着メロを作る

先回書いた着メロの件について。

前にも同じようなことを書いたけれど、僕が着メロを「作る」というのは、多くの場合、気に行った曲のイントロ部分を抜き出して、携帯での着メロとしての再生に特化したリマスタリングを行ったファイルを作ることである。

一例として、以下のふたつの mp3 ファイルを示す:

……まあ、何をやっているかは一聴瞭然であろう。要するに、原曲のダイナミックレンジをコンプとリミッターでがっつり潰しているだけの話である。当然だけど、このような処理を施したサウンドファイルは音楽作品としての鑑賞には耐えない(いやこっちの方がいい!という方は、早めに耳鼻咽喉科に受診されることをおすすめする)。こういうことができて(最大前提として、こういうことに使う音楽の原盤をちゃんと購入・所有していて、個人の楽しみを超えた行為……ファイルの授受とか……がない上で)あとはサウンドファイルのフォーマット変換に関して若干の知識があれば、基本的にはどんな音源でも着メロにすることができる。

僕はこういう行為には何らオリジナリティがないと思っているので、これは単なる操作だとしか思っていない。世間では「リマスタリング」という言葉を耳目にしただけで噛み付いてくる妙な輩がいるのだけれど、僕はそもそも自作曲を自分で演奏・録音するので、こんなところでオリジナルティを主張する気もないし、その必要もないのだ。だから噛み付くだけ無駄というものである。

しかし、この「何でも着メロ」、もちろん著作権侵害がないように細心の注意を払うべきであるが、それ以外にも問題がある。どうも、着メロに適した曲とそうでない曲があるようなのだ。たとえば、以前僕は James Brown の "GET UP I Feel Like Being Like A SEX MACHINE [Part 1]" を着メロにしていたことがある。冒頭部の喋りをカットして、JB が One, two, three, four... とカウントするところからにしてあったのだけど、いきなりこれが鳴るのは非常に神経によろしくない。

で、少しは違うものにしようと思って、四人囃子の "Lady Violetta" にしてみたのだが、これが SEX MACHINE に負けず劣らず心臓に悪いのだ。

電話を待っていて、これが鳴り出すというのは、本当に神経によろしくない。僕はこれのせいで(いや、僕は本当にこの曲は好きなのだけど)電話恐怖症になってしまい、正直言って今もその影響から抜け切れていない。

自分で音源を作って使うこともある。手抜きをして誰かのカバーで……ということもあるのだけど、これも曲を選ばないと同じことになる。例えば……

これは、原曲を聴き返しもせずに打ち込んだ、吉田美奈子の "Monster Stomp" の冒頭部である。本当はクラビで弾いているところは松木恒秀氏のカッティングなのだけど……いや、そんなことはあまり関係がない。これも着メロにはあまり向いていないようだ。いい音楽だからといって何でも着メロにできるというわけではない、ということのようである。

2012/01/05(Thu) 16:22:00 | コンピュータ&インターネット
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T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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