ありふれた jargon

いわゆる業界用語……これを jargon と言うわけだけど……というのは、しばしばそれを知らない普通の人が聞いたら非常に奇妙なものだと思う。僕が初めて jargon の存在を意識したのは、子供の頃、耳鼻咽喉科に通院していたときのことで、鼻炎が悪化したときに鼻から口に強制的にぬるま湯を流して洗浄するのだが、そのときに医師が看護師に、

「ノーボン」

と指示するのだった。子供の癖に難しく考え過ぎてしまって、これは英語の nose と関係があるのかな、などと思っていたら、ある日、医療器具に「膿盆」というものがあることを知って、あーなるほど、しかしそうとは思わなかったなぁ、などと感心したのを、今でも鮮明に記憶している。

僕の関わっている分野でも、当然この jargon は存在する。しかし我々の仲間連中はイチビリだから、しばしば、それを知った上であえて誤解を招くような使い方をして、周囲の反応を見て面白がったりするから始末が悪い。

僕がかつて共同研究をしていた某大学の教授、という人がいる。この方、かつて僕が学部時代に使っていた教科書の共著者の一人だったりする、その業界のビッグネームなのだけど、この方は時々すました顔をしてこれで面白がっていたっけ。この某教授は、軽金属の phase transformation に関する研究を専門としていたのだが、人に、

「先生、御専門は?」

と聞かれると、決まってこう答えるのだった。

「おう、ワシ、ヘンタイや」

実はこれ、聞いた相手への試金石として機能しているから怖いのだ。ニヤリと笑う人はよし、「はぁ?」と素頓狂な顔で聞き返す人は、少なくとも思考の柔軟性がない……そんな感じだろうか。

タネを明かせば何のことはない。phase transformation は日本語では「相変態」と言うのだが、金属が熱処理などである状態から別の状態に遷移するような現象をこう称する。某教授はこの現象、特にある種の軽金属におけるこの現象を専門分野としていたので、簡潔に答えるとこうなる訳だ。しかし、京大出身で、助教授まで京大にいて某大学にやってきた某教授にいきなりこう言われると、さすがに僕でもどきっとする。一瞬後に、ああ、と腑に落ちて、若干のタイムラグをおいて口角が上がるわけで、某教授はこれを見て「ま、そこそこやな」……と思っていたかどうかは分からぬが、とりあえずほんの少しだけ笑みを返してくれるのだった。

そんなわけで、この業界ではこういうジョークを耳にすることが時々ある。例えば、他の研究室の学生と一緒に昼食を摂ろうとして誘いに行くと、

「すんません!もうすぐ時効終わるんですけどねえ……」

何か犯罪でも?とか言われそうだけど、これも、物質をある状態に保持しておくと、時間経過と共に何かが析出してくるような現象を「時効析出」と言うことに由来する。例えば、ジュラルミンを硬くするための処理はこれを利用しているのだけど(軽金属がこのような処理で硬くなることを「時効硬化」と称する)、その挙動を確かめるための研究などをしている学生は、設定した温度に試料を一定時間保持した後に試料を急冷して、この時効析出の挙動を確認するような実験をしていたりする。で、その急冷の時間が昼飯刻に重なると、こういうことになるわけだ。

また、こういう実験をしている学生の中間発表につきあっていると、熱処理に伴って表面が酸化することが影響を及ぼしているような結果を見るときがある。そういうときは、

「これ、雰囲気はどうなってるの?」

と質問することがある。我々が日常会話で使う「雰囲気」というのは英語で言うと atmosphere だけど、この単語はもともと「取り巻いているもの」という意味である。だから、そのままの原意でこの質問に答えればいいわけで、聞かれた学生は「水素雰囲気です」とか「大気から * 回窒素置換した後に、** ポンプで ** Pa まで脱気した状態です」とか答えるわけだ。

まぁこの辺までならいいんだけど、やはり僕等みたいなタチの悪い研究者だと、やはり jargon でもタチの悪い組合せを好むわけで、

「なぁ○○君、君ヘンタイやったなぁ?」
「え?……はいはい、そうです、僕、ヘンタイです」
「この間の××君の学会発表、聞いたか?」
「あーあれですか、なんか時効がうまくいかなかったみたいでしたけど、あれ何かヘンでしたよね」
「そうだろ。あれ、何だと思う?」
「うーん、やっぱり雰囲気ですかねえ……うん、雰囲気が悪いと、ああいう風になっちゃうこと、あるかもしれません」
「そうそう。やっぱり、雰囲気は大事だよなぁ」
「ええ、そうですねぇ」

