福島第一原発で何が起きているのか (2)
昨日の blog を書いた後になって、水位低下による燃料棒の露出と、炉心の一部が融解する、という事態が発生した。これに関しては、朝9時の段階では残念ながら予測し難かった。
その後の様子に関して説明しておく。現在までに分かっている情報では、まず炉心が最大で 90 cm 程度露出し、その後 Cs が検出された。正門前での線量は 1 m Sv / h を少し超える位まで上昇し、建屋内では水素爆発と思われる爆発で屋根が飛んだ。この際、たまたま戸外に集合していた近所の病院の関係者などが被爆、東電は海水とホウ酸を投入することを決定。その後、3号機の方で水位低下による燃料棒の露出と、被爆者の増加が深刻な問題になっている。
まず、僕の立場をはっきりさせておくけれど、僕は原発推進派ではない。原発がエコだというのは全くのウソで、ウラン採掘・精製・輸送のコストはバカ高いし、プルトニウムの管理問題は莫大な経費を発生させる。しかも高レベル廃棄物の長期保管は、ついこの間にフィンランドで始まったばかりで、何十万年という時間の途上に何が起きるか分かったものではない。まあそんなことから、僕は原発に関してはかなり懐疑的な立場である。
ただし、中性子線源としての原子炉がなければ困ることも多い。僕はかつて KUR(京大原子炉実験所の原子炉、今年上半期から再起動の予定)で実験を行っていたことがあって、分析・解析、あるいは医学目的における中性子線源としての研究用原子炉は、どこかにないと非常に困る、ということが身に染みている。そういう意味で、問答無用の反原発という立場は、とる気にはなれない。
というわけで、現在おこっていること、行われていることの問題を書いておこうと思う。まず、1号炉に関してであるが、炉外で Cs が検出されて、炉心溶融だということで大騒ぎになったわけだ。これなんだが……うーん。まず、皆さん、この Cs のような元素の検出って、どうやってるかご存知ですか?
これは、質量分析器(Mass Spectrometer, 通称マス)と呼ばれるものを使っている。具体的には、チェックしたいところの気体を袋などに集めたものを、この質量分析器に入れると、ひとつひとつの気体分子、あるいは浮遊物質の構成分子・原子がイオン化されて、電磁石で挟んだ領域に打ち込まれる。打ち込まれた分子・原子は荷電粒子だから、ローレンツ力を受けて円弧を描くわけだが、この円弧の大きさはその粒子の重さ……つまり原子量・分子量……によって変わってくる。ある円弧を描いた粒子が何個あるかをカウントして、粒子の構成を決定するわけだ。
何が言いたいのか、というと、この質量分析器というのは、極めて高い感度で物質の存在を知ることができる、ということだ。なにせ、個数をカウントしているんだから、こんな高感度な測定法はそうはない。これで、ある物質の存在が検出された、ということと、その物質が意味を持つ濃度で分布している状態、との間には、実はかなり大きな開きがあるのだ。
もちろん、燃料棒やペレットが破壊されたことを検出する、という上では、このような高感度での測定は非常に重要である。しかし、マスで Cs が検出されたからと言って、すぐに健康被害がどうのこうの、というのは、ちょっと主張に隔りが大き過ぎると思う。もちろん、予防的な意味を込めて、安全マージンは最大限確保されるべきである、という前提があるならば、この結果はその文脈上で重く受け止められるべきだろうけれど、Cs 検出→メルトダウンだぁ〜、というのは、逆にあまりに無責任に過ぎると思う。
実は、炉心溶融に関しては、今炉心露出が問題になっている3号炉の方がはるかに深刻である。3号炉は、いわゆるプルサーマル炉で、MOx(ウラン・プルトニウム混合酸化物)を燃料として入れている。MOx はウラン酸化物のみの燃料と比較して、こういうときの正の反応性が強い、という話があるので、炉心溶融が起こった場合にどう波及するのか、という意味での危険性は、3号炉の方が圧倒的に高いのである。
次に、被爆に関してだけど、これはおそらく、建屋内に存在していた放射性物質の微粒子が水素爆発で飛散して、それが被爆者に付着したものだと思われる。携帯用のカウンターでひっかかる程度の線量が検出されているならば、速やかな除染が必要である……ところで皆さん、除染ってどうするか、知ってますか?
