落武者、貞子、断髪
この一年近く、実は髪を伸ばしていた。丁度、昨日保釈された押尾某:
よりも少し長い位まで、肩を覆う位まで伸びた髪を、時には後ろで束ねながら過ごしていたのだけど、U にも「いい加減に切ったほうがいい」と忠告され、とうとう今日の昼間に思い切って切ることにして、近所の美容室に入った。
この美容室には今までにも何度か来たことがあったのだけど、今日は初めて(そう、初めて!)ヘアカタログを渡された。うーん……ショート気味のさっぱりしていそうなのを選んで、まあこんな感じで、と告げて、カットが始まった。
なにせ長いので、クリップで留めては切り、また留め直しては切る、を繰り返す。
「しかし伸ばしましたねえ」
「ええ……まあ、伸ばしたというか、伸びてるというかね……」
「で、今日切ろうと思わはったんですか?」
「ええ。しかし……どうせなら夏前に切りゃあいいのにねえ」
というと、美容師の女性のツボにはまったらしく、しばし笑い。
「夏、大変でしたねえ。でも、せっかく夏越えたのに、切っちゃうんですね?」
「ええ。なんか、落武者みたいに見えてきてね」
これが再び美容師の女性のツボにはまったらしい。
「ワタシも貞子って言われるんですよ」
「貞子?あー、前髪で顔が隠れる?」
「そうなんですよ。ワタシ、前髪長いんで。でも……落武者って。それはひどい」
山下達郎が自分で自分のことを落武者と言っていることは、山下氏の名誉にかけてここでは言わなかったけれど、かくして、落武者の髪を、貞子はばっさりと切り落としたのだった。