『カッコウはコンピュータに卵を生む』再読開始
先日、social engineering の話を書いたときに自分で触れて、それでもう一度読み返したくなったので、amazon に『カッコウはコンピュータに卵を産む』を注文しておいた。下巻が数日前に来て、上巻が来るまで我慢していたのが今日ようやく到着して、最初の方をペラペラ読み返していたところなのだけど、これで、ひとつ思い出したことがある。
それはRTFMについて。僕が、これを Read The Fucking Manual の略だ、と書いたら、誰かが「それは fucking じゃなくて fine ですよ」としたり顔で言ったのに、「いやこれどこかで fucking って読んだんだよなあ」と曖昧な記憶を抱えてうだうだしていたのだけど、やっとはっきり書くことができる。『カッコウはコンピュータに卵を産む』上巻 pp.14 にはっきりこう書いてあるのだ。
昼近く、デイヴが分厚いマニュアルをかかえてふらりと私の部屋にやって来た。ハンターの名前を登録した覚えはない、とこともなげに言う。だとすれば、登録したのはもう一人のシステム・マネージャーであるはずだが、ウェインの返答はそっけなかった。「私ではない。RTFM」略号でメッセージをしめくくるのはウェイン一流の気どりである。この場合は Read the fucking manual で「よく目を開けてマニュアルを読め」の意味だ。
もちろん、僕は、クリフォード・ストールがそう書いているからというだけで fucking を推すのではない。native だったらそもそも fine なんてヌルい表現は使わない、というのがひとつ。そして、1980年代、情報科学/工学が最も勢いを持っていたアメリカ西海岸、それも LBL (Lawrence Berkeley National Laboratory……そう、舞台はバークレイなのだ) の admin だったクリフとウェインの会話でこれが出てきているということ。そして、クリフの会話の相手であるウェイン = Wayne Graves が、term の使用に関して特別に厳密な人だったということ、等からみても、これは traditional に fucking だ、と主張するわけだ。加えて言うと、もし僕が英語でこの言葉を使うなら、fine なんてヌルいニュアンスなんかこめやしないだろう……そういうヌルいことが言いたいときには、そういう表現をすればいいわけで、四文字略語の塊を投げつけるようにして言う必要なんかないのだから。
それにしても、1980年代後半が舞台のこのノンフィクション、考えてみれば、僕が UNIX とネットワークの恩恵を受け始めた頃によく似ている。当時の僕は、阪大の大型計算機センターのアクセスポイントに 9600 bps で接続して、そこから telnet でセンターの SPARC やスパコン、学科のサーバ、そして院生になってからは研究室に置いた自分の Linux マシンに接続していたのだった。当時はまだ Emacs 上で mh-e を使ってメールを管理していて、時々学科のサーバで /bin/mail を使ったりしていた。もちろん遊びで使っていたわけではないので、計算用のデータファイルやら結果を吐いたファイルやらを、自宅の PC98 とそれらのコンピュータの間でやりとりしていた。え、キャラクタ端末で使用しているのに、どうしてファイルのやりとりができるのか、って?当時使用していた VT220 エミュレータhtermや KEK-Kermit をローカルで使って、Linux や SPARC の上でC-Kermitを起動してやりとりしていたんです。結構安定して転送できるものでした……って、今や誰も知らないんだろうけど。しかし、コロンビア大学は凄いなあ。この C-Kermit のページ、ちゃんと今月に入って更新されてるし。