なぜオスプレイは危険だといわれるのか (10)
今回は、本論に入る前に、僕がこれを書く上での立場を明確にしておきたい。妙な批判や、逆に妙な引用などをされているのがネット上で散見されるためなのだが……
まず初めに断わっておくけれど、僕は V-22 導入に関しては、賛成/反対という単純な二元論的立場に立つものではない。ティルトローター機に関しては、シコルスキーが主導で提案されたX ウイングと共に、1980年代前半に新しい回転翼機として雑誌などで採り上げられるようになった頃から知っていて(勿論当時は XV-15 までしか存在していなかったわけだが)、いわゆる技術の seed として魅力あるものだ、という当時の印象は未だに変わっていない。しかし、これからふれることになるけれど、米海兵隊はややこの V-22 の導入に焦っている感が否めず、その点が非常に気にかかっている。そして、ティルトローターという概念が持つ本質的な不安定さを、フライバイワイヤ等の「力業」で押さえ込むようにして実用機をかたちにしているところには、工学屋のひとりとしては危うさを感じずにはおれない。
このような、工学屋(ただし、僕自身は物質科学とか材料工学とか言われる分野の専門家であって、航空工学の専門家ではないので念のため……航空工学関連の材料も扱ったことはあるので、まんざら無縁というわけではないのだが)としての思いからこれを書いている。ただそれだけである。イデオロギー的なバックグラウンド等も一切ない。そう言えば、岩国基地周辺での V-22 反対運動には、JR 総連などのいわゆる組合系の動員がかなりかかっているようだが、そういうことにもあまり良い感情は抱いていない。岩国はまだいいのだ。半分以上を海に面しているのだから。普天間に比べれば、そして、おそらくはホバリングモードでの飛行が行われる訓練空域の下に比べれば、岩国はまだ恵まれている。普天間の移転先が辺野古の海に面した V 字滑走路であったことは、V-22 運用のことを考えれば納得がいくものなのだ。宜野湾市のあの住宅街と化した基地周辺の上に比べれば、そりゃあ海の上の方がまだましというものである。
本論に戻る。前回は、V-22 が工学的に抱える問題に関して一通り見ていったわけだが、実際のところ、その安全性はどのように評価されているのか。そして、何故米軍は V-22 の導入にこれ程こだわっているのか。これらに関して見ていくことにする。
まず、統計で見る V-22 の安全性だが、まずアメリカの軍用機における事故の評価基準に関して説明しなければならない。アメリカでは、軍用機の事故を class A から class D までの4段階にカテゴライズしている。その基準は以下の通りである。
まず、class A は、
- 死亡事故である
- 事故発生以後永続的な飛行禁止措置となった
- 200万ドル以上の損害をもたらした
- 事故により航空機が完全に破壊された
- 事故発生以後永続的な飛行制限措置となった
- 50万ドル以上の損害をもたらした
- 3名以上が入院(診察や経過観察のための入院を除く)する事態となった
- 致命的でない負傷、もしくは疾病で、事故発生日を除いて1日以上の欠勤が必要となった
- 5万ドル以上の損害をもたらした
- class A から C に満たない傷病が記録記載された
- 2万ドル以上の損害をもたらした
さて、では米海兵隊におけるこのように classify された航空機事故が、果たしてどの程度起きているのか。米海兵隊が発表している、飛行時間10万時間あたりの class A に該当する事故の発生回数(これを事故発生率と称する)を機種別に並べてみると、
- MV-22: 1.93
- CH-46: 1.11
- CH-53E: 2.35
- CH-53D: 4.51
- AV-8B: 6.76
- 米海兵隊全体: 2.45
まず、AV-8B の事故発生率は、V-22 に対する比較材料として適さないと思われる。AV-8B は MV-22 より遥かに対空砲火に晒される対地攻撃が主な任務で、湾岸戦争における損耗率で比較すると、F-16 の7倍もの高値である。もともと AV-8B は widow maker(未亡人製造機)と呼ばれている航空機の中でも最も有名なもののひとつなのだ。また、AV-8B は単座機で射出座席も装備されているために、機体全損(上述のとおりこれは class A にカテゴライズされる)でもパイロットが生還できる可能性がある。乗員が脱出できない MV-22 と直接比較するべきものではないのだ。
では CH-53 の場合はどうか。CH-53D は1969年から配備が始まった機体なので、ベトナム戦争からアフガンまで参加している。そして今年の2月に既に海兵隊の CH-53D は退役している。ちなみに、今から8年前、宜野湾市の沖縄国際大学に墜落したのは、この CH-53D である。CH-53E は CH-53 に対してエンジン、ローター等を増強したモデルで、米軍最大の輸送ヘリである。1981年に配備開始され、湾岸戦争やアフガンに投入されているが、これも老朽化に伴い改修型の CH-53K に移行することが決定されている。
むしろ、今から50年前に配備が開始された CH-46 の事故発生率の低さに注目すべきである。ベトナム戦争を始めとした数々の戦場で使用されているにも関わらず、この事故発生率である。V-22 は配備開始からようやく20年、しかもベトナムを経験していない。それを考えると、この数字だけで V-22 が安全だ、と言い切るのは、やはりいささか問題があると言わざるを得まい。
そして、前回まとめた V-22 の事故を見返すと、ここ1、2年に発生した事故の原因が完全に究明されていないというところに、危うさを感じずにはいられない。要因がはっきりした事故率の高さと、unknown な事故が起きていて今迄の事故率が低いのと……どちらが安全か、と問われれば、どちらも危険です、と言わざるを得まい。
では、なぜ米軍、特に米海兵隊は、この V-22 の運用にこれ程までに積極的なのだろうか。
世間でよく言われているのは、V-22 は、速度、積載量、航続距離の全てにおいて CH-46 を大きく凌駕している、ということである。これを以下に比較してみると:
CH-46 | CH-53E | V-22 | |
---|---|---|---|
最大 / 巡航速度 / km/h | 267 / 241 | 315 / 278 | 509 / 446 |
航続距離 / km | 1020 | 1000 | 1627 |
積載重量 / kg | 3975 | 13600 | 9072 |
収容人数 / 人(乗員 + 積載人数) | 5 + 14 | 5 + 37 | 2 + 25 |
上の表からざっくりと読み取ると、CH-46 と比べて V-22 は:
- 速度:2倍
- 航続距離:1.6倍
- 積載量:2.3倍
世間ではどうも誤解されているようなのだが、ヘリコプターに空中給油を受ける能力がないというわけではない。CH-46 は空中給油のための改修が行われていないが、発展型の MH-47 や、先の比較に入れておいた CH-53E は、空中給油のためのプローブを持っている。米海兵隊の場合、これらのヘリコプターの速度に対応できる KC-130(C-130 の空中給油型)を運用しているので、CH-53E への空中給油にはこれを用いているものと思われる。
米海軍や米海兵隊、特に空母で運用される航空機に対しては、空母から離着艦できる機体で空中給油を行うことが多い。現在、このような任務には給油ポッドを装着した F/A-18E/F があてられることが多いのだが、F/A-18E/F のようなジェット戦闘機/攻撃機がヘリと同じ速度で飛ぶことは非常に困難である。このようなポッドを装着していない状態でも、極端な高迎え角を取ることなしには、おそらく 270〜280 km/以下での飛行は困難と思われる(参考)。つまり、KC-130、もしくはヘリによる空中給油以外では、ヘリは空中給油を受け難いということである。
何が言いたいのか、というと、空中給油というものの適用範囲が、それを受ける航空機のスピードや航続距離によって決定付けられる、ということである。やたら遅い航空機に、その速度に合わせられる空中給油機を使って頻繁に空中給油を行っても、機動性が増すわけではない。その意味では、水平飛行時の性能に本質的な限界のあるヘリコプターに空中給油を行っても、固定翼機と同等のメリットが生まれるわけではない。
つまり、V-22 の旨味は、ひとえにその「スピード」にある、と考えるのが妥当である。米海兵隊における V-22 の位置付けは、
- 従来の中・大型ヘリと同等の空輸力で、
- ヘリを大きく上回る速度で展開可能で、
- 空中給油への適応性が高く、容易に行動範囲を拡張でき、
- なおかつ離着陸の制約がない
つまり、V-22 に米軍が求めているものは、あくまで V/STOL としての運用が「できること」であって、それ以上ではない。垂直離着陸、あるいは短距離離着陸ができれば、それで十分だ、ということなのである。既存のヘリと同等の、ホバリング時の高機動性などというものは、初めから求められてなどいない。固定翼での水平飛行モードでの速度・航続距離が十分に満たされていて、その上で既存のヘリと同じ場所での離着陸が可能でありさえすれば、それ以上求めるところはない(そして多少不安定であっても関知しない)、ということなのだろう。
以上のことから、米軍、特に米海兵隊における V-22 の位置付けは、
「タンデムローターのヘリが従来担ってきた、中規模の兵員・物資輸送を、より迅速にかつ広範囲に行え、なおかつ従来ヘリが離着陸を行ってきた場所で離着陸可能な航空機」
ということなのだろう。CH-46 からの機種転換ということで、我々は少々誤解していたようだが、V-22 がローターを天に向けたときの機動性が従来のヘリより多少劣っていたとしても、それは、米海兵隊としては「必要要件を満たしている」と割り切られることなのである。
このように、V-22 の配備は、CH-46 の代替としてのものではなく、(同じ規模の任務をカバーしているものの)全く新しい位置付けのものだと見るべきものであるようだ。このような機体が求められる背景を知るためには、米海兵隊の MAGTF(海兵空陸任務部隊)と呼ばれる編成理念を理解しておくことが必要だろう。
Re:なぜオスプレイは危険だといわれるのか (10)
↓ですが、これは2003年10月1日から2012年4月11日までの集計です。この期間とベトナム戦争に関しては関係ありません。上の私の記述は、ベトナム期から使用されていて旧式化、老朽化した CH-46 であるにもかかわらず、というニュアンスで書いたつもりだったのですが。