……分野が違う人は、傍で聞いていても、何が何だか分からない、とかいうのを、面白がってみるわけだ。

この jargon、分野が違うとまた違ってくるもののようで、かつて通っていた大学の歯学部付属病院に通院していたときにも色々聞いた。例えば、歯の上下の噛み合わせを記録するのに、炎で軽く焙ったパラフィンの板を噛まされるのだが、この工程が近付いてくると、歯科医師は助手に、

「インショウお願いします」

と、こう指示する。インショウって何だろうと思いつつ、ある日自分のカルテ(この病院では患者が自分で事務までカルテを持ち帰るシステムだった)に目を落としたら、診療記録に、"take an impression" と書いてあるのに気付いた。impression って……ああ、「印象」か!漢字になると初めて、判を捺したその姿、というイメージから全てが繋がったのだった。

こんなこともあった。ある歯を差し歯にしなければならなかったときに、研修医にこう言われたのである。

「シンビテキにやっていいですか?」

ん?と考え込んだのだが、そう言えば院内に学会か何かのポスターが貼ってあって、そこに「審美歯科」という単語があったのを覚えていて、

「それは『審美歯科的に』という意味ですか?」

と聞き返したら、びっくりしたように、

「はい、そうです。でもよく分かりましたね」

と返され、いや分からんようなムンテラ(これも Mund Therapie の jargon である……今は Informed Consent を略して「アイシー」とか称することが多いらしいけど)するなよ、俺じゃなかったら理解不能だぞきっと、と憮然とさせられたのだった。

かくも jargon は面倒である。しかし、僕達の忘れかけていた言葉の一面をふっと提示されて、後で思い返すと面白いことも多いものだった……って、僕の語彙が貧弱だったら、きっと今でもぼーっとしているんだけれど……

たちの悪い話

擬似科学、もしくは似非(えせ)科学、と呼ばれるものがある。これは英語でそのものずばりのpseudoscienceという言葉があるのだけど、この擬似科学という代物は、どういう訳か、人が判断力を研ぎ澄ましそうに思える不景気のときに限って、世の中で跳梁跋扈する。そして軽い財布を甘い言葉や強迫的観念によって容易くこじ開け、そこから金をむしりとるのである。

ネット上の知人が、先日飼っている猫を近くの獣医に診てもらったらしい。なんでもこの猫は歯肉炎を患っていたのだそうだが、愛猫を気遣っていたであろう彼に、獣医師は二種類の薬を渡したのだ、という。ひとつは調べればそれと分かる抗生物質だったが、もうひとつの錠剤がどうもおかしい。各々の錠剤が微妙に異なったかたちをしていて、おまけにラベル等もなかった。工業的生産物ではなさそうだ。訝しく思った彼が確認して、ようやくそれがホメオパシーの remedy であることが分かった、という(彼の名誉のためにも書き添えておくけれど、彼の財布が軽いと言いたいわけではない……そんなん分かりますかいな、知り合いでも、財布の重さなんて)。

彼は愛猫に処方された薬を確認する習慣があったから、気づいてすぐに「remedy の処方は止めてください」と獣医師に指摘できたのだそうだが、もし確認せずに漫然と処方され続けていたら、その経済的損失は決して馬鹿にならない。なにせ猫には人間のような健康保険の制度は(ないわけではないが、人間のようには)整えられていない。しかもこの remedy、ちゃんとした代物であればある程、薬にならないのと同様に毒にもならない。だから、もし獣医師が開き直って、サプリメントをご購入いただいていました、ご承知でしたよね、と詰め寄ってきたら、気の弱い人だったら首肯しても責められないであろう。

一応獣医師というのは国家資格なので、当然この獣医師は remedy なんてのが、文字通りの「薬にも毒にもならない」ことは知っていたはずだ。それはこのホメオパシーなるものの起源を探ればすぐ分かることである。もともとこの疑似科学的民間療法は、ドイツ人の医師 Samuel Christian Friedrich Hahnemann が、たまたま自らがキニーネ(キナの樹皮から抽出される薬品で、未だにマラリアの「最後の切り札」といわれている)を服用した際、マラリアと同じような症状を体験したことにその端を発する。

