作曲法ねえ
音楽の話になって、自分で曲を書いて演奏して……というのが趣味(これも世間で言う趣味と同じなのかどうか何とも分からないのだけど)だ、と話すと、多くの人が、
「えー、すごいですねえ。曲って、どうやって書くんですか?」
と聞いてくる。実は、この質問ほど答えにくい質問はなくて、この質問に答えるのが面倒だから、音楽の趣味の話をしないことさえあるのだけど……こういう質問にどう答えたらいいのか、今でも本当に悩まされる。
たとえば、何か一曲書こうと思ったとして、そういうときにどうするか……うーん。僕の場合は、手にギターを持つことが多い。鍵盤も使う(というか、ある段階以上になったら鍵盤がないときついかもしれない)のだけど、場合によっては、何も持たずに曲を書くこともある。
じゃあなんでギターを持つんだ?と聞かれそうだけど、もちろんコード進行とかオブリガードとかを確かめるのに使うんだけど、リズムパターンを考えるときにもギターがあると便利だからだ。最初にあるコード進行があって、じゃあこのヴォイシングからこのヴォイシングとして、リズムパターンは……と、その場でカッティングなんかして、ああこのパターンかな、などと考えをまとめていくわけだ。だから、ギターにせよ鍵盤にせよ、あれば便利なんだけど、なければ曲が書けないというものでもない。むしろ、集中しているときに楽器に触ると、その楽器の奏法が発想の縛りになってしまうので、そういうときは手には何も持っていない。
職業作曲家、それもオーケストラ向けの曲を数多く書く人なんかはどうしてるんだろう、と思って、"Musicman's RELAY"なんてのをネット上で見つけて読んでいたら、かの服部克久氏が同じようなことを言われていた。以下、該当箇所を引用する:
●まぁ、普通の音楽教育を学校に任せて、身近な音楽教育はなかったということですかね…。 そういえば服部先生は作曲を全部頭の中でピアノを弾かずになさるとか…これは先天性なものなんですか。
そうですよ。僕はそうしてますし…。親父はピアノ下手だったんで、あんまり弾かなかったかな。ピアノは横にありましたね。譜面向かって曲を書いてこっちに脇にピアノをおいて…ボロ〜ン♪とかってやって…確認のために弾いてたみたいですね。
●だいたいみんな頭の中に鳴ってるっていう…。
よく映画でね、バーッて弾きながらこう書くっていう…あれは嘘ですよ。あんなのしてたら先に進まないですよ。
●(笑)
ダーッて書いて「ここ大丈夫かな?」っていう時に、ちょっと確かめる。だいたいはそうやってやるんじゃないんですか。他の人が作曲してるところを見たことがないんでわかんないんだけど。
●オーケストラの譜面ですよね…何パートも全部頭の中にあるなんてすごいと思いますけどね。
うん。ただ譜面書くだけなら3年ぐらい勉強すればだれでもできるような話なんですよ。
コンセルヴァトワール出身の服部氏と、ほとんど独学で音楽をやっている僕とを比較するのには無理があるけれど、僕の場合でも、楽器や譜面にダイレクトに接していないと作曲できない、ということは、実はなかったりする。あくまで音の世界は頭の中で構築されて、それを確認するために楽器、記述するために譜面を使うけれど、楽器や譜面が世界を構築してくれるわけではないからだ。
そういえば、前に、何のテレビ番組だったかは忘れたけれど、職業作曲家に「作曲するときに何を使いますか?」というアンケートを取っていて、一位の「ピアノ」に次ぐ堂々の二位が「口三味線」だった、というのを観たことがある。一応曲を書く立場としては、これは実によく分かる話であった。
僕の場合、曲を書く上での最初のきっかけは、リズムパターンやコード進行の一節 (snippet) である。印象的な snippet が浮かんだら、譜面にメモっておくか、DAW でその一節のイメージを打ち込んでおく。余談だけど、IT 業界でも、ソースリストの「一節」(汎用性の高いルーチンとか)を code snippet とか、単に snippet とか称することがあるようだけど、意味はそれと全く一緒である。この snippet が、曲の中で印象的なフレーズとして機能するときは、これを hook と言う。まあとにかく、これが手をつける最初のポイントになるわけだ。
……と、ここまで書いてきて、「その snippet はどうやって作るんだ?」とかいう疑問を向けられるような気がしてきた。うーん。これは、こう、浮かぶんですよ。何か曲を聞いているときとか、音楽とは全く関係ないことをしていたりとか、人によってはクルマに乗ってるときとか。昔、まだ IC レコーダとかがなかった頃に、ミュージシャンは出先にいるときやクルマの運転中に snippet が浮かんだとき、家に電話する、という話があったけれど、これは家の留守電に吹き込んでおくというわけだ。曲をかかない方々も、でたらめな鼻歌とか唸っていると、きっとこういうフレーズが浮かんでくることがあると思う。
