なぜオスプレイは危険だといわれるのか (11)

MAGTF(Marine Air-Ground Task Force、マグタフ、海兵空陸任務部隊)というのは、簡単に言ってしまえば、海兵隊が海外展開するときの部隊編成の考え方、ということになるだろうか。

米海兵隊は、先にも書いたように、有事の際に最初に軍事行動に入る「斬り込み隊」的な存在なのだが、このような第一段階としての軍事行動には、機動性と、必要十分な規模での展開、そして十分な持続力が求められる。過剰でなく、しかし有効な大きさ・強さの展開を行う上では、行動単位の枠組みをちゃんと決めておかなければならない。

通常、軍では「隊」「師団」などの規模でこのような枠組みをカテゴライズしているけれど、海兵隊の場合は陸海空全ての戦力を有し、これらを組み合わせて展開が行われる。だから、そういう組み合わせも合わせて、作戦対応規模の組立てというものを考えなければならなくなる。

MAGTF は、このような視点に立った部隊編成の考え方である。まず、海兵隊の部隊が:

  • 司令部要素
  • 陸上戦闘要素
  • 航空戦闘要素
  • 後方支援要素
という4要素から成る、と考える。そして、この4要素を持った部隊をどの規模で組むか、というのを:
  • MEF(Marine Expeditionary Force、海兵遠征軍)
  • MEB(Marine Expeditionary Brigade、海兵遠征旅団)
  • MEU(Marine Expeditionary Unit、海兵隊遠征隊、海兵隊遠征大隊とも)
  • SPMAGTF(Special Purpose Marine Air-Ground Task Force、特殊目的海兵遠征軍)
という4種の規模に分類する。

平成22年2月9日に開かれた、第7回防衛省政策会議の資料『在日米軍及び海兵隊の意義・役割について』から、これを分類した表を引用する。

MAGTF のカテゴリ
全般 陸上部隊 航空部隊 支援部隊
MEF
(海兵
遠征軍)
司令官:中将
規模:20000-90000
60日間の継戦能力
師団(18000)
 3個歩兵連隊
 1個砲兵連隊
 1個戦車大隊
 等
海兵航空団
 数個航空群
 航空機約300機
部隊戦務支援群
 軍警察
 補給
 整備
 等
MEB
(海兵
遠征
旅団)
司令官:准将
規模:3000-20000
30日間の継戦能力
歩兵連隊
 3個歩兵大隊
 等
海兵航空群
 数個飛行隊
 等
旅団戦務支援群
MEU
(海兵隊
遠征隊)
司令官:大佐
規模:1500-3000
15日間の継戦能力
歩兵大隊
 3個歩兵中隊
 1個砲兵小隊
 等
ヘリコプター飛行隊
 等
戦務支援群

上に行く程戦闘能力・規模が大きく、下に行く程危機対応の機動性が高くなる。なお、上表にない SPMAGTF は MEU より更に小規模・高機動の特殊作戦小部隊である、

海兵隊が MEF として据えているのは、

  • 第1海兵遠征軍(カリフォルニア州サンディエゴ、キャンプ・ペンドルトン)
  • 第2海兵遠征軍(ノースカロライナ州ジャクソンビル、キャンプ・レジューン)
  • 第3海兵遠征軍(沖縄県うるま市、キャンプ・コートニー)
の3つである。つまり、米海兵隊は:
  • 米西岸部(第1海兵遠征軍)
  • 米東岸部(第2海兵遠征軍)
  • 沖縄(第3海兵遠征軍)
で世界をカバーしているわけで、沖縄の担当範囲は太平洋の西側(つまり東・東南アジア、そしてオセアニア)から西アジアまで、ということになる。これだけ広範、かつ政治的に微妙なエリアを、実は沖縄の部隊が一手に担っているのである。