Hahnemann は「ある病の薬になるものを、その病でない者が服用したら、その病の症状が再現された」、という自らの経験から、(短絡的に)「その病の症状を来たす物質を、その病を患う者が服用すれば、その病の薬として機能する」、つまり「類似したものは類似したものを治す(これを『類似の法則』という)」と確信したのだ。勿論、普通にこういうことをしたら「火に油を注ぐ」結果になることはいうまでもない。しかし Hahnemann は、「作用と物質の濃度の間に相関関係がある」と考えた。つまり、毒も量を管理すれば薬になる、という(必ずしも一般性を持つわけではない)経験則をここに適用して、「物質が低濃度であればある程薬効が得られる」と考えたのである。この時点で、相当出来の悪いヤブ医者だと思うのだけど、Hahnemann の暴走は止まらなかった。彼はその体系を著書にまとめ、世に問うた。薄めれば薄める程薬効が高まる、という彼の主張は、科学的思考能力を有する者には到底受け入れ難いものだったが、ここで擬似科学界のスイス・アーミー・ナイフともいわれるこの単語が登場する:「波動」である。

物質の量が減じて、その物質の持つ「波動」がより純化されればされるほど、それは薬効を高くする、と Hahnemann は主張した。勿論、「波動」とは何なのかは極めていい加減である。波というからには、何かが振動していて、そこには縦波か横波か、あるいはその双方が存在していなければならないのだけど、このような単語で全てを説明する(ようなふりをして、都合の悪いことは全部この「単語のブラックボックス」に事寄せる)、まさにこれこそが疑似科学の常套手段である。

Hahnemann やその後継者達の、波動の純化(都合の悪いはずの物質の希釈)へのこだわりが如何に高いかは、remedy を分析してみればすぐ分かる。当初入っていたはずの物質は、現在最も検出感度の高い分析手法であろう質量分析器などを用いても検出できない。それもそのはずで、最もよく用いられている「30 C 」という濃度の remedy は「100倍に希釈して、よく振って攪拌する」操作(これを C と表記するのだが)を30回行っている。つまり、もとの物質の濃度は 1/1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000 ……不毛だな、分かるように書くと10のマイナス60乗倍にまで減じられている。こんな代物をほんの1滴、砂糖を固めた錠剤様のものに染み込ませて乾燥させたものが、30C の remedy である。大雑把に溶液1滴を 0.1 cc(水なら 0.1 g)として、例えばあの毒入りカレー事件で有名になった亜ヒ酸でこれを作ってみたとしよう。一滴の 30 C 溶液を滴下・乾燥させて得られる remedy 中の亜ヒ酸分子の個数は、およそ3×10-40個、つまり、remedy がちゃんと作られているならば、亜ヒ酸が入っている確率は事実上ゼロとみなして差し支えない。しかし、ここに至るプロセスで、この remedy には亜ヒ酸中毒を癒す「波動」が満ち溢れるのだ、と、ホメオパシーの信奉者は主張するのである。だからこそホメオパシーは性質が悪い。このようにして作られた remedy は極めて上質のプラセボ(偽薬)になり得るからである。もし偽薬としての「効果」が出なかったとしても、少なくとも remedy には亜ヒ酸としての化学的性質はない(と言い切れる)。そこに心理的バイアスがかかっているから、人はプラセボとしての効果を「自己確認」しやすくなってしまうのである。

このホメオパシーの場合は、一種の民間療法として、あるいは民間医術の施術者の権威付けのアイテムとして普及してきたわけだけど、現在の疑似科学の「効用」はそれだけに留まらない。例えば、民間企業が革新的な発明・発見をした、と発表するものの中には少なからず疑似科学的なものがあるわけだけど、このようなものでも発表されれば人の耳目を集める。そうなると株価に影響を及ぼす。そこに利益が生まれるわけだ。このような「社会的『偽薬』効果」は、実際に数字として……この場合は株価の推移というかたちで……現れる。そうなると、そこに利益の種が現出されるのである(もっとも、たとえネタが疑似科学的でも、この情報で株取引を行ったらインサイダー取引という「社会的犯罪」の責めを負わなければならないわけだが)。だからこそ、不況下には疑似科学が蔓延るのだ。

