実はニューウェーブ?
「生まれて初めて買ったレコードは何?」という質問は、今は二重の意味で通用しない質問になってしまった。もちろん、音楽がデジタルメディアベースになった、ということもあるけれど、現在の音楽ビジネスではもはやメディアがやりとりされなくなりつつあるわけで、そういう意味でもこの質問は過去のものになりつつある。
僕の場合は、初めて買ったレコードは……そう、レコードだった。45 RPM のドーナツ盤というやつだ。まあここまではいい。何を買ったか話すと「えー Thomas さんがそれぇ?」と大抵言われるのだ。まあ確かに、今の僕の音楽嗜好だとこれは想像し難いかもしれないのだけど、僕が初めて買ったレコードは SALON MUSIC の『デュエットに夢中 (WRAPPED UP IN DUET) / Muscle Daughter』なのである。
SALON MUSIC というユニットは、カテゴライズが非常に難しい存在なのだけど、とりあえず、僕がこのドーナツ盤を買った頃やそれ以前の括りで言うならば、おそらくニューウェイヴ(それ以降の彼らを知る人々から猛攻撃を受けそうだけど)ということになるんだろう。今になって顧みるに、この時期に、まさかホンダの CM に彼らが起用されるなどとは誰も思わなかったろうし、それを実現させた人々はまさに先見の明があった、と言うしかない。
そう言えば、この事実を告白すると、一時期「うんうん」と言われることがあって、何故かと思っていたら、
「そーだよねえ、あの人達 Moon にいたもんねえ」
いや、違いますから。別に山下達郎と同じレーベルだったから聞くとか聞かないとかじゃないし、そもそもこのシングルの頃は彼らはポニー・キャニオンに在籍していた筈だ。ちなみに今は、あの小山田圭吾のトラットリアである。まあ、吉田仁という人はパーフリのプロデューサーだったしね。
僕のように、自分で多重録音で音楽を作りたい、と考えていた人間にとって、SALON MUSIC の存在はとにかく憧れだった。アナログ・オープンリールの 8 tr. や 16 tr. を使って、プライベート・スタジオで音楽制作、なんて話を雑誌で読んでは、悶絶せんばかりの羨望を感じて溜息をついていたものだ。
しかしなあ。今の僕の周辺状況は、おそらく当時の彼らなんかよりもっと楽に音楽制作ができる状況なんだろうと思うけれど、とかく何かとままならないことが多くて、制作が滞っているのが、何ともなあ。ある精神科医が「アートは完全に自由な心が必要なんだ」と言っていたけれど、そういうマインドを作る努力なしには、たとえアマチュアでも、制作なんてままならない。そんなことを思いつつ、久し振りに今夜は、その僕が初めて買ったシングルと同じ音源を聞いたりしているのだった。