも妙なことを書かれていたらしい。http://takashima.tidt.fool.jp/?day=20120515 によると、

警  告

高嶋康豪博士への誹謗中傷の掲載に対する取下げ要求と警告・法的措置

                       平成24年5月15日
                       �高嶋開発工学総合研究所
                         統括弁護士 倉田雅年
                         顧問弁護士 和田 裕
法務担当者 渡邉澄雄

 当職らは、高嶋康豪博士の顧問兼統括管理弁護士及び法務担当です。つきましては高嶋博士への事実と異なる誹謗中傷により、信用毀損・名誉毀損・営業妨害に該当する言説がインターネット上に掲載されておりますので、事実を確認し、直接関わった人たちの証言と証拠に基づき下記の事柄に対して掲載の取下げと取り下げなき場合の法的手段を用いることの警告と刑事・民事事件として取り上げます。

一、『「EMBC」は無残に失敗。1000トンの焼酎カスが腐敗してえびの市の市街は半年以上も悪臭地獄。高嶋博士は2億余円を詐取したまま行方不明』とのブログの取り下げを要求します。
 1、平成12年当時、本社が長野にある環境エンジニアリング会社の�五十鈴の九州営業所が某焼酎会社の焼酎カスと焼酎廃液の処理のプラント事業を受注し、複合発酵技術で処理するということになり、高嶋康豪博士が�五十鈴の下平洋一社長より依頼を受け指導のために同行した話で、博士は施工主でもなく、金銭の授受は一切なく、「2億余円を詐取したまま行方不明」等は全くの出まかせで嘘であり当職らは許すわけにはいかない問題です。  最初は焼酎カスと焼酎廃液を同時に処理するという構想でしたが焼酎カスの方は処理のキャパシティの関係で微生物群と処理設備とのバランスが悪く液化の際、酪酸発酵により酪酸臭が出たことがありました。焼酎廃液の方は高濃度のBOD、COD、及びSSの処理ですが、100%処理が可能でした。そこで焼酎カスの処理を分離してオイルフライで処理してパウダー化し、有機肥料として使うことになり、施工主の下平社長より焼酎カスの処理は分離して処理し、焼酎廃液・廃水の方だけをバイオ処理する、高濃度の焼酎廃液の処理をすることだけでも大変素晴らしいことなのでそのようにいたしますとの報告を受けました。よって、最終的に施主と施工主の間で上記の話合いによって焼酎廃液と焼酎カスを分離して処理するとのことで、設備を竣工し、引渡を完了しましたと下平社長から最終報告を受けています。
  上記の誹謗中傷が誰によってなされたかはわかりませんが、�施工主が�五十鈴であり、高嶋博士が複合発酵技術の供与と指導という立場であったこと。�最終的に完成引渡が終わっていること。��五十鈴は現在でもバイオ事業部を�フォーレストという会社に移行して、バイオ農法では相当な実績を上げ、人々から信頼を得ている優良会社です。よって、現在でも複合微生物による複合発酵技術の指導を高嶋博士から受けております。
  以上のことから誹謗中傷の掲載に対し、一般の視聴者に事実関係を誤認される虞がありますので、法務部の担当者として高嶋博士の顧問弁護士と協議のうえ、掲載の取下げを要求します。誠実な対応がない場合には法的手段を取らざるを得ませんので警告いたします。
  聞取り証言者:小田一光氏(当時�五十鈴九州営業所)赤羽正二朗氏(バイオエンジニアリスト、現フォーレストバイオオペレーター)下平智行氏(下平洋一氏子息現�フォーレスト社長)その他関係者の証言と事実確認による。

2、前述の某焼酎メーカーと同時に鹿児島県指宿にある5町村の共同の養豚施設の糞尿廃液処理を行っておりますので、この事実も明確にしておきます。
  この施設では日本の一部上場の環境関係企業がプラント施工をし、その処理センターでの管理を農協・経済連からの出向者が行っていました。しかし、糞尿廃液のBOD(有機性酸素要求量)とT-N(トータル窒素)の処理が全然できず、結局一部上場企業と環境エンジニアリングの会社が5社トライしましたが大失敗に終わった例です。
  そこで処理センターの責任者から�五十鈴の九州営業所の小田一光氏に上記の説明で何をやってもうまくいかないので複合発酵の高嶋康豪博士を紹介してもらいたいとの話があり、複合発酵の微生物処理法によるバイオフローとエンジニアリングフローの変更と複合発酵のバイオ施工の指示と指導をし、1ヶ月後には処理水が河川放流値(行政認定)以下になり、なお汚泥を完全発酵汚泥化しバイオ肥料として用い、地元の農業の推進・躍進になり、博士は経済連の責任者と5町村の農協及び農家より尊敬の念をもって感謝されました。
  以上のことから日本の一部上場企業と経済連が失敗してどうにもならないことを高嶋博士の複合微生物による複合発酵技術によって解決したことが多数あります。今後はありもしない誹謗中傷で高嶋博士の信用毀損・名誉毀損・業務妨害に対し、本掲載を行った人物を探し当て、必ず法的手段を取ることに致します。また、このような掲載を許す会社に対しても法的手段を取りますので、法務部の責任者として博士の顧問弁護士と協議した結果、早急に掲載を取り下げるよう警告します。