今年の夏の終わりに、振動攪拌機で攪拌しながら水を電気分解したときに発生する気体を集めたもの(これは酸素と水素の混合気に過ぎない)が、単なる酸素と水素の混合体と異なる物性を示す、と主張する企業が現れた。なんでも液化した際の沸点が高くなるとか、その気体の雰囲気下で水を攪拌したときに泡が立ちにくい、とか言っているらしいのだが、もしそうだとすると、熱力学的な性質にまで影響を及ぼす、未知のクラスターだ、ということになるのだが、残念ながら、気体である酸素と水素の間に、そこまで物性を変えるほどの相互作用が生じる理由が見当たらない。唯一考えられそうなのが同位体濃縮だが、自然界に存在する同位体の存在確率からしても、それだけでそんな現象が観察される根拠が思い当たらない。盲信しやすい人は、すぐにこういう結果に対して未知の何物かの発見を確信する。しかし、僕は疑り深いトマスである。(僕は使徒トマスがなぜ科学者の守護聖人とされないのか、いつも不思議に思っているのだけど)こういうときはトマスの出番である。ゆめ、疑わざることなかれ……トマスは疑いの向こうに神を見出したからこそ、篤い信仰を得ることができたのだから。

暗黙の知ったかぶり

僕の周囲には佃煮にする程ハカセと呼ばれる人間が存在する(いや、でも佃煮になんかしませんよ、ええ、だって僕も鍋に入らなきゃならなくなるので)。で、そのほとんどが、private の場で自分の学位に関して言及することを避ける。勿論、慎みとして、というか、「秘すれば花」というか、そういう矜持みたいなもので皆さんそうしているというのもあるだろうけれど、実のところ、学位を持っている、なんてことが知れると面倒なことが多いからだと思う。

例えば僕は、自分が学位を持っていることを結構何も気にせずに言うし、書く。別にそれで自分が権威化されるというわけでもないし、まぁそれなりの仕事をして、その間赤貧生活を過ごして、その上での学位なので、一応まぁ自分はこんなんですよ、というつもりで言い、書くのだけど、世間では最近この学位というやつに強い憎しみを向ける人が多くなったような気がする。その手の輩は、自分に都合のいいときはハカセとしての僕を「権威然として振舞うための拠所」として利用しようとして、僕にそれを拒絶される(当ったり前だよ、俺ぁそういうのが一等嫌ぇなんだ)と「学位くらいで偉ぶって」などと平気でのたまう。冗談じゃない。こっちは偉ぶってもいないし、そもそも学位持ってるから偉いなんてことが(ことにここ日本では)言えない、ということが骨身に沁みているから、とんだ冤罪なのである。で、これでもこちらが態度を変えないと「お前なんか『知的ワーキングプア』なんだろう」、とかのたまう。なら自分で学位取ってからそう言ってくれ、と思っていても言わないのは、それがいわゆる「言わぬが花」だからなのだけど、まぁ率直にいって馬鹿は確実に増殖している。

IT 関連で飯食ってる人々の中にも、こんなことも分からんのかなぁ、みたいな人が増殖しつつある(全体のレベルダウンではない……あえて言うなら「知的貧富の差の拡大」とでも言うべきだろうか、あるいは「志の差」とでもいうべきなのか)、という話を以前に書いたけれど、最近、いわゆる「暗黙の標準」に言及するときに "DeFacto Standard" などと書く人がいるのをよく目にする。

これは実は非常に「イタい」行為、というか、教養があるように振舞っていて、その実自分の無教養を晒している行為なのだけど、それを言うと瞬間湯沸かし器みたいに逆ギレされることが多いので、いい機会でもあるし、ここに文書化しておくことにする。

まず最初に、「暗黙の標準」というのは、欧米でよく書かれるところの de facto standard という表現を直訳したものである。見る人が見れば、"de facto" という部分が英語ではないことはすぐに分かる。もう少し敏い人ならば、これがラテン語であることがすぐに分かるはずだ。ではなぜ英語にラテン語が混じるのか。

