「バンドの花形=ベース」に異論続出

アメーバブログのユーザーにブログネタを提供する『クチコミつながり』に「バンドで好きなパートは何?」という質問が出されたが、そのアンケート結果が、ネット界で話題を呼んでいる。

このアンケートには、ブロガーから計1万3257件の回答が寄せられ、結果はなんとベース(28.6%)が1位に。以下「2位 ボーカル(23.6%)」「3位 ドラム(21.5%)」「4位 ギター(18.4%)」だった。ベースに寄せられた声を見てみると、

「自分がやるなら断然ベース」
「だってかっこいいバンドはベースがかっこいいもん!」
「あの重低音めっちゃ大好き」
「『ベース』の良し悪しが好き嫌いの分かれ目になることが多い」

などの意見が。

しかし、どちらかといえば「縁の下の力持ち」的な存在のベースが一番人気という結果に、意外性を覚えるネットユーザーも多かったようで、議論の的に。2ちゃんねるの「芸スポ板」にこの件に関するスレッドが立てられると、

「ベースなんてギターが弾けないヘタクソが仕方なくやるもの」
「ジャンケンに負けた奴が担当するもの ベース キャッチャー ゴールキーパー」
「人気があっちゃいかんパートなんだが」

と、アンケート結果を疑う声や

「地味なところに目を付ける俺カコイイ」
「目立たず堅実にって感じか」
「ベースって草食系のにおいがするな」

と、冷静に分析する意見、さらに

「けいおん信者の組織票だろ」
「澪ちゃん(編集註:『けいおん!』のキャラ。ベース担当)効果だな」

と『けいおん!』の影響も指摘され、この「1位ベース事件」は700件以上の書き込みを呼び込んだ。

なお、この調査で一番不人気だったパートはキーボード(3.8%)。「キーボード」を選んだ人は、ほかのパートとは異なり「自分が弾けるから」という理由が圧倒的に多かった。

(『「バンドの花形=ベース」に異論続出』, web R25 より引用)

……ううむ。時代も変わったということなのだろうか。

僕はベースを弾く前にギター(よくあるパターンで、親父のガットギターが最初に触ったギターだった)を弾いていて、今も弾いているのだけど、ベースを弾き始めたのは、高校時代に ALFEE(ん?もう THE が付いてたかなあ)のファンの同級生がいて、彼が持っていたベース(プレベの PU をフロントとリアに積むという何ともヤクザなベースだった)を貸してもらったのがきっかけだった。この同級生と、もう一人、当時テクノとニューロマンティックにどっぷり浸っていた同級生(しかし、はっぴいえんどやミカバンドを僕に聴かせてくれたのは彼である)とバンドをやろうということになって、僕はマクドナルドでバイトしてジャズベを買ったのだった。

正直言って、ベースという楽器には、いいイメージも悪いイメージもない、という感じだった(これは今もあまり変わっていない)。あまり表に出ることはないわけだけれど、当時の僕は既に細野晴臣という人の存在を知っていたので、ベースという楽器にはインテリジェンスが要求されるんだ、というプライドのようなものを持っていた。当時の僕の教科書は、荒井由実・松任谷由実のアルバムと山下達郎のアルバムで、ティンパン時代から大仏時代までのユーミン、そして、細野晴臣→岡澤章→田中章弘→伊藤広規と至る山下セッション、と、スタジオミュージシャンのまさに黄金期の演奏をなぞりながら、なぜここではこの音なのだろうか、というのを考え、そして和声とか対位法とかをかじるようになっていった。

四人囃子を聴き始めたのは、丁度大学に入る前後だったと思う。この頃は四人囃子の音源を入手するのは容易でなかったけれど、主に森園氏が参加していた頃の曲を聴いていた。一枚目の録音直後、あの『空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ』が録音された時期以降、四人囃子のベースはずっと佐久間正英が弾いているわけだけど、なにせ僕の高校〜大学入学の頃というのはビートロック全盛期で、BOφWY なんかを死ぬ程コピーしている連中と顔を合わせることが多くて、そういうときには「四人囃子が好きで……」と最初に言っておくと面倒なことにならずに助かることが多かった。なにせ佐久間氏は BOφWY のプロデューサーだったから……しかし、ユーミンと達郎を聴きつつ四人囃子も聴き、ベースは指もスラップもピックも弾く、という感じで、まさに今思い返してみても得体の知れない奴だった。

で、この頃から7、8年程の間は、山下達郎のファンのセッションと、大学で組んだバンド、そして大学の関係のトラ、という音楽生活をおくっていた。その後はいくつかのセッションに参加して、最近は自分の曲ばかり弾いている、という状態なのだけど……そういう僕が、バンドの花形だった記憶というのは、残念ながらほぼゼロである。

