平清盛

普段は僕はドラマというものを見ることはほとんどないのだけど、U が見たいというのに付き合う格好で、NHK の大河ドラマ『平清盛』を見ている。このドラマに関しては、井戸敏三・兵庫県知事が1月10日の記者会見で:

私も日曜日観ました。画面が汚いですね。あんな鮮やかさのない薄汚れた画面じゃチャンネル回す気にならないんじゃないかというのが第一印象。家のテレビ、色がおかしくなったのかなと思うような画面だった。プロデューサーも意図があるのかも知れないが、あんな汚い画面を日曜日の憩いどきにやらなくてもいいんじゃないか。もっと華やかで、生き生きとして躍動感の溢れる清盛らしさを強調して頂くといいなと思った
と発言して物議を醸している。

この井戸知事、相当数の批判を受けたにも関わらず、その1週間後には:

先週言った通り。明るい画質を検討してもらったらと思う
そしてそのまた1週間後には:
(画面の明るさなどを変更しないとNHK側が語ったことについて)今変えたら(NHK の)全面敗北になる。世論の動きで見直さざるを得ないこともあるだろうから、期待している
瀬戸内海に船が浮かぶ場面で真っ青な海の色が出ていない。瀬戸内海の自然をきちっと映し出してほしい
と、未だにこのような発言を繰り返している。今日も兵庫県では知事の定例記者会見が行われるはずだから、ひょっとするとまた今日も何か発言するかもしれない。

これらの兵庫県知事の発言は、全く以て的外れのものと言わざるを得ない。『平清盛』の画面が鮮やかでない理由はふたつあって、ひとつは、当時の武家……力を失いつつあった貴族に賤民であるかのような扱いを受けつつ責務を負わされていたわけだけど……社会やその周辺というものを少しでもリアルに描写したら、ああならざるを得ないから、というもの。もうひとつは、少なくとも現時点での『平清盛』の画像は、カラーバランスをわざと崩して、緑の発色を強めにしてあるからだ。

これは、銀塩写真に慣れ親しんだ僕にとってはよく分かる話で、昔のリバーサルフィルムの発色、あるいは色が褪せつつあるフィルムの発色を模倣するために、このようなカラーバランスを選択しているのだろう。こんなことは、あの映像をちょっと見たらすぐに分かる話なのであって、そんなことも分からない輩が何事か物申す資格などないのだ。井戸敏三さん、これ以上何か言う度に、あなたの浅さがどんどん露呈するだけだから、あなたの名誉の為にも、もう口を閉じた方がいいと思いますがね。まあ、それができないところにその浅さがさらに垣間見えるわけだけど。

さて、では僕が『平清盛』に諸手を上げて賞賛を送るのか、というと、これは NO である。ひとつだけ、どうにも違和感を感じて仕方ないことがあるのだ。それがこれ(他に方法がないのでこのように引用をさせていただいた……ご理解を頂きたい)なのだが……

この旋律は、吉松隆氏によるオープニングの主旋律の一部で、曲中 coda や、劇中の歌謡が出てくる場面において繰り返し引用される。いや、テーマソングや劇伴として出てくるのならば、何も文句を言うことはないのだが、この旋律にこの歌詞が付けられたら、これはやはりおかしい。

遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん

遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ

これは後白河法皇が編んだと言われる『梁塵秘抄』の一節である。僕は『梁塵秘抄』というと、上記の歌よりもむしろ、

仏は常にいませども 現ならぬぞあわれなる

人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ

の方が思い浮かぶのだけど、まあそれはともかく、『梁塵秘抄』に収録された歌は、仏法に関する内容であってもなくても、当時「今様」と呼ばれた歌謡をまとめたものである。今様の一例を以下に示す:

「遊びをせんとや……」の歌は、遊女が己の身の哀しさを歌った、という解釈もあるらしい……『平清盛』ではそれを匂わせているようだった……けれど、『梁塵秘抄』全体を通じて、人のもっとプリミティブな感情、たとえば崇敬とか憧憬とかいうものが反映された色彩が濃いので、この歌は見た通りのがんぜなさを歌ったものだろうと思う。

さて、このような日本の歌謡というものが、明治以降に、西洋の音楽体系の中で扱われるようになったときに、その特徴をよく「ヨナ抜き」「ファシ抜き」と言い表した。一番基本的な音階が "C・D・E・G・A" だからだが、これ以外にも数種類の旋法(音階)が存在する。これらに共通するのは "B"、つまり、ドレミファソラシドの「シ」が出てこないことである。

さて、では『平清盛』での問題の旋律はどうか。もしこの旋律を階名唱するならば、

レミミレ ソミレド シドレミシ
となるはずで、「シ」が出てくる。しかし、こんな音階は、平清盛の時代……どころではなく、近代まで日本には存在しないものだったのだ。諸説あるけれど、旋律で「シ」を使うようになったのは、滝廉太郎が明治末に『荒城の月』を書いてからだ、といわれている。

ではなぜ、この旋律に「シ」が出てくるのか。それは、この旋律中「シ」の出てくる部分の背後にある和音が VIm9(低い方から ラ・ド・ミ・ソ・シ)であるから……だろうけれど、この和音がポピュラーなものとして聞かれるようになったのは、おそらく戦後のことだろう。僕などは、マイナーナインス、と聞くと、70年代の NY シーンとかを連想してしまうけれど、日本人がこのようなモダンな和音を耳にするようになったのは、おそらくは「三人の会」以降、とか、そういうタイミングではないかと思う。

このような旋律・和音に『梁塵秘抄』が乗せられ、しかもそれが時代劇中で引用される……というのは、非常に強い違和感を感ぜざるを得ない。不見識な人があの映像をコキおろすのとは違う話である。せめて『梁塵秘抄』を使うのならば、たとえば桃山晴衣とか、他にもいくらでもやりようがありそうなものなのだけど…… NHK さん、これは何とかしていただけないでしょうかねえ。かつて芥川也寸志とか團伊玖磨とかが活動していた頃、NHK ではこんなポカをすることはまずなかったはずなのだけどなあ……

2012/01/30(Mon) 13:42:57 | 日記
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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