いわゆる格調高い表現というやつには、大概古語か、あるいは学術的に権威の匂いを感じさせる外国語を差し挟むことが多い。日本語でも、(僕は日常の口頭表現でも使ってしまうのだけど)「そもそも」なんて言い出し方をすることがあるけれど、あれのもう少し大げさな場合を考えていただきたい。まぁ日本語の場合だったら、例えば論語の一節なんかを冒頭に引用して……

「子曰く、『学びて思はざれば即ち罔(くら)し、思ひて学ばざれば即ち殆(あやう)し』」などと言うけれど……
などと書き出すわけだ。

こういうものは勿論外国語にもある。それが、ラテン語を挟み込むことなのだ。特に英語圏では、学術用語としてのラテン語のステイタスははるか昔から確立している(たとえば Isaac Newton の “Philosophiae Naturalis Principia Mathematica” は、題名からしてすでにラテン語で書かれている)。英語だったら actual と書けばいいところを、わざわざラテン語で de facto と書くのは、そういった歴史的経緯を踏まえてよく行われる書き方のひとつに過ぎない。

だから、英語しか分からない人がこの言葉を見て、なんだぁよくわからんなぁ、と思うのだったら、「暗黙の標準」と日本語で書いておけばいいのである。生兵法は大怪我の本、などと言うけれど、肝心のラテン語の部分を変な風に書いては、せっかくの格調高さが仇となって、あーこいつ知らないのに無理して書いてるよ、という話になってしまうのだ。

そういえば、前にも書いたけど、以前にこんなことがあった。アメリカの fundamentalism(聖書根本主義)に関する話をネット上でしていたときに、

「fundamentalist は『レフト・ビハインド』を信じている」

と言われ、はぁ?となったことがあった。で、それは何ですか、と聞いた僕に得意げに返された説明は、どう読んでも携挙 rapture のことだとしか思えない。で、調べてみると、アメリカで大きな注目を集め、ドラマや映画にもなった "Left Behind" という小説があるらしい。内容は……あー、そういうことか。

僕は話の相手にこう書いた:「携挙のことを言ってるならそれは rapture でしょう」と。すると、日本では「レフト・ビハインド」と言うんだ、と、こう主張されたのである。おいおい、あなた、その『レフト・ビハインド』読みましたか?と聞くと、読んだし持っている、と堂々と言うのである。

この辺で何となく想像がついた方がおられるかもしれないが、この『レフト・ビハインド』なる小説、実は「携挙されそこなった」人達の混乱する様を描いた小説なのである。考えてみれば当然の話だ。"Left Behind" = 「取り残された」なんだから。僕は「レフト・ビハインド」という言葉は「携挙されそこなった」という意味であって、携挙はあくまで rapture であって、そんなところで変な和製英語を乱造しないでほしい、と書いた。すると、これは自然な言葉の経緯であって、自分が携挙を「レフト・ビハインド」と書くことは正しいのだ、と主張して譲らないのだ。

あいにく僕はカトリックなので、いわゆる千年王国の話には詳しくない(というか、物理的現象としての認識がない)。プロテスタントの知人に聞いてみると、「いや、携挙は携挙だし、それを英語で言うなら rapture だ」と言う。まぁそうだろう。僕もそう思う。しかしこの「レフト・ビハインド」氏、最後まで自説を取り下げることはなかったのだ。

無理して高尚な表現を使う必要はない。むしろ、使ったつもりで使えていなければ、己の知識の乏しさと慎みのなさを露呈するだけなのだ。しかし……この手の輩は本当に最近多くなっている。こういう「暗黙の知ったかぶり」汚染がこれ以上拡大しないことを祈るばかりである。

禁断の果実の歯型

不明にして最近まで知らなかったのだけど、 筑波大学プラズマ研究センター長の長照二博士が Phys. Rev. Letter に発表したデータに改ざんがあったとして懲戒解雇の処分を受けた、というのが問題になっているらしい(参考:この問題を糾弾するサイト)。

で、その問題を取材した『報道特集 NEXT』を観たのだが……これぁひどすぎる。明らかにこれは冤罪だろう。

まず、問題とされた(全体の観測結果の中で)瑣末なデータに関するグラフを、主要なプロットのデータを抜かれているにも関わらず、1 % 未満の誤差でグラフが再現できているのならば、これは「グラフが再現されている」と言って何の差し支えもあるまい。もし僕が同じ立場で、決定的なデータが抜かれていたとしたら、追試なしにグラフをこの精度で再現するのはまず無理だと思う。逆に言うならば、それだけ予備データを積んだ上でのグラフだったわけだ。それの再現性を以て「捏造」というのは、もはやお話にならない。

