惑わぬには程遠い
夜、ふと自分の好きなミュージシャンに関して、英語版の Wikipedia などを読んでみることがあるのだが、思わぬことが書かれていて衝撃を受けたり、知っていることでも改めて読んでやはり衝撃を受けたりすることがあったりする。
たとえば、Marvin Gaye とのデュエットで有名な Tammi Terrell という人がいる。二人の最初のアルバムである United は、背景を何も知らないときに中古盤を買って、一曲目の "Ain't No Mountain High Enough" のベースラインに完全にやられてしまったのだけど、Tammi Terrell が脳腫瘍で亡くなった、ということだけは知っていた。しかし、英語で情報を漁ってみると、その晩年の過酷さに、息の止まる思いがしたものだ。
彼女は、1967年、バージニア州のハンプデン・シドニー・カレッジにおけるステージ上で突然倒れた。Marvin がとっさに抱きとめたのだそうだが、そのときの診断で悪性腫瘍が右脳にあることが判明する。彼女は幼少時から頭痛持ちで(この辺りは、連合赤軍の永田洋子と重なる話である)、どうもそれもこの腫瘍と関係があったようなのだけど、このときから、1970年に亡くなるまで、なんと合計9回もの手術を受けているのだそうな。まだ CT も MRI も、鍵穴手術なんてのも間違いなく存在しなかった時代である。これが彼女にどれだけのダメージを与えたかは想像に難くない。
もっと後の時代のミュージシャンでも、衝撃を受ける話というのはいくつもある。たとえば、僕の大好きな Donny Hathaway だけど、彼は今で言う妄想型統合失調症を患っていたという。統合失調症自体は、罹患率をみると人口比で 1 % 弱というから、実は結構ありふれた病だといえるようなのだけど、彼の死の直前、Roberta Flack とのデュエットアルバムのレコーディングを行っていた時期、彼は「白い連中」に関する話をしていたのだ、という、何でも、「白い連中」は、彼を殺し、その脳を機械に接続して彼の楽曲とサウンドを盗もうとしている、と彼は話していたらしい。彼の言動から、セッションをこれ以上続けられない、と判断したスタッフがその日のセッションを中止して程なく、彼はエセックス・ハウス・ホテルの15階の窓から飛び降りてしまったのだ。
どういう訳か、そういう document に僕が行き着くのは決まって真夜中だ。どうも精神衛生上好ましくないと思うのだけど、25歳の誕生日を目前にして亡くなった Tammi と、33歳で亡くなった Donny より、僕はもう10年も20年も長く生きている癖に、この世に残していけそうなものはあまりに少ない。それが尚更に僕に衝撃を与えるのだ。不惑を過ぎていても、惑わぬには本当に程遠い。