万死に値する
こんなことを書かなければならないことは苦痛だし、書かなければならないと思うこの現状にも多大なる苦痛を感ずるのだけど、これを書かないわけにはいかない。
僕が初めて京大の原子炉で実験することになったとき、僕は原子炉とはほぼ無縁の生活を送っていた。僕の専門は材料科学だから、たとえば原子炉を造るときの材料などに関しては守備範囲内だし、後に愛知に移ってからは結晶構造解析を行うようになったので、これも中性子散乱で関係ないわけではない。しかし、当時、まだ駆け出しの材料屋で、主に高温酸化の研究をしていた僕には、原子炉は無縁の存在だったのだ。そんなときに、僕が当時扱っていた超高純度材料の解析を行っていたK氏が忙しく、ちょっと手が足らない、という話になった。当時の僕の上司はもともと原子力工学を専攻していた人で、原子炉で実験することには何の躊躇もなかった。僕は上司に呼ばれて、放射化分析を行うことを承諾した。
しかし、それから何時間か経過して、上司が「参った」という顔をして僕の居室に現れた。
「ん、どうしました?」
「ああ、さっきの話だけどな、K君が承知してくれなくてな」
K氏の部屋に上司と二人で行くと、いつもは極めて温厚なK氏が怒っている。「あのな、K君」と言う上司に、K氏は決然としてこう言ったのだ。
「だから何度も言ってるじゃないですか。こういう仕事を、若い人にさせちゃいけないんですよ!」
僕はこの言葉を聞いて、ああ、Kさんと組むんだったら行っても大丈夫そうだ、と思った。そして改めてK氏に教えを乞うて、放射化分析を行ったのだった。
政府が何をどう発表していようが、あの福島第一原発の最前線で作業するということは、相応の被曝があることを覚悟しなければならない。晩発的な影響というものは分からない。そして、被曝に一番敏感なのは生殖機能である。未婚であったり、結婚していても年齢が若い人だったりした場合、残りの一生の間に負うリスクは、とてもじゃないけれど「ない」とか negligible だとか片付けられるものではない。
しかし現状はどうか。自衛隊員、消防隊員は、今脂の乗り切った実働部隊が送られている。この構成者の多くが、まだ20代か30代であることは、疑いようのないことである。そして東電はどうか。水素爆発のときに怪我人として収容された一人は、なんと23歳であったという。東電が若い人間をあそこに送っているのは、これまた疑いようのない事実である。放射線とか放射性物質とかに関してある程度の知識を持つ人間として断言するけれど、このような人材配置を行った人々は、万死に値する。
まだ警察や自衛隊は同情の余地がある。彼らは東電や政府関係者と協議の上で人員を配置しているはずだから。特に許し難いのは、そういう配置を要請したり、あるいは許可したりした東電や政府の関係者である。今あそこにいる何十人かの人達の未来に、全面的な責任を負う覚悟が彼らにあるのだろうか。「非常時だから」?それは戦場で若者を無駄死にさせた連中と同種の言い分である。
たとえば、放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを阻害するヨード剤は、40歳以上の人には投与しないことになっている。投与してもあまり意味がないからだが、この基準に則って言うならば、あの現場には、十分経験と見識を有し、そして自己判断で動く権限を有する、40歳以上の人間が行かなければならないのだ。特に東電社員は、運転の責任者として一番危険な場所に行く必要があるのだから、尚更のことである。東電の正社員で40歳以上だったら、世間の人々と比較して「そんなに?」と思う位の給料を貰っているわけだけど、それはこういうときにリスクを負うためなのである。それを20代や30代の、権限を有しない者を先に配置して、自分だけは安全なところにいよう、など、あまりに許し難い。何度でも書く。これは、万死に値する行為なのだ。
Re:万死に値する
当にこの国の病ですね。既得権益にすがる老害どもはいくつになってもその座を譲る事無く、いざ事が起これば日頃罵倒している若者にすべてをおっ被せる。