この問題の根が何なのかは明白だ。文科省管轄の研究機構……原研と核融合研……が共にトーラス型の炉(後記:ここは「トカマク」と書いていたけれど、正確には核融合研の方はヘリカルコイルによる磁気遮蔽を採用しているので、このように書き直すこととする……以下同様)に取り組んでいることがまずひとつ。トーラスで研究プロジェクトを完遂するためには、予算の一部たりとも削られたくはなく、磁気ミラー型のような「トーラスじゃなくても磁場遮蔽できまっせ」という存在が邪魔なのだ。核融合というと、わが母校である阪大のレーザー核融合というのもあるけれど、あれはあれでわが道を行っているから不問にしているのだろう。要するに「磁場遮蔽=トーラス」でなければならない、というのが文科省(絡みで予算を引っ張ってる連中)にとって重要なのだろう。

そして「筑波大学」という大学の成立過程もここには大きく関係している。もともと筑波大学の前身は東京教育大というところだったのだが、学生運動の最先端を行く、という、文部省の「目の上のタンコブ」だったわけだ。これを、筑波研究学園都市の設立に併せて移転させ、骨抜きにしてしまった。その際に、キャンパスの設計においては機動隊の突入経路まで考慮されていた、などといううわさまであった位なのだ。

そして、そんな大学に入った学生は、余程近所でない限りほとんど強制的に寮に入ることを余儀なくされる。で、男子女子の寮間の交流をわざと open にしておく。周囲に娯楽はないから……いや、これはジョークではない。茨城県出身者の一人として証言するけれど、僕が高校生の時ですら「3S の筑波」という言葉は有名だったのだ。筑波には3つの S しかない。Study、Sports、そして Sex だ、と。これはジョークではない。れっきとした実話である。通常、国立大学法人の大学においては「大学の自治」というものが昔から重んじられてきた。しかし、筑波大学は移転・再設立の当初から、それを捨てさせられた大学だったのだ。

そして、プラズマ物理を学んだ学生のうち、研究で飯を食える人間なんてほんのわずかである。ほとんどは、学部か修士で就職していくことになる。つぶしが利かない……残念ながら、これは理学部系、特に物理系の場合にはよく言われることである。そういう中で、就職が決まっている学生が研究に従事しているとき、その学生の生殺与奪権を握っているのは、その学生に卒業証書や学位記を与える大学なのだ。事務にちょいと呼び出されて、ちょっと HDD 壊したことにしてくれる?無理なんて言わないよねぇ?と言われたら、余程の覚悟がない限り No と言うのは困難だろう(ただ、もし僕なら言う……それ位の覚悟がなかったら、こんな稼業なんか選んでいない)。

あー、厭なことを思い出しましたよ。そーそー。どこぞの某女性が TOF Neutron で解析したデータを誇らしげに出してきたんで、

「RIETAN-2001T は泉氏がもう責任持てないって言ってますけど、そんな状況で RIETAN-2001T で解析した結果なんてよく出せますね」

って質問したら、猛然と「いえ、これは信頼性は十分です」とか吠えてた癖に、次の学会からは何も言わずに解析ソフトを GSAS に替えてた、なんてことがありましたっけ。そのときは武士の情けで「今度は何故 RIETAN-2001T 使わないの?」って聞こうとしたのを止めたんだけど。

当時僕は Mg-Pd 系の化合物相が多重不均化した、非常に厄介な試料を解析していて、自力でリートベルト解析を学んで、RIETAN-2000 から RIETAN-FP にかけての時期に数少ない Linux 上でのユーザだったから、泉氏にソースを送ってもらって、デバッグも一緒にやったりして、そうやって解析していたのだった。だって Mg6Pd とか解析してましたからね(ここを読んでる人で興味のある人は Mg6Pd の構造を……Pearson's handbook にも載ってますが、もし更に興味のある人はDr. Guido Kreiner の報告例などを御一読下さい……ぜひチェックしていただきたい。あれを実験室系の XRD で解析して、最終的には SPring-8 のデバイ=シェラーまで使って解析して、一応ちゃんと結果出してるんだから)。最終的には古巣の T 君に publish してもらったけど、J-PARC の利用を踏まえて、僕たちの研究結果を冷遇したあの女性のボスのことを、僕はきっと一生許すことはないと思う。