二、鞄本ウエストンの汚泥の垂れ流しと逮捕の件と誹謗中傷について
  (投稿者:Xマン、投稿日時2011年4月8日)(飯山一郎、2011年5月6日)
  (Luminescence、2011年9月17日)等
  この件はそもそも誤認の強制逮捕であったのです。
 @新聞に沼津の西部下水処理センターに植物性・動物性のノルマルヘキサン(N−Hx)油分が大量投棄され、下水処理センターの処理が不可能になった
  という記事が出ました。
 Aこの油分を含む汚泥の現状が、高嶋博士の会社から大量に投棄された汚泥
によって起きたということで、新聞、マスコミ、テレビ等で事実誤認の報道
がされ、高嶋博士が逮捕されたという記事になったものです。
  事実は、高嶋博士の会社が保管していたMLSS菌床(一般的に言われる汚泥とは異なるもの)が大量投棄されたということから始まったのですが、これは岐阜県の切削等の作業用ウエス、軍手等の洗浄を行いリサイクルする会社である鞄本ウエストンのMLSS菌床であり、上記の新聞記事及び逮捕になった同下水処理センターの汚泥の油成分は植物性・動物性油分であり、日本ウエストンの菌床汚泥の油分はすべて工業用油の鉱物性油分であり、全く異なるものであり、逮捕の原因の汚泥投棄の油成分が全く異なるにもかかわらず、門外漢の警察と検事による誤認逮捕だったのです。この証明は当時の分析センターで高嶋博士の会社の菌床と汚泥が全く異なるものであることが明確になり、証拠として提出した分析が誤りであることは事実でしたので、報道は誤認報道として修正されるべきものです。なお、樺n球環境秀明の社員も無実で釈放されていることと、日本ウエストンの菌床汚泥が今でも保管場所に貯蔵してあることを申し上げておきます。
この菌床汚泥の中に硫化水素及び化学物質・金属と反応する「化学硫化性細菌」や「光合成細菌」や「化学合成細菌」等による菌族が大量に現生・発現―発生しており非常に有益な微生物群であります。今回のこの菌を培養して放射能の除染に対して耐放射性細菌として上記の菌類を培養育成して利用していますので、汚泥のような産業廃棄物ではありません。汚泥の大量投棄ということは上記の事実から全く間違った考えで事実を逸脱した出来事であったことを申し上げておきます。
なお、岐阜県の日本ウエストンにおいては、前記の樺n球環境秀明と日本ウエストンとの間で双方の弁護士間でこの問題に関する和解が行われて解決し、日本ウエストンは今でもこの複合発酵微生物処理を用いて高濃度なエマルジョン油分の分解処理を行っております。
以上のように誤認報道に対するマスコミの無責任さとその後正確な報道がなされていませんので、上記の事実をもって、掲載の取下げを要求します。今後はありもしない誹謗中傷で高嶋博士の信用毀損・名誉毀損・業務妨害に対し、本掲載を行った人物を探し当て、必ず法的手段を取ることに致します。また、このような掲載を許す会社に対しても法的手段を取りますので、法務部の責任者として博士の顧問弁護士と協議した結果、早急に掲載を取り下げるよう警告します。