ただ、山下達郎のファンのセッションでは、とにかく僕は重宝がられていたらしい。というのも、達郎の曲のベースが弾ける人というのがあの頃はあまり多くなくて、「この曲やるね、スタジオテイクのオリジナルキーで」と言われてその場で「せーの」で弾けるのは僕位しか居なかった、らしい。ここでひとつだけ確かに言えることは、いわゆるバンドの編成で演奏するときに、ベースなしでアンサンブルを構築するのはほぼ不可能である。特にスラップは、シンセベースなどでは代用できないものだから、そういう曲を演奏しようとすると、ベーシストがいないと、これはもうどうしようもない。まあ、僕が重宝がられていたのは、おそらくそういう事情からなのだろう。

しかし、僕はこのセッションに顔を出すのを止めてしまった。もともと僕はベースしかプレイしないわけではなかったし、ベースに専念していたのは、自分がベースを弾かないとアンサンブルが成立しない、という事情があったからだった。しかし、他の人々は、Thomas はあれだけベース弾いてるんだからもういいだろう、という感じで、僕が他のパートを演奏したい、そしてその曲を弾けるベーシストが他にいる、というときも、したくない遠慮をさせられるはめになったのだ。弾けないから我慢するのではなくて、弾けるのに我慢する、いや、弾けるから我慢する、という妙な話になってきて、僕は無用なストレスを散々蓄積させることになってしまったのだ。

当時、セッションの面々で一部の人達はこのジレンマに気付いていて、そういう人達は僕にそれとなく配慮してくれていたのだけど、カラオケ感覚で参加している多くのメンツは、自分が充足するために平気で人をカラオケの機械扱いする。そりゃないだろ、と僕が言うと、連中は、Thomas はベース弾いてるからいいじゃん、私はこの曲これしかできないんだから、と反駁する。結局僕は、そういう配慮なき反駁に疲れ果ててしまって、山下家セッションに参加するのをやめたわけだ。まあその頃には、僕以外にもベース弾きが何人か参加していたから、僕が居なくなっても彼らは然程困らず、そして何故僕が居なくなったかを考えもしなかったのだろうけど。

で……世間で、ベーシストのファンを自称する人々で、自分がベースを弾かない人、というのに何度か出会う機会があったけれど、本当の意味でのベースの重要性を理解していた人があの中に存在しているとは思えない。特に経験上、ベーシスト信者度が高いなあ、と思ったのは、とりわけ以下のベーシストのファンだった:須藤満、鳴瀬善博、青木智仁……まーだから、フュージョン系「だけ」を聴く人々と僕は相容れないのかもしれない。鳴瀬善博氏や、故人だが青木智仁氏のプレイが嫌いというわけではないのだが、彼らを「語る」人々、そして彼ら以外にベーシストが存在しないかのようなことを平気で言う人々のことが、僕は嫌いなのだ。

あと、ベースはギターの弾けない下手な奴がプレイするんだ、みたいなことを言う奴は、特に下手なギタリストに多いのだけど、こういう輩は自分がまともにベースを弾いたことがないからそういうことが言えるのだ。ベースがアンサンブルの中で縦の軸を合わせてプレイできないと、そのアンサンブルの提示するリズムは呆気なく陳腐化する。音響の悪いホールで耳がおかしくなるような音量でプレイし続けるなら知らないけれど、まともな音量でプレイしているとき、そしてそれを録音しているとき、ベーシストのプレイに求められる正確さはギタリストのソロより遥かに高い。ギタリストでも、ファンクとかでカッティングとかミュートしてパーカッシブなプレイをする人なら、このことは骨身に沁みて分かっていただけるだろう……実際、ギターを弾くベーシストはあまり珍しくないけれど、ベースを弾くギタリストというのは(ゲストで演るとかは別として)まず皆無に近い。最近だと、スガシカオは自分でベースを弾くけれど、彼は自分の限界をちゃんと知っていて、ベーシストの弾くプレイが求められるときはちゃんとベーシストを呼ぶ。

あと、バンドをやっている人が、オリジナル曲を作って演奏しよう、という話になったときに、ベーシストがいかに重要なのかがはっきりするのだ。フレージングをどうするか。和声が分かっていないとどの高さの音を出すべきかも分からない。他の楽器の演奏を理解できないと、たとえば対位的なアプローチもできない。そんなベースのフレーズを、誰が決めるのか?他のパートの人が曲を書いてきたとして、その人が書き譜でベーシストに指示してくれることはまずない。あるとしたら、曲を書いてきた人がベースを弾いた経験があるとき位だろう。で、大抵の場合はベーシストがフレージングを決める。その場合はベーシストが自己判断することが必要で、その場合は必然的にベース以外の楽器のプレイを知らなければならない。それも、リズムとハーモニーという二つの側面から、フレーズを決定しなければならないのだ。だからベーシストで編曲を行う人は非常に多い。

こういう事実から言うならば、ベースはバンドの花形、というよりも、バンドの「裏番」とでも言うべきなのだと思う。前でキャンキャン言ってるのは誰でもできる。でも総体としてのありようを支えているのは、誰が何と言ってもベースなのだ。

2010/06/28(Mon) 15:18:14 | 作編曲・演奏・録音
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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