配布目的で、フリーフォントだけで埋め込みを行いたい、という場合があるかもしれません。また、論文や学会の proceedings の原稿を提出する際に、フォントの埋め込みを求められるケースがあるかもしれません(英語の場合だと、たとえば IEEE などは 煩いらしいですね)。ここではそのようなケースに関して触れておきます。
まず、欧米文字に関してですが、これは基本的には TeX Live の default がフォント埋め込みになっているので、たとえば IEEE の場合だったら、URW ベースのフォントセットを指定してやればいいでしょう。詳細は『美文書作成入門』第12章「欧文フォント」を御参照いただきたいのですが、一番簡単かつ確実なのは New TX font package を使用することでしょう。
厄介なのは日本語の文字の方です。TeX Live の豊富なフォントライブラリをあてにすることができないからですが、もし、そのファイルを受け取った全ての人が、日本語の表示に支障のない環境下で Adobe Reader で閲覧・印刷が可能であろうと思われるなら、フォントを埋め込まないのが一番安全でしょう。
しかし、日本語未対応の PDF ユーティリティのユーザが多い場合や、日本語環境が十分整備されていない状況下でそのファイルを閲覧・印刷するであろう人がいる場合には、ちゃんと埋め込むべきフォントを埋め込まなければなりません。
ここでは、OTF パッケージを活用して日本語フォントの埋め込みを行うケースを考えていきます。OTF パッケージが想定している日本語フォントは:
基本となるフォント、すなわち明朝とゴシックですが、完全にフリーなものを求める場合は IPA フォントが第一選択ということになるでしょうか。IPA フォントの詳細は関しては「IPA フォントに関して」にまとめてあります。
IPA フォント以外にも、派生したフォントで使えるものがいくつかあります。後述する migu フォント / migmix フォントや Mobo / Moga フォントなどのように、部分的に IPA フォントや M+ フォントを用いたものがほとんどです。
世間で出回っているフリーフォントを物色すると、明朝と比較して圧倒的にゴシックの方が多いようです。ですから、それらの中から太ゴシック、もしくは丸ゴシックに相当するものを探すということになります。
IPA フォントには、残念ながらウェイトのバリエーションがありません。dvipdfmx のフォントマップでは、"Bold" のオプションを付加することで、機械的に太くしたフォントを生成してくれますが、この機械的に生成された字体は埋め込まれない仕様になっています。
TeX Live に収録されているフォントマップのうち、IPA フォントベースのフォントマップでは、これらのフォントは全て IPA フォントのゴシック体にアサインされています。ですから、そのままでは全て通常のゴシック体として出力されることになります。
これらの補完ができないか、ということで、フリーで公開されているフォントを探してみると、太ゴシックとして 「MigMix2P ボールド」が使えそうです。MixMix フォントは M+ と IPA の合成フォントで、グリフ数の多いフリーフォントとしては珍しく、複数のウェイトを提供しているので、これは使えそうです。丸ゴシックとしても「MigMix1M レギュラー」を使用することにします。
現状で実用に供することのできる太明朝のフォントというと、まずは "Y.Oz Vox" というサイトで公開されている MogaMincho フォントです(公開先リンク)。これらのフォントは M+ フォントと IPA フォントを合成したもので、ちゃんとボールド書体が含まれており、JIS 第四水準までカバーしています。
Kindle や Kobo などの電子書籍リーダ上での太明朝フォントのニーズが高まっているため、Fontforge 等を用いて IPA フォントを改変することで作られた太明朝フォントを目にすることも多くなってきました。ここでは KB明朝M を挙げておきます。Fontforge で太くしたフォントはあくまで代替品なのですが、太明朝が存在するだけでも恩恵は大きいので、機会がありましたら是非一度お試し下さい。
Bitstream Cyberbit フォントに関して簡単に説明しておきます。このフォントはその名の通り Bitstream Inc.(BITS) によって制作されたフォントですが、Unicode で用いることを考慮した国際化がされており、日本語文字も収録されています(日本語文字に関しては IPA から供与を受けているようです)。ライセンスに関しては、非商用目的に供する限りはフリーで、特筆すべきなのは、埋め込みに関してライセンス上で明示的にその使用を認めていることです。単独で用いるのには非常に線が細い明朝体ですが、ml or minl(明朝ライト、モリサワフォントの「リュウミンライト」に相当)として使用するのには適しているでしょう。縦書き用の句読点・記号が収録されていないのですが、選択肢のひとつとして知っておく意味はあるかもしれません。
Bitstream Cyberbit フォントは、以下の URL から入手できます:
http://ftp.netscape.com/pub/communicator/extras/fonts/windows/また、このフォントから派生した TITUS Cyberbit Basic font というフォントが存在しますが、この漢字が割愛されているので日本語フォントとしては使用できません。