まぁ僕も長氏程ではないにせよ、そういう冷や飯を食わされた経験はある。だから、この事件の根深さは、身にしみるのだ……

十年、一昔になれず

2000年9月の僕の日記に、google からアクセスしている記録を見つけた。で、ふとこの日記を読み返してみたのだけど……正確には9年前のこの日記で僕が語っていることは、今の僕のそれとほぼ何も変わっていない。一瞬、自分が成長していないのか、という恐怖を感じたが、よくよく考えてみると、実は世間が進歩していない、というだけのことのような気がする。

例えば、この当時と比較すると、CPU、メモリやディスクに関しては数十倍の規模のコンピュータを、ごくごく普通の人達が使っている状態である。しかし、この当時と比べて、例えば human interface がどの程度進歩したというのだろうか?キーボードのスイッチはコストダウンによって無残なタッチになってしまったし、ディスプレイも液晶化という一大進展はあったものの、その「在りよう」までは変わっていない。ソフトウェアにしたってそうだ。不要な機能がてんこ盛りになって、実際の事務処理ではいまだに「あ、書類は Word 2000 のフォーマットでお願いします」などと言われる。その名の通り、この年に出たソフトのフォーマットが未だに業界の de facto standard であって、XML 化された新しい Word のフォーマットは忌み嫌われる始末ではないか。

これが、実験系研究者としての黄金時期と言われる30代の実態だったのか、と思うと、恐ろしくなる。しかし、その時代の中で「時代性を纏わない」生き方、研究テーマ、音楽、そういったものに触れ、自らも生産できたことには、「少しは突っ張っただけのことがあるじゃないか」と誰かに言われてもいいような気がする。たとえばこの10年で化け物のように肥大化したコンピュータのハードウェアの上で、基本的には何も変わらない SKK が動く。それは、人の普遍性というものに少しでも近くあろうとした結果なのだと思うし、自分の人生を時代の流れの泡沫と化すことを恐れる僕は、自分の残していくものがそこに少しでも近くあってほしい、そして時代の中で注目されるものからの距離で評価され得ないものであって欲しいと強く願っている。このこと、それ自身も、やはりこの10年で変わらない僕の信念なのだ、と、少々高邁かもしれないが、そんな自己評価をしているのだ。

馬鹿かと思ったら露出狂だった

まぁ、一言で言ってしまうと、先日のゴタゴタの張本人の正体は、そういうことになる。

事の経緯は上記リンク先の方を読み返していただくことにして、ここにはその後のことを書こうと思う。あの日、SPAM による DoS attack を受けたことに気付いた僕は、証拠保全をした後、とりあえず朝日ネットの代表番号に電話して、そこから技術担当の番号を聞き出し、再び電話をかけた。出たのは女性で、事情を説明したところ、今日(その日は土曜日だった)は担当者が出社していないので、月曜日以降に担当者から折り返し連絡します、と言う。

「うーん。しかしですね、今日や明日に再び attack があったらどうすりゃいいんですかね?」

と聞いても、女性は困ったような事を呟くだけだったので、まぁこの女性には対処できない(おそらくユーザからの簡単なクレーム対策の教育しか受けていないのだろう、と推測した)と判断し、月曜に確実に連絡してもらうよう(向こうさんは最初はそれも渋ったのだけど)念を押し、電話を切った。

で、月曜日、先方の技術担当という男性(おそらく正社員なのだと思うけど)が電話をかけてきたので、事の顛末を口頭で説明すると、

「送られたメールのヘッダ情報を送っていただきたいんですが」
「ヘッダ情報『だけ』ですか?それだけ抜き出すのも面倒なんですがねぇ」
「あー、最低限、それが必要だ、ということなんです」
「えーと、僕の MUA は Mew なんです。ですから1メール1ファイルの形式で保存されるんですが、今回のその SPAM 全ての tarball を送るということでいいですかね?」
「え?いや、容量的にですね……」
「それがですね。tar.bz2 にして数百 KB ってとこなんですよ。virus や巨大なファイル等が添付されていたりしませんでしたから」
「そうなんですか。ではそれをお送り戴けますか?」
「分かりました」