除染というのは、付着した放射性物質を除去するわけだけど、それは僕等がものの汚れを除去するときにすることと全く同じである……つまり、洗う、拭く、である。今回の場合は、被爆者の衣服は全て廃棄、排水を捕集できる設備でシャワーを浴び、全身をがっつり洗う→カウンターでチェック→まだ検出されるならまた洗う……の繰り返し、ということになる。もちろん、ここで言う廃棄、というのは、低レベル核廃棄物として処理する、ということである。
こういう措置をして、あとはヨードを飲ませ、経過観察をする。ヨードは飲み過ぎると深刻な健康被害につながるので、医師の監督下で飲ませることが重要である。
ちょっと引っかかっているのが、昨夜寝る前に聞いた、被爆者からの検出カウント数が結構高かったことである。爆発で飛び出した粒子を、おそらくかなりがっつりと浴びてしまったのだと思うけれど、あれは緊急措置として病院のシャワーで除染をすべきだったと思う。排水は厳密な意味では低レベル核廃棄物の扱いになるが、濃度の問題を考えた場合、緊急措置の方を優先しても問題ないレベルだったと思われるので。
さて……で、だ。メディアがどういうわけかどこも書かない、言わないことが、ひとつあるのだ。それは、1号炉の炉内に海水を注入していることに関して、である。
僕は KUR を、超高感度の分析に使用していた。これは「放射化分析」と呼ばれるもので、試料を炉内に保持して中性子線に暴露し、放射化(核変換によって放射性同位元素にする)した後に取り出して、発生するγ線のスペクトルから、目的の元素の濃度を決定する、というものである。この分析の際に、試料(本当にハナクソ位小さな試料でいい)はポリエチレンの袋に入れて、圧搾ガスで炉の内外でカプセルをやりとりできる仕組みを利用して炉に出し入れする。出してしばらくの間は、短い寿命の核種がかなりキツいγ線を出すので、ちょっと「冷まして」から測定を行うのだけど、もう大丈夫かなあ、と、鉛レンガの中に置いておいた試料にカウンターを向けたら、針が「カツン」(本当にこういう音がした)と振り切れて腰が抜けそうになったことがあった。
何故こんなことが起きたか、というと、何処ぞの学生クンが、たまたまその辺(といっても秤量用の精密天秤の横なのだけど)にあった試料収納用のポリエチレンの袋に、素手で触れてしまっていたらしい。それを知らずに、僕は試料を入れて炉内に投入したわけだが、このときに、袋に僅かに付いていたその何処ぞの学生クンの手の脂も放射化したわけだ。手の脂には塩分、つまり塩化ナトリウムが含まれているわけだが、このナトリウムが問題だったのだ。
ナトリウムの原子量は通常23であるが、このナトリウムに中性子をひとつ与えると、24Na という核種に核変換する。この 24Na は、十数時間の半減期で崩壊するのだが、その際にエゲツない程のγ線を出してくれる。それが、僕が腰を抜かさんばかりにびっくりさせられた線量の理由だったのだ。
まあ、僕の話が信用できない、という方は、JCO の臨界事故の被害者のことを思い出していただければいい。被爆線量の決定は、血中の24Na 量を測定することで行われたし、被爆後に輸血や皮膚移植をしても定着しなかった原因のひとつに、体内の Na が24Na に核変換されていた結果、後から導入した細胞の DNA が損傷を受けたからだろう、とも言われているのだ。
こんなことを書くと「高速増殖炉でもナトリウムを使っているじゃないか!」とか見当外れのことを言って絡んでくる馬鹿がいそうだから書いておくけれど、高速増殖炉でナトリウムを冷却材に使うのは、高速中性子を減速させないためであって、放射線をあてても安全だから、ではない。
さて。海水には3パーセントの塩化ナトリウムが含まれているわけだが、今あの原発では、その海水を炉内に注入しているのだ。反応容器に十分ホウ酸水などが入れられたその上でのことならば問題は小さいと思うけれど、僕にしてみたら、原子炉にナトリウム入りの水を入れるなんて、これはもう気違い沙汰だと思う。水はどの道何年も抜けないんだから、程なく冷める24Naの問題より、今現在の冷却の方が何より優先されるのだ……という考えなら、それはそれで構わないけれど、でも冷めないうちに海水が漏洩したら、これはちょっと考えるだけでも恐ろしい。
まあ、マスコミが言わない恐ろしい話、ってのがあるんだ、と信じて疑わない人に限って、どうでもいいことに拘泥しているのが滑稽なのだけれど、どうしてこういう話は誰もしないんだろうなあ。なんだかねえ。
Re:福島第一原発で何が起きているのか (2)
ガンマ線スペクトロメトリーを主に使えって書いてあります。ガンマ線1本ずつを測るので、原子の壊変1つずつを測るという趣旨は同じですが。http://www.nsc.go.jp/shinsashishin/pdf/1/si017.pdf
なお、ガンマ線を出さぬストロンチウム−90は、ちょっと面倒だけど忘れずに測ってね、と書いてあります。(いまだ、東電から発表はないが)