トヨタのリコールが何故問題なのか
この問題に関しては面倒なので書かないでいようと思ったのだが、トヨタ擁護の論者をあちこちで散見するので、ここにはっきりコメントを掲載しておくことにする。
まず、工学的視点から。今回のプリウスのブレーキの問題は、ABS に絡んだ問題だ、という報道がなされているが、その内実を詳細に書いたものがあまりないようだ。そもそも ABS というのが何か、という話から始めなければならないのだが、アンチロック・ブレーキ・システム、つまり、ブレーキのロックを抑制する装置、ということである。どのように抑制するか、というと……クルマに乗られている方は、ポンピングというのをご存知だと思う。ブレーキをかけるときに、ロックしたら踏力を抜き、グリップが回復したらまたブレーキペダルを踏む、というのを、ポンポンと繰り返すのがポンピングなのだけど、これを自動的に行うシステムが ABS である。一般的な油圧ブレーキの場合、油圧を弁の開閉でかけたり抜いたりすることでこのような制御を実現できるのだけど、実際の ABS はこのポンピングの周期が非常に短かい。アスファルトのブレーキ痕を見ると、タイヤ痕が切れ切れになっていることがあるけれど、これが ABS の動作していた証拠のようなもので、クルマのスピードから考えても、その周期の短かさがよく分かる。
ところが、ハイブリッド車のブレーキは、この油圧ブレーキだけではない。ハイブリッド車の場合、回生発電という機構で車の運動エネルギーを回収するからだ。この回生発電というのは、減速時にモーターを発電機として動作させることによって、クルマのブレーキとエネルギー回収の双方の役目を担わせるというもので、今回問題になっている新型プリウスの場合は、実際のブレーキングの大部分はこの回生発電によって行われている、という。
つまり、ハイブリッド車の ABS というのは、油圧ブレーキと回生発電というふたつの異なる機関の組合せで行っているブレーキングにおいて、高速でポンピングを行う必要がある。その際、ポンピングしながら、回生発電と油圧ブレーキ制動の切り替えも行わなければならない。今回のブレーキの問題というのは、この制動機構の切り替えと ABS の作動のかねあいで起こるものと言われている。
ここであまり話に出ないのは、回生発電ではポンピングしているのかどうか、という話だ。回生発電制動でポンピングすることは原理的には可能で、これは負荷比率をロックする境界線の各々に設定し、二つの負荷設定を高速スイッチングで切り替えればいい。しかし、実際にはこのようなスイッチングは決して簡単ではない。低摩擦路での制動試験における映像を見る限りでは、新型プリウスでは、回生発電をタイヤロックを来さない負荷領域で行い、制動負荷が大きくなる止まりかけの領域で、回生発電から油圧制動への切り替えをして、その後にポンピングを行うような制動を行っているようだ。
このような制動を行っていれば、ふたつの制動機構の切り替わるときに人間が違和感を感じることは容易に想像できる。なぜならば、回生発電はフットブレーキに影響を及ぼさないが、油圧ブレーキのポンピングは、ペダルの踏力の反力となっている油圧を高速で上げ下げするわけだから、ペダルの踏力がガクガク変化するようなフィードバックをもたらす。このふたつの状態が何の予告もないままに切り替わると、ブレーキペダルの踏力で制動力の情報を得ている人間は当然混乱するのである。
だから、工学屋としては、今回のプリウスの問題は、
- ふたつの異なる制動機構の切り替え
- それに伴う運転者へのフィードバックの変化
そして、企業としてのトヨタのありように関して。そもそも、横山裕行常務役員のはじめのコメントがダメダメである。
私どもは、お客様の感覚と車両の挙動が少しずれていることによって、お客様が違和感を感じられるという問題だと認識していたこのコメントは、読みようによっては「客がずれているんだ」と取られても仕方がない(実際、この横山常務は本当にそう思っていたんでしょうな)。しかし、クルマを動かすのは人間なのだ。だから人間の感触がおかしいなら、そう感じさせるクルマの方がおかしいのだ。自社製品を顧客の反応の基準とする、など、思い上がりもはなはだしい、としか言いようがない。よくもまぁ、国交省に(しかも、その新型プリウスに乗って!)顔を出して、リコールの書面をメディアの前で渡せたものだ。恥知らずにも程がある。
現在、アメリカではカローラの電動パワステが時速60キロ代で運転者の意思と無関係に左右にふらつく、というとんでもないクレームが相次いでいる、という。先のブレーキペダルの件も合わせれば、トヨタはクルマの最も基本的な3要件、すなわち「走る・曲がる・止まる」の全てにおいて不具合を出している、ということになるわけだ。これはユーザーからオアシを頂いて、しかも命すらあずかっている会社が断じてすべからざることなのではないだろうか。逆に言うと、そんなことを平気でする会社ってどうなのよ?そういう話なのである。