スクープの奇妙な中身
昨夜は午後10時過ぎに帰宅して、その後食事をしながら『NEWS23 X』を点けたら、TBS のスクープがトップに流れた。
困難な作業が続く1号機。その1号機をめぐり震災の翌日、隠された事実があったことがJNNの取材で明らかになりました。
「先ほど午後8時20分から、現地では1号機に海水を注入するという、ある意味、異例ではありますけれども、そういった措置がスタートしています」(菅首相、3月12日)
3月12日。水素爆発を起こしたばかりの1号機の原子炉を冷やすべく、午後8時20分から海水の注入が始まった・・・、とこれまで言われてきました。しかし、実はそれより1時間以上早い午後7時4分に海水注入が開始されていたことが、東電が今週公開した資料に明記されています。これは、真水が底をついたため、東電が海水注入に踏み切ったものです。
政府関係者らの話によりますと、東電が海水注入の開始を総理官邸に報告したところ、官邸側は「事前の相談がなかった」と東電の対応を批判。その上で、海水注入を直ちに中止するよう東電に指示し、その結果、午後7時25分、海水注入が中止されました。
そして、その40分後の午後8時5分に官邸側から海水注入を再開するよう再度連絡があり、午後8時20分に注入が再開されたといいます。結果、およそ1時間にわたり水の注入が中断されたことになります。
「(注水)停止の理由、経緯については現在、確認している段階」(東京電力の会見)
1号機についてはメルトダウンを起こし、燃料がほぼすべて溶け落ちた状態であることが明らかになっています。海水を注入すると、含まれる塩分などの影響で原子炉が損傷するなどのリスクもありますが、専門家は「事故の初期段階においては、核燃料を冷やし続けるべきだった」と指摘。
「(Q.真水が尽きれば速やかに海水注入すべき?)原理的にまさにそういうこと。とにかく水を切らさないというのが主な方策。淡水(真水)がなくなれば、海水を入れるというのが自然の流れ。(Q.中断より注入を続けた方が良かった?)そうだと思いますね」(東京大学総合研究機構長・寺井隆幸教授)
なぜ、官邸は東電からの報告を受けた後、注入を中止するよう指示したのでしょうか。JNNでは政府の原子力災害対策本部に対し文書で質問しましたが、対策本部の広報担当者は「中止の指示について確認ができず、わからない」と口頭で回答しています。
原発を所管する海江田経済産業大臣は20日夜・・・。
「まだ私はそれを承知していません。(Q.事実ではないということ?)今、突然聞いたお話ですから、どういうことをおっしゃっているかよく分かりませんから、確認したいと思う」(海江田万里 経産相)
(20日23:37)
これは前にも書いたことだけれど、原子炉の冷却喪失が発生した場合、とにかく唯一にして最大の対策は炉を冷やすことだ。冷やす手段は水しかない。だからとにかく、水を突っ込むしかないのである。それを止めるなぞ、これは気違い沙汰だとしか言い様がない。
しかし、昨夜は二つの理由から、この件に blog で言及することをやめていた。ひとつは、僕が疲れていたから。もうひとつは、「何故注水を止めさせたのか」という、その彼らなりの論拠がつまびらかになっていないからだった。で、一晩が経って、時事通信社から出てきたニュースがこれである。
東京電力福島第1原発事故をめぐり、発生直後の3月12日に東電が1号機で開始した海水注入に対し、政府が「再臨界の可能性がある」として一時停止を指示し、1時間程度海水の注入が中断していたことが20日、分かった。政府関係者が明らかにした。海水注入の中断で、被害が拡大した可能性もある。
1号機では、3月12日午後3時半すぎ、水素爆発が発生。東電の公開資料によると、東電は同日午後7時4分から海水注入を開始した。一方、首相官邸での対応協議の席上、原子力安全委員会の班目春樹委員長が再臨界が起きる可能性を菅直人首相に進言。これを受けて首相が中断を指示し、午後7時25分に海水注入を停止した。
その後、問題がないと分かったため、午後8時20分に海水とホウ酸の注入を開始したが、55分の間、冷却がストップした。
東電は1号機に関し、3月12日の午前6時50分ごろ、メルトダウン(全炉心溶融)が起きていたとしている。(2011/05/21-01:33)
上引用記事の下線は Thomas による。これを読むと、「班目春樹委員長が再臨界が起きる可能性を菅直人首相に進言」とあるが、一般論を言うと、水を喪失した原子炉に注水すると、再臨界が起きる可能性があるのは事実で、それは水が中性子を減速するために、核分裂に寄与する低速中性子の密度が高まるからである。
しかし、
- 原子炉の運転は緊急停止し、炉内には制御棒が押し込まれた状態になっている。
- この時点では、対外的には未だ炉内の燃料棒が健全だとみなされていた時間帯である。
上記 1. は、これはすぐに確認できたはず(制御室に電話なり専用回線なりで聞けば済む話だ……東電は電力供給網の管理のために自前の通信システムを持っているんだし)だし、原子炉の仕様上、制御棒は挿入されていると考えるのが妥当だろう。となると、官邸や原子力安全委員会が「崩れている」と考えていた前提は 2. だ、ということになる。2. が崩れている状態というのは、これは炉心が完全に崩れ落ちているような状態ということである。部分的に燃料棒の破損があったとしても、その形状の健全性がある程度維持されているならば、制御棒挿入で再臨界は防げるはずなのだ。つまり、これらから何が言えるのかというと、この時点で官邸や原子力安全委員会は、炉心の完全な崩壊が起きている可能性を考慮していた、ということである。
先にも書いたように、冷却喪失の事態が発生した場合、とにかくできることは冷やすことしかないのである。必要なら、後々非常に面倒なことになるとしても海水を注入することが必要である。注入する水が淡水か海水か、ということは、再臨界が起きやすいか起きにくいか、ということとは全く何も関係しない(前に書いたように海水の溶存元素の放射化という問題はあるけれど、溶存元素の放射化は、低速中性子の空間密度上昇には何ら寄与しない)。注水を中止したということは、その水が海水か淡水か、ということではなく、注水によって更に酷い状況になる、と考えていなければそうなり得ないはずなのだ。そのような判断に至る理由としては、上に書いた「炉心の完全な崩壊が起きている可能性を考慮していた」ということしか、あり得ないのである。
だから、もしこれが本当だとしたら、事故発生から極めて早い段階で、官邸と原子力安全委員会は、炉心が崩壊していたことを把握していたことになる。それを、連中は、つい何日か前まで、全く知らないような顔をしていた、そういうことになるのである。