……で、メールで tarball を送ったら、何時間かしてまた電話がかかってきた。

「えー、メール、どうも有り難うございました」
「いえいえ。要点は text の部分に書いておきましたがね……一応もう一度説明します」
「はい」
「えーと、まずどのメールを見ていただいてもいいんですが、頭、つまりうちのレンタルサーバがメールを受信したときの記録を見ていただくと、そちらのアクセスポイントから受け取ったことが分かりますね?」
「はい」
「で、その次の行ですが、これは、該当ユーザの local に MTA があって、メールの発信はその MTA に SPAM の元になるテキストを食わせて行っている、ということが分かりますね?」
「はい」
「で、この MTA ですが、Exim version 4 なる代物です。これは、Debian GNU/Linux を install するときに default で入る MTA なんですよ」
「はい」
「で、該当ユーザが私の blog に書き込んだときの access_log を grep したものを先のメールに貼りつけておきましたが、それで相手の agent を見ると、Debian GNU/Linux を使っていることが分かりますね。で、アクセス元は SPAM と全く同じアクセスサイトなんですね」
「はい」
「で……先に伺ったんですが、そちらの DHCP サービスでは IP address の動的割り当てに期限を付けていないようですね。つまり、ユーザが再接続をしない限りは同一の IP address を占有できる、ということですね?」
「はい」
「ですから、このユーザはこのアクセスポイントに対して Linux 端末を常時接続状態にして IP address を占有して、自分の static なサーバとして使っていた。そしてそのサーバから私の blog に茶々を入れ、あしらわれたのに逆上して、自分の Linux 端末上で…… shell script 程度で簡単にできることですが……自分の端末の MTA に手元の SPAM か何かを食わせて、私のメールアドレス宛に大量送信してきた。まぁ、こんなところでしょうねぇ」
「はい」

……「はい」しか言えないのかなぁ、と思いつつも、こんな話をして、

「まぁ、こういう状況なわけですが」
「そのような感じだと思います……で、あのですね、このユーザなんですが……実は以前にも同じような行為でクレームを戴いていまして」
「え?……しかし、今回と同じだったら、同様に簡単に特定されてしまうと思うんですけど」
「そうなんですよ……しかし実際、前にもあったんです」
「うーん……何なんでしょうねぇ」
「……とりあえずですね、私共の方としましては、利用規約もありますので、このユーザを即刻切る、ということはできないんですよ」
「では、どうして戴けると?」
「『前』のあることですから、今回は私共の方から『勧告する』というかたちで処分させていただきます。そして、再び同じようなことがあれば……」
「切る、と?」
「はい、申し訳ありませんが、そういう手順を踏むことになりますが」
「うーん。しかしですね。fugenji.org としては大したことがなくて済みましたけれど、レンタルサーバ業者から見たらこの行為は威力業務妨害ですよね。そちらにしたって、そういう意味では被害者なわけでしょうに」
「はあ……その件もありまして、一つ伺いたいのですが。そちらのレンタルサーバ業者様は今回の DoS attack に対して……」
「ああ、どうも途中で切ってくれていたようですよ。SMTP port に filter をかけて、black list で弾いてるんだと思いますけど」
「そうですか。それでしたら、恐れ入りますが先程御説明させていただいたような流れで処理させていただくということで……」
「……まあ、止むを得ませんね。まあ朝日ネットさんを責める気は毛頭ないんですが、処理の方だけは、そういうことで、お願いいたします」
「恐れ入ります。よろしくお願いいたします」

……と、こんな感じのやりとりをしたわけだ。それにしても、どうも何か引っかかる。そう言えば……先のメールのヘッダには端末名、それも domain 込みの端末名があったっけ。まさか、あの domain、生きているのかな……まさかね。そう思いつつも、先の端末名 vulture.run.sh を思い出しつつ dig で調べると、ちゃんと先のアクセスポイントの raw IP address に resolve される。おいおい。

で、www.nic.sh(これはセントヘレナ島の domain だが)にお伺いを立ててみた結果が(以下個人情報保護のため記述削除)

僕がミドルネームを使う訳

同業者相手でもしばしばあるのだけど、「なんで Thomas やねん」と聞かれることがある。理由は簡単で、僕がカトリックの信者で、洗礼名も堅信名も Thