試訳
唯我論者
フレドリック・ブラウン 著
Thomas 訳
ウォルター・B・エホバ――彼の名に関しては本当にこういう名前だったので悪しからず――はその一生を通じて唯我論者であった。あなたがこの言葉に出喰わしたことがないときのために書くけれど、唯我論者というのは、その人自身のみが実在しており、他の人々や宇宙は自身の想像上の産物に過ぎず、自身が想像するのを止めてしまえば、それらは存在しなくなってしまう、と信じている人のことである。
ある日のこと。ウォルター・B・エホバは唯我論の実践者となった。それから一週間のうちに、彼の妻は他の男と逃げてしまい、彼は商品発送係の職を失い、目前を横切ろうとした黒猫を追いかけて脚を折った。
病院で彼は決心した。全てを終わらせようと。
窓の外を見やり、彼が星々に向けて、それらが存在しなくなることを願うと、それらはもはや存在しなかった。次に彼が彼以外の全ての人々が存在しなくなることを願うと、病院は、いくらそこが病院であるにしても、奇妙な程に静かになった。次に世界が存在しなくなることを願うと、彼は自らが虚空に浮遊していることに気付いた。彼は自らの肉体を呆気なく消し去ると、最終段階として彼自身の意思を存在しないものにしようとした。
何も起きなかった。
おかしなことだ、そう彼は思った。これが唯我論の限界なのだろうか?
「そうだ」声が言った。
「誰だ?」ウォルター・B・エホバは訊いた。
「私は、お前が存在しなくなることを望んだその世界を創造した者だ。今やお前は私の居た場所にいる」深いため息が聞こえた。「私はようやく私自身の存在を消し去り、解放され、そしてお前に引き継がせることができる」
しかし――どうやったら私は存在することを止められるんだ?今こうやって、そうしようとしたんだ。
「分かっている」声は言った。「お前は私がしたのと同じようにしなければならぬ。宇宙を創造するのだ。そして、その宇宙の中にお前が信ずるように信ずる者が現れ、存在しなくなるように願うまで待つのだ。そうすれば、お前は引退し、その者に引き継がせることができるだろう。では、さらばだ」
そして声は消えた。ウォルター・B・エホバは虚空にただ彼のみが存在し、彼に出来ることはただひとつしかなかった。彼は天と地とを創造した。
それには彼をして七日を要した。
Original: http://infohost.nmt.edu/~shipman/reading/solipsist.html