ゴシックエキストラボールドとして使用できそうなフォントは、現在に至るまで探索継続中の状況なのですが、現時点では使えるフォントが見当たりません。FontForge を利用して、MigMix などのゴシック・ボールドのフォントを太らせることで代替品を自作することはできます。僕の場合は、太ゴシックとして使用している MigMix 2P ボールド を太らせたものを FontForge で作成し、これに MigMix 2P Ex ボールドと名前を付けて使用しています。
僕の場合は、Linux 上でこれらのフォントの埋め込みを行っています。まず、Linux 上でフォントが使えるように、/usr/share/fonts/truetype 以下に適宜ディレクトリを作成して、そこに TrueType フォントを収容しています。
TeX Live でこれらの TrueType フォントを使用される場合には、先の小塚フォントのセットアップの場合と同様に、
/usr/local/texlive/texmf-local/fonts/opentype/public/にシンボリックリンクを張って、ls-R データベースを更新しておきます。
フォントマップは、たとえばこんな風に(allfree.map)作成すればいいでしょう。注意することは、
もし可能であるならば、この新しいフォントマップの名前の頭に "otf-" の文字列を付与しておくといいかもしれません。こうしておくと、先の updmap-setup-kanji スクリプトを用いて、これらを TeX Live の標準日本語フォントとして利用することができます。
実際に上で定義した5つのフォントを表示してみましょう。
のように文書を作成します。これをたとえば foo.tex という名前で保存したら、\documentclass{jsarticle} \usepackage[expert, deluxe]{otf} \begin{document} \noindent {\usekanji{JY1}{hmc}{m}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:明朝} \noindent {\usekanji{JY1}{hmc}{bx}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:太明朝} \noindent {\usekanji{JY1}{hgt}{m}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:ゴシック} \noindent {\usekanji{JY1}{hgt}{bx}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:太ゴシック} \noindent {\usekanji{JY1}{mg}{m}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:丸ゴシック} \end{document}
のように処理すると、以下のような出力が得られます:$ platex foo.tex $ dvipdfmx -f allfree.map foo.dvi
比較用に、ヒラギノフォントで同様の埋め込みを行った結果も以下に示します。
尚、これらの出力結果は、作成した PDF を 画面表示し、その画面のスクリーンショットから切り出したものです。直接出力ではありませんので念のため。
また、明朝ライトとゴシックエキストラボールドを加えた7書体に対応したフォントマップを以下に公開しておきます:allfree2.map。
それでは、このマップを使用して7書体を表示するテストを行ってみましょう。
というファイルを platex で処理した後に、dvipdfmx で allfree2.map を明示的に指定して PDF を作成すると、以下のようになります。\documentclass{jsarticle} \usepackage[expert, deluxe]{otf} \begin{document} \noindent {\usekanji{JY1}{hmc}{l}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:細明朝} \noindent {\usekanji{JY1}{hmc}{m}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:明朝} \noindent {\usekanji{JY1}{hmc}{bx}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:太明朝} \noindent {\usekanji{JY1}{hgt}{m}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:ゴシック} \noindent {\usekanji{JY1}{hgt}{bx}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:太ゴシック} \noindent {\usekanji{JY1}{hgt}{eb}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:極太ゴシック} \noindent {\usekanji{JY1}{mg}{m}{n} \Huge 漢字仮名交じり文の例:丸ゴシック} \end{document}