で、その snippet の前後を構成するものを考えつつ、曲全体の構想を組んでいく。これは、印象的な一言を出発点にして、短編の小説を書くようなもので、文章を書くのに漢字や文法が必要なように(というかその程度には)、和声学とか対位法とかリズムパターンの構築とか、まあそういうものは必要になっていく。これは、僕の場合は浴びるように大量の音楽を聴いていたという背景があって、その記憶に楽典で説明をつけていく、というようなかたちで学習したものを、自分のイメージに適用して書き進めていく……という感じだろうか。まあこれは、小説を読むのが好きだった人が、やがて自分も書くようになる、みたいなもので、自分としては極めて自然な行為なのだけど、段階的にこれを他者に伝えるというのは、どうにも難しいかもしれない。
こういう作業の結果、メロディとコード進行と簡単なリズムパターンの組み合わせができてくる。おそらく、世間で言う「作曲」はここまで、ということになるのだろう。その後は、全体の構成の中で聴く人をはっとさせるようなコード進行とかリズムパターンとかを改めて考える。場合によっては、最初考えていたのと全く違うリズムパターンになる可能性もあるし、必要に応じて、それらのパターンに合わせてメロディの方をいじることもある。この作業と並行して、DAW でリズムパターンを組んでいく。最初はドラムとベース、鍵盤辺りを組みながら、印象的な楽器(ホーンセクションとかストリングスとか)の旋律を決め、更にそれに合わせて他の部分をいじることもある。
……まあ、こうやって曲を作っていくわけなのだけど、結局、作曲・編曲・演奏は、作業としては不可分なものになっている。自分ひとりでやっていて、メロ譜や書き譜を書く必要もあまりないし(ベースのようにアレンジに大きな影響を与えるものの場合は、自分の演奏用に譜面を書くこともあるけど)、おそらく他人が見たら、何だか分からないうちに曲が出来上がっていくのかもしれない。そういう意味では、このような作曲は彫塑によく似ている。
石や木を掘り込んでいくのを横から見ていて、どうしてそこから動物や青年や裸婦や、あるいはガウディの建築物のようなものが出現するのか、これは「謎」のようにも思える。漱石の『夢十夜』の第六夜に、「運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいる」話というのがある。天衣無縫の体で木に埋もれた仁王を掘り出すがごとく彫る運慶を見て、自分も庭の裏に積んでいた薪を彫ってみるけれど、結局何も出てきませんでした、という話である。この話は、
自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当らなかった。その次のにも運悪く掘り当てる事ができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋(うま)っていないものだと悟った。それで運慶が今日(きょう)まで生きている理由もほぼ解った。と終わるのだけど、勿論木の中に仁王が隠されているわけではない。木塊という閉空間の中に他者が掘り出し得ない仁王を見、それを彫りだすのは、ひとえに運慶自身が木に何を投影し、どう鑿を振るうかにかかっている。運慶が今日まで生きている(その他者に代え難い存在が重く認知されている)のは、あの仁王が運慶でなければ彫れないからだ。僕のように「ささやかな」アートに取り組む人間であっても尚、一応は他人が作らない・作れないものを「かたち」にしているところは同じであって、その過程が他者にはどうにもよく分からない、というくだりも、よく似たものを感じるわけである。
さて……で、毎度おなじみニコニコ動画などでも、オリジナル曲を公開する人が増えている。増えている……のだけど、なんかこう、どうもぱっとしないのである。アクセス数などを見て、高い人気を誇るものを聴いてみても、あーこれいいなあ、と学ぶべきものを感じることはまずほとんどなく、毎度おなじみのコード進行やメロディに、味のない練り餌を喉に詰め込まれたような気分にさせられることがほとんどである。
こう感じるのば僕だけではないらしい。「音極道」で書かれて、後にニコニコ動画でも配信された『JPOPサウンドの核心部分が、実は1つのコード進行で出来ていた、という話』なんてのはその一例だけど、実際、最近の avex ものとかが、如何に automatic にこの「王道進行」とか、あとはいわゆるカノン進行(馬鹿の一つ覚え的に誤解している人がいるようなのでここに明記しておくけれど、「王道進行」と「カノン進行」は異なる進行形である)を用いていることか。そういうのが好きな人には、作曲というのは簡単なことに思えるのかもしれないけれど、まあそう安易なものではないんだよなあ。