三、高嶋康豪博士に対する誹謗中傷について
  (投稿者:Xマン、投稿日時2011年4月8日)(飯山一郎、2011年5月6日)
  (Luminescence、2011年9月17日)(学歴汚染サイト主宰者、2011年2月11日)
高嶋康豪博士の博士号に対して、誹謗中傷があり、「ケンジントン大学がハワイ州政府から閉鎖命令を受けているので、博士号自体疑問だ」と言うようなブログを掲載している人間がおりますが、1、名誉棄損 2、信用棄損 3、業務妨害 の刑事事件及び民事事件の様相を呈しているので、法的処置の警告を致します。
1、高嶋博士の博士号は、1980年代のレーガン大統領時代に、優秀な学術を顕彰する機関として、米国の国際学士院の協会の著名な大学の博士達によって設立された博士号及び終身名誉博士号の評議委員会により推薦授与する事が有りました。当時、ハワイ大学のホシノ学長が来日の際、高嶋博士の学術をアメリカに紹介し、評議委員会にて審議され、生命工学と環境工学の優秀な学術として世界で初めての環境微生物学博士号(Doctor of Environment Biology)の授与が決定し、1995年に授与されました。
  その時の評議委員会メンバーは、ヘンリー・L・N・アンダーソン ロサンゼルス市立大学総長を代表とする数十名のメンバーからの授与でした。
  高嶋博士が直接授与式に出席し、博士号の認証状の授与を受けています。
2、尚、終身名誉博士号を1996年に国際学士院協会より授与され、国際学士院協会からの招聘により、授与式に際し、アメリカにて基調講演を行い授与式が行われました。その時の出席者は、ロサンゼルス市立大学総長、リンカーン大学学長、ニューヨーク市立大学学長他十数名の学長が出席し、高嶋博士が記念基調講演を行い、終身名誉博士号の授与式があり、リンカーン大学の学長から授与されました。その時の状況は、ビデオに収録され、公式に発表されています。
  以上のように高嶋博士の博士号の認証は公式に行われたものですので、今後はありもしない誹謗中傷で高嶋博士の信用毀損・名誉毀損・業務妨害に対し、本掲載を行った人物を探し当て、必ず法的手段を取ることに致します。また、このような掲載を許す会社に対しても法的手段を取りますので、法務部の責任者として博士の顧問弁護士と協議した結果、早急に掲載を取り下げるよう警告します。
                                 以上
……と書かれていて、この中に拙 blog のエントリ『トンデモ系の餌食になってしまう政権与党って』『トンデモ系の餌食になってしまう政権与党って (2)』も対象として挙げられているらしいのである。

僕は "Skeptic's Wiki" というサイトの wiki エントリ『生体内原子変換』にリンクされていることから、ようやくこの事実を知った。どういうことか、というと、要するに、高嶋開発工学総合研究所のコンテンツでは、Luminescence の記述に対して恫喝ともとれる記述をしているのにも関わらず、元記事はおろか、この blog に対してすら、一切リンクされていない、ということである。リンクされていれば、あの恫喝文が掲載された時点でこちらも気付いていただろうに。

そして、それ以前の問題として、僕のところにはメール1通すら来ていないのである。まあ、こういう警告だの、訴訟だのいう話になるのだとしたら、まずはメール、次いで内容証明、位の手順を踏みそうなものだが、そういうことが全くない。これで弁護士がどうのこうの、なんて、そんなお粗末な弁護士なんて本当に存在するのだろうか? web に警告文を書くだけで法的警告だ? お話になりませんよ。

更に言うと、僕が書いたのは誹謗中傷ではなく、批判だ。僕が書いたことに対して、上リンク先の警告文なるものは何一つちゃんと答えていない。法的に言って、僕の書いたことがどう誹謗中傷になるのか、いやそれ以前に、警告文がどういう論拠で何を求めているのかすら、実のところはっきりしないのだ。あれは、弁護士が名前だけ貸して、高嶋開発工学総合研究所(きっと高嶋氏本人に違いないと思うのだが)が憤怒に任せて書いたのではないか? と邪推したくもなるというものだ。

ちなみに、これに対する見解は書くだけ苦痛なので、僕と同じくこの警告文の標的にされたらしい山形大・天羽氏の blog にリンクを張ることにする。しかしなあ。なんか本当に、阿呆らしい話である。

一応、学位の件でダメオシを書いておくけれど、そもそも "Doctor of Environment Biology" って何? 「環境工学」だったら Environmental Biology でしょう? 自分の学位すら正確に書けない、そして自分の研究分野の英語名も書けないって何なんですかね。まあ、"Doctor of Environmental Biology" でググった結果を見ると一目瞭然でしょう。"Doctor of Philosophy in Environment Biology" ならば通じるかもしれないけれど、これだって学位としては Ph.D なのであって、"Doctor of Environment Biology" なんて、まあ考えられませんよ。おまけに「終身名誉博士号」??? いや、普通学位ってのは、剥奪でもされない限りは終身なので、終身なんて殊更に書く意味が分かりませんけれど(昼間出先に歩きながらふと思ったのだが、これは長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督の肩書からの連想なのではないか)。そういうこともご存知ない? ひょっとしたら、banquet の席でのジョークか何かを「学位を授与された」とか勘違いしていませんか?

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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