気は焦るが、バスは進まず
僕は、怒りに震えながら、これを書いている。まったく、帰宅した今になっても、この怒りは収まらない。
最初は僕のミスから始まったのだ。今日、某所でのイベントの開始時刻を間違えていて、心配した先方が電話をしてきて、そのことに初めて気付いた。一大事である。とりあえず急行することを告げて外に出たのだった。
しかし、ここから某所までは結構な距離である。バスだとひとつ乗り継いで行くことになるが、乗り換えさえうまくいけば、これはこれで意外に速い。一番速いのは何と言ってもタクシーだろうけど、これは結構なお金がかかる。少し考えて、僕はバスを選択して、近くのバス停に来たバスに乗り込んだのだった。
このバスは後払いのバスで、降車時に、現金か IC カードで支払うことになっている。当然僕は IC カードを常時携行しているわけで、他の人達も、同じように IC カードか、老人や障害者ならば無料パス、そして百円玉2枚で払っていく人もある。カードのチャージのタイミングにあたったとしても、降車にそう時間がかかるシステムではない。
ところが、僕が乗り込んだ次のバス停に着いたときのこと。一人の乳飲み子を抱えた女性が、料金箱の前までやってきて、あれれ、カードが……と、所持品をまさぐり始めたのである。おいおい、急いでいるのに勘弁してくれないかなあ……と、待っていても一向にその女性のカードは見つからない。時間はどんどん過ぎていく。
やがて、目前の信号が赤に変わってしまう。女性は、あれやこれや、持っていたものを床に広げて、ここでもない、あそこでもない……と捜し続けているが、一向に見つかる気配がない。
捜している女性が「ごめんねー」「ごめんねー」と呟いているので、誰に謝っているのかと思ったら、自分の子供に謝っている。いや、謝る相手が違うんじゃないのかね……
運転士とバス会社の名誉のために書き添えておくけれど、運転士はこの女性に何度も「後で見つかったらご連絡差し上げますので」と、降りるように促していた。しかし、この女性はそれを聞き入れようともせず、IC カードを捜し続けていたのだ。もう、ここで自分が払ってでもいいから、この女性を降ろしてしまいたい、そう思ったとき、ようやく女性本人が、
「あのー、現金で」
と言い出した。やれやれ、やっと解放されるのか、と思ったのだが、いやいや僕は甘かったのだ。女性は辺りに広げた荷物をひとつひとつ手に取って、財布はどこだったかしらん……と、再び捜索を開始したのだ。もう勘弁してくれ!
何分かの後、財布は見つけたらしく、女性は荷物をまとめて(それにも時間がかかったことは言うまでもない)降りていった。ため息をつきながら前に向き直ろうとした、そのときである。
「すいませーん、すいませーん、運転手さーん」
先の女性がバスの前面に、立ち塞がらんばかりに居るのだった。何なんだ。まだ何かあるのか?
運転士がドアを開けると、
「あのー、私、IC カードを家の鍵と一緒にしていたもんで、このまま帰っても家に入れないんですよー。だから、乗って、中で捜させてもらってもいいですかぁ?」
……頼む。もう勘弁してくれよ。
女性はしれーっと乗ってきて、後部座席に戻ってごそごそと辺りを捜し始めた。バス停4つ程が過ぎたところで、
「あー、あったー」
で、次の停留所で降りたのだが、そのときも、この降車時に料金を払うべきかどうか、ということでまたごちゃごちゃとやりそうになった。運転士はさすがに「もう結構ですから」と料金回収を放棄し、女性を降ろしたのだった。
その次の次で、僕は別のバスに乗り換えなければならなかった。次の路線のバス停に向かおうとしたとき、目前の信号を発進していく、その路線のバスの車両が見えた。次のバスは……15分後。はぁ? 最悪だ。