しがらみのない強さなのか
池上彰氏は、NHK の『週刊こどもニュース』に出ていた頃にその存在を初めて意識した。思い返してみると、新宿西口バス放火事件や、日航機墜落事故のときに、ブラウン管(そう、当時はまだブラウン管だった)でお目にかかっていたはずなのだが、子供相手でも手抜きしないその解説に感心させられたのを鮮明に覚えている。
NHK の一番の失敗は、彼を解説委員室付にしなかったことだろうと思う。2005年に NHK を辞職してから、フリージャーナリストとして活動してきた池上氏は、この1、2年で大きくブレイクした。NHK 専属でニュースを解説してもらえるなら、こんな安い投資はなかったと思うのだが……まあ、とにかく、現在の池上氏はフリーの「ニュース解説人」とでも言うべきスタンスである。
先日、宮崎の口蹄疫問題を解説していたとき、池上氏は大きなミスを犯した。ブランド牛の産地で宮崎産の仔牛を肥育しているところを挙げるときに、神戸牛と但馬牛をその中に入れてしまったのだ(神戸牛と但馬牛は、同じ兵庫県の三田産の仔牛を中心として、専ら県内産の仔牛を肥育する)。これに関してリンク先のサイトではかなりきつい記事を書いているけれど、まあこれは難しいところだろう。僕は関西に10数年住んでいたから知っていたけれど……これに関しては、次の週の同じ番組で訂正とお詫びを入れていたが、これで池上氏は評価を下げてしまうのか、と、僕は密かに心配していたのだ。
しかし、だ。池上氏はやってくれた。先日の参院選の選挙速報番組で、他のどのメディアも斬り込まない部分に見事に斬り込んでくれたのだ。以下に動画サイトで公開されている該当部分を示す:
上リンク先の動画で、特に注目していただきたいのは3箇所である。まず、0:52〜の、谷亮子候補へのインタビューをご覧いただきたいが、このインタビューで池上氏は、
「……ということはつまり、国会の開会と柔道の大会がもし重なるようなことがあれば、これは国会を優先するということですか?」
と(おそらく皆が一番谷氏にぶつけたいと思っているであろうことを)質問し、
「当然そうです、はい!」
という回答を引き出しているのだ。これで谷氏はもう逃げが利かなくなった。高揚しているときにこの質問をあえて、それも民主党と小沢元幹事長が鳴り物入りで擁立した「最強のタレント候補」にぶつける、というのは、おそらく他のメディアでは腰が引けて無理であったろう。
次に注目していただきたいのは、4:26〜の蓮舫候補へのインタビューである。このインタビューでは、
「……『一番じゃなきゃダメなんですか?』という、あの発言が、結局、自民党が『一番じゃなきゃダメなんです』『一番、一番!』という、自民党のスローガンの『一番』に取られてしまいましたねえ」
と(おそらく皆が一番蓮舫氏にぶつけたいと思っているであろうことを)質問し、
「……あの、他党のことはよくわかりません」
という回答を引き出しているのだ。実は、蓮舫氏はよくこのような回答をする……これは、自分にとって都合の悪い質問をされたときの彼女の常套句なのだ。選挙戦が迫った6月17日、蓮舫氏はあの有名な「一番じゃなきゃダメなんですか?」などなかったかのような顔で、しれっとこんなコメントをしている:
「科学技術の分野でもほかの分野でも(日本が世界で)1番を目指すのは当然だと思っている」
(2010年6月17日20時01分付 YOMIURI ONLINE)
自分の言った言葉には、最後まで責任を果たさなければならないのが、政治家として当然求められるべき態度である。それをいい加減にし続けていることを、この池上氏の質問とその回答、そしてそのときの蓮舫氏の振る舞いは実に鮮やかに露呈してくれた。
とどめは、4:45〜の、公明党の山口代表にぶつけた、この質問である。
「……これはあの、特に、公明党の支持団体の創価学会がですねえ、管さんや、あるいは仙石官房長官のことを、大変に嫌っているから、えー、だから民主党と組むことは有り得ない、と、こう言う人もいますが、その点どうですか?」
……いやあ、ここまで斬り込む場面を、今のテレビで目にすることができるとは思わなかった。いつぞやの桂ざこば氏を超える快挙である。山口代表は、
「そういうことは全くないと思います。支持団体と、我々政党は、政教分離で、別な考え方で対応いたしますので。我々は政治サイドとして、こういう、今申し上げたような考えを持っている、ということであります」
と回答しているが、このときスタジオが一瞬静まりかえったように聞こえるのは、僕の気のせいだろうか。もっとも、この山口代表の態度は、先の蓮舫氏のそれなどとは比較にならない程にきっちりしたものだったけれど。そう、政治家の発言というのは本来こうあるべきものなのだ(まあ、公明党が優等生回答をした、と言う向きもあるだろうけれどね)。
ひょっとしたら、池上氏が TXN(テレビ東京系列……新聞社でいうと日経の系列である)で番組出演をしたのは、こういう鋭い切り口を示したかったからなのかもしれない。僕も、少しは期待していたけれど、ここまで池上氏が鋭く斬り込むとは思っていなかった。ジャーナリストの矜持を示した、というところなのだろうか。