久々にアイラを
僕は普段は家に酒を置かない主義だ。というのも、仕事に就いて間もなくのことだけど、いつも置かない家に置こうと買ってきたラガヴーリンを3日で空にしてしまって、あーこれは家に置いてはいけないんだな、と思ったことがあるからだ。
とは言え、このところのこのバタバタした状況でも、僕はアイラモルトが飲みたくて飲みたくてたまらない。いよいよ我慢できなくなったので、吉田屋に向かった。
吉田屋というのは、名古屋市の日本酒・ウイスキー愛好者と飲食業者の方々なら皆(?)知ってる有名な店である。前は基幹バスの通り沿いにあって至極便利だったのだけど、そこから歩いて十分少しのところにあるオートバックスの対面に引っ越して、もう結構な時間が経った。今日は基幹バスの停留所から久々に通りを歩いて、この吉田屋に入ったのだった。
そもそも吉田屋は、個人客がメインの店ではない。ただ、非常に良心的な価格で、手に入れるのが面倒なものまで含めて、モルトウイスキーを種類・量共に豊富に置いている。モルト以外にもスピリッツ全般、リキュール、そしてシェリーも品揃えが豊富で、ちなみにトムジン(甘味をつけたジン)でよく知られている、黄色ラベルに黒猫の描かれている Arctica Distillers の Old Tom Gin(最近は Hayman だろう、とか何とかグダグダ言う奴がいそうだけどねえ)は、この吉田屋が輸入代理店である。
モルトの棚に向かうと……あー、これ、まだ安定供給されてるんだなあ。SIGNATORY VINTAGE ISLAY の 40 % のとカスクのとが安価に売られている。これの中身はラガヴーリンの5年もので、一説には、Signatory が蒸溜所の従業員向けに出している、なんて話があるのだけど、これは若い暴れんぼうのアイラを飲みたい人にはお薦めなんだろう。ただ、落ち着いて飲む酒なのか、というと、まあそういう感じではないかもしれない。ということで、ボウモア12年(もうサントリーが蒸溜施設を元に戻してからの時期のもの中心でヴァットされているだろうから、味は一時の化粧品香が抜けてアイラらしくなっているんじゃないだろうか)とラフロイグ10年(43°, 750 ml)でちょっと悩んで、結局ラフロイグを購入した。
ラフロイグは僕にとって思い出の酒である。北新地の某バーに初めて行ったとき、ラフロイグのソーダ割りを頼んだら、
「お客さん、アイラがお好きなんですか?」
と話しかけられたのだった。そのちょっと前に、スコットランド人と一緒に仕事をしていたことがあって、彼にアイラのことを色々聞いてから、ラガヴーリンやラフロイグを飲んでいるんですよ、と話したら、あーそれでしたらちょっと……と、カウンターの下で何やらごそごそやって、スキットルをちょっと大きくしたような瓶を取り出してきたのだった。
「このラフロイグ、ご存知ですか?」
こういうとき、知らないものは素直に知らないと腹を割った方が幸せになれるものだ。素直に知らない、と僕が言うと、いや、これはですね、30年位前にボトリングされた30年もののラフロイグなんです、と言うのだ。
「え?ウイスキーって、たしか樽の熟成年数で、しかもヴァットした中で一番若い酒の年数を名乗るんですよね」
「ええ、ですからこれは、最低でも60年以上前のものです、この当時はフロアモルティングのシステムが今と違うので、現行の30年ものとももう大分違うんですよ。折角ですから、現行のと一緒に味をみて下さい」
え?いや、それはお高いのでは……と言うと、店主は「これは今日お目にかかったご挨拶ですから、サービスですよ」と言い、ショットグラスを二つ、僕の前に置いてくれたのだった。
そのバーテンダーは、実はアイラモルト親善大使のM氏で、僕はそれからこのM氏にはとにかく本当にお世話になった。今も僕が酒や飲食に関して意地汚なくなったりスノッブを気取ったりせずに、スマートに楽しめているのは、このときの出会いがあってこそなのである。そしてこの後も、人生の嬉しいとき、悲しいとき、絶望に打ち拉がれたとき……僕に生きる力を分けてくれたのは、このアイラのピートと、その背後に漂う野の花のような馥郁たる香りなのである。だから今も、僕はラフロイグを飲むと、自分が命の水 uisge beatha を飲むこととその意味に、思いを馳せるのである。
Re:久々にアイラを
そうなんですよ、ゲイリー・ムーア死んじゃったんですよね。僕の音楽嗜好だと意外と思われそうだけど、僕好きだったんですよね(曲もいい曲書いてるしギターもいいし)。今日は聞き返してみます。ラフ飲みつつ。