U は、毎月一回行われる日曜の夕方の日本語ミサで使う聖歌の譜面にローマ字をふるボランティアをしている。これがひどい話で、その日本語ミサのときに、来ている日本人が誰も歌を歌わず、それを見るに見かねたフィリピン人の信徒達が、
「私達が歌うよ」
「でも日本語読めないから、ローマ字を譜面の下に書いてくれるとうれしいんだけど」
という話になったのだという。そもそも、カトリックのミサにおいては、歌というものは欠かせないもので、あれだけガン首揃えていて日本人が皆歌わない、というのは実にふざけた話だとしか言いようがないと思うのだけど、そう言って腹を立てている僕を前に U は、
「そんなこと言ったって、歌わないものはしようがないでしょう。私は、歌ってくれるって言う人のためにできることをするから」
と言い、月に一度(他の週の日曜の夕方は、タガログ語や英語でミサが行われている)の日本語ミサが近付いてくると、典礼聖歌集をスキャンしてローマ字でルビをふる作業を黙々とやっている。U に付き合ってその日本語ミサに出るときは、僕はわざと大声で歌うようにしているのだけど(本当に、あれだけガン首揃えて何をやってるんだ、あいつらは)、グレゴリオ聖歌の例を挙げるまでもなく、カトリックの典礼において歌というものは重要な意味があるので、こういうことをちゃんとやろう、というのには、僕も少しは助力しなければならぬ。
で、U がその譜面を準備しているときに、ふと僕にこう聞いたのだった。
「あのさあ、これの主旋律って歌うとどうなるんだろう?」
その譜面の一部を以下に示す:
「あー……えーと、フラットが二つだから、ドレドシラシラソー、だな」
と、これを聞いて U が混乱を示したのである。
「え?ド?なんで?」
「え。『なんで?』って、なんで?」
あーそーか。U は子供の頃エレクトーンを習ってたんだったな。ひょっとして……
「……ひょっとして、最初の音がシじゃないの、とか言いたいわけ?」
「そうそう」
「いや、そうじゃないんだよ。これはフラットが二つだから、えーと、長調で言うと変ロ長調だろう?」
「うん」
「だったら B♭がドだよ」
「え?ドはドなんじゃないの?」
あ゛〜、やっぱりそうか。
「あのさあ、音名と階名は違うんだよ。分からんか?」
「え?だって、そんなの習ってないもの」
いや、別に U が怠慢なわけではない。おそらく U は本当に習っていないのだ。
音楽に関する情報交換をする上で、ある音を示すときには、実は二つある情報のどちらを、あるいは両方を示さなければならないのかを知らなくてはならない。たとえば、先の譜面の一番最初の音は、鍵盤で言うと:
なわけだけど、「この音は何?」と聞かれたら、僕の場合は「B♭(ビーフラット)」と答えるだろう。これは英語圏の言い方で、クラシックの教育を受けた人だったら、ドイツ式で「B(ベー)」と言うだろうし、日本式で言うなら「変ロ」ということになるだろう。逆に、「その『B♭』っていうのは何?」と聞かれたら、「それは音名だ」と答えるだろう。そう、これが音名である。
しかし、
を示されて、この旋律はどんなの?と聞かれたときが問題になるのである。おそらくクラシックの教育、もしくはそれに類する鍵盤楽器の教育を受けた人だと、
「シとミがフラットかかって、シドシラソラソファ」
と答える人が、少なからず存在するだろう。これから説明を書くけれど、おそらくこれは、聴音などで音名を取らせるのに、難しいことを教えるのを避けて、音名と階名を混同して教育した結果なのである。
そもそも、さっきから僕は「音名」「階名」と書いているけれど、それって何なの?という話になると思うので、僕が理解している範疇で説明しておく。まず、「音名」というのは、これは音の名前である。調が何か、ということには依存しない。いついかなるときにも、
は「B♭(ビーフラット)」もしくは「B(ベー)」、「変ロ」である。平均律であれば、これは「A♯(エーシャープ)」もしくは「Ais(アイス)」、「嬰イ」に等しい。
これに対して、階名というのは、その旋律を支配する音階の中のどの位置にその音が存在しているのか、ということを示す。たとえば先の:
の場合、譜面の頭、B と E の場所にフラットがついていて、これはこの旋律の調が長音階で言うと変ロ長調(英語なら B flat major、ドイツ語なら B-dur)であることを示している。だからこの旋律の乗る音階の主音(ドの音)は変ロ = B♭である。つまり、
変ロ長調の階名と音名 階名 | ド | レ | ミ | ファ | ソ | ラ | シ |
音名 | B♭ | C | D | E♭ | F | G | A |
ということになる。「いやこれぁ短調だ」とか(頑なに)言う人があるいはおられるかもしれないけれど、変ロ長調がト短調(英語なら G minor、ドイツ語なら G-moll)になっても、階名には何の変わりもない。いずれにしても、上表の対応関係に、先の譜面の音符をあてはめると、その階名は「ドレドシラシラソ」となるわけだ。
ではなぜ U は「シとミがフラットかかって、シドシラソラソファ」と答えたのか。実は僕は U 以外にもこういう階名の読み方をする人に何人か会ったことがあるのだけど、おそらくは、幼少の折に聴音などの教育を受けたときに、指導者が、上に書いたような音名と階名の違いを子供に教える煩雑さを嫌って、「音名 = ハ長調・イ短調の階名」として教えてしまった結果だと思う。
もう少し正確に書くと、「音名 = ハ長調・イ短調の階名」という前提で、たとえば「シとミがフラットかかって、シドシラソラソファ」と歌うのを「音名唱(固定ド唱)」、その調の階名で、たとえば「ドレドシラシラソ」と歌うのを「階名唱(移動ド唱)」という。ある程度の歳になるまで音楽教育を受けた人は、当然こういった(楽典に書かれているような)ことは知識として知っていて、本当はその調性に合わせて階名唱を行うべきだ、というのを分かっているはずなのだけど、こういうのを「三つ子の魂百まで」と言うのだろうか。
先日、ピアニスト・女優の松下奈緒氏がテレビに出ているのをたまたま観る機会があって、そのときに、対談相手がグラスを叩いたり、救急車のサイレンを聞かせたりして音名を答えさせていたのだが、松下氏は、「これはソのシャープですね」「これはミですね」と答えていた。まあ普通の人にも分かるように、ということなのかもしれないけれど、あるいは松下氏も、音名をさっと言うときに、U のような言い方をするのかもしれない。勿論、僕がここに書いたようなことは知っている、その上での話なのだけど。