実は、沖縄駐留の海兵隊はちゃんと日本語の web ページを持っていて、それがこれ:

http://www.okinawa.usmc.mil/
なのだけど、ここから辿れる部隊の説明を見ると、

米海兵隊の海兵空陸機動部隊は様々な任務に対応して訓練、装備、そして海兵隊員や海軍兵を百名から数千人の規模で柔軟に編成することが可能です。

米海兵隊は迅速に、どこへでも、どのような任務にでも対応する能力を備えた遠征介入部隊で、独自の空陸部隊が緊密に統合された広範な戦闘能力を所有しています。 この独自の能力が米海兵隊と他の部隊との大きな違いでもあるのです。

と、ちゃんと書いてある。

先の表で注目すべきなのは、表中最も小規模・高機動である MEU の場合、航空部隊として第一に求められるのがヘリコプター飛行隊である、という点である。これは要するに、米海兵隊は、最も機動性が高い航空部隊としてヘリコプター飛行隊を据えている、ということである。

ここで出てくるヘリコプターというのは、直接戦闘を行うヘリコプター、というよりは、陸上部隊や支援部隊と緊密な連携をとって行動するヘリコプターを意識しているものと思われる。このことは、米海兵隊が保有している航空戦力を見ると一目瞭然である。

米海兵隊の主要装備航空機をみると、

  • F/A-18: 225機
  • AV-8B: 129機
  • AH-1W: 146機
  • CH-46: 170機
  • CH-53D: 34機
  • CH-53E: 146機
  • MV-22A/B: 67機
現在は CH-53D は退役しているが、CH-46、CH-53、そして MV-22 を合わせた数は、戦闘攻撃機(F/A-18 と AV-8B)、戦闘ヘリ(AH-1W)と比較して遥かに多い。沖縄米軍の場合でも、たとえば普天間飛行場に配備されている航空機でみると、
  • CH-46: 26機
  • CH-53E: 14機
  • AH-1W: 13機
  • UH-1N: 8機
  • C-12: 2機(人員輸送、連絡用。ビジネス用プロペラ機を軍事転用)
  • UC-35: 1機(人員輸送、連絡用。ビジネスジェットを軍事転用)
  • KC-130: 12機(空中給油機)
のように、やはり CH-46 と CH-53E の配備機数が他と比較して圧倒的に多い。

では、これらのヘリコプター……何度も繰り返すけれどこれらは兵員や物資の迅速な輸送手段として活用される……を含めた、沖縄における米海兵隊の戦力は、一体どれ位の範囲で展開される可能性があるのか。以下に、先にも引用した、平成22年2月9日の第7回防衛省政策会議の資料にある図を引用しておく(クリックすると拡大)。

okinawa-sphere

これは丁度、アフガンまでの距離範囲が入るように円を描いたものだけど、このように、半径 4000 km 程の同心円になる。しかも、これではオセアニアやハワイは入っていないのだ。この円の範囲内の任意の地点に対し、沖縄を拠点・起点として、「迅速に、どこへでも、どのような任務にでも対応する」「遠征介入」を行うこと。これこそが、米海兵隊における沖縄駐留部隊に求められているわけである。

数千 km もの行動範囲で動くためには、ヘリではノンストップだとしても数十時間を要する。実際には給油等で地上、もしくはヘリ空母上などに降りなければならないから、それこそ数日がかりということになる。しかし、もし MV-22 を用いれば、空中給油を最大で2、3回行えば、一日未満の時間で行動することが可能になるのである。これこそが、まさに、米海兵隊が、あれ程問題を指摘されながらも MV-22 の配備を進めている最大の理由なのである。

米海兵隊は、このような迅速展開を可能とする航空機を切望していたに違いない。現時点では、これを実現する(それは迅速であることと同時に、展開先の滑走路の有無を問わない、ということが暗黙の前提としてあることは言うまでもない)選択肢として、他の航空機は考えられないのである。そして、このような航空機を切望するあまり、米海兵隊は JVX プロジェクトに総計数兆円とも言われる額を投じてきた。そこまで投資しても必要である、ということは、今や、そこまで投資して取り返さないわけにはいかない、ということにすり替わっているのだ。このことが、V-22 導入への「焦り」とも言えるような米海兵隊の行動の背景にあることは、否定し難い事実である。

何度も書くけれど、米海兵隊は、ヘリに匹敵する、あるいはヘリを凌駕するような(ホバリングモードでの)性能を V-22 には求めていない。速度と航続距離、それに積載量が満たされ、それに加えて垂直離着陸、あるいはヘリ空母の甲板でできる程度の短距離離着陸ができれば、それ以上の性能など必要としていない。議会などで問題とされる class A 事故の発生率も、彼等にとって幸いなことに、従来型の輸送ヘリと比べて際立って高いというわけでもない(実は class B や class C の事故発生率はかなり高いのだけど)。その範囲内で事故が発生したとしても、それは軍事行動におけるリスクとして受容し得る範囲内である……と、こういう見方をしていると解釈すべきであろう。彼等は民間業務をやっているのではない。戦争をしているのだ。そこでは多少のリスクは許容され得るし、そういうコモンセンスがある範囲内では、ひとつひとつの事故の無惨さも、統計における数字を過度に乱しさえしなければ無視され得ることなのである。

もちろん、だからといって、岩国や普天間で何も考慮されることもなく運用されていい、と言うつもりは毛頭ない。アメリカ側の認識はこうなんですよ、ということを書いているだけのことである。そもそも、皆さんは普天間飛行場の写真をご覧になったことがあるだろうか。先の防衛省政策会議の資料に丁度あるので引用しておく(クリックすると拡大)。

futenma-view

このように、今や普天間は住宅街に囲まれている。普天間から発進する航空機が、民家の上を避けることは不可能なのである。この状況で、V-22 をここで運用するというのがどういうことなのか……そのリスクに関しては、今迄長々と書いてきたことだけど、皆さんはどのように思われるだろうか。

……長々と、本当に長々と書いてきたけれど、「なぜオスプレイは危険だといわれるのか」、お分かりいただけただろうか。標記の件、そして、オスプレイの運用リスクに対して、アメリカ、特に米海兵隊がどのように考えているのかに関しても、少しは窺い知ることができたのではないか、と思う。

最後に僕自身の私見を書いておくと、オスプレイは確かに米海兵隊には必要で、もはや CH-46 に戻ることも、 CH-53E に転換することも不可能なのだろう、と思う。しかし、せめて、この国でそれを運用するのならば、民家の上では勘弁してもらえないだろうか、特にホバリングモードでの飛行は勘弁してもらえないだろうか、と思うわけだ。普天間で運用する上で、オスプレイは民家の上を飛ぶことを回避できない。全国に設定された訓練ルート上でも、民家の上は避け難い。もし「いやオスプレイは安全だ」と仰るなら、アメリカ大統領や日本国の首相が率先して V-22 を移動に使われればいい。少なくとも、今の総理大臣がそれで死んだとしても、それは普天間周辺の住民に犠牲者が出ることよりも遥かに低い損失だと思うしね ;-p

というわけで、「なぜオスプレイは危険だといわれるのか」はここまで。

2012/07/27(Fri) 10:33:45 | 社会・政治

Re:なぜオスプレイは危険だといわれるのか (11)

> なるほど、空母に積まない訳がわかりました。

空母に積まない、というわけではないと思います。海兵隊は強襲揚陸艦(いわゆるヘリ空母)でもこの機を運用していますから。あと海軍も配備を受けているはずなのですが、それらが一般の空母に積まれるかどうかについては、現状では不明です。

> 不謹慎かもしれませんが、我が家の上を飛ぶ姿は見れないですね。ちょっと残念です。

ベランダから空を見て、家族に「ほら飛んでるよ」などと安心して話せるような安全性があればいいんでしょうけどねえ。
Thomas(2012/08/02(Thu) 17:17:59)

Re:なぜオスプレイは危険だといわれるのか (11)

こんにちわ、初めまして。

オスプレイ及びティルトローター機についての、知らなかった部分を補うものとして、わかりやすい文章で大変参考になりました。

ありがとうございます。

なるほど、空母に積まない訳がわかりました。
不謹慎かもしれませんが、我が家の上を飛ぶ姿は見れないですね。ちょっと残念です。


アンドロビッチ(2012/08/02(Thu) 05:30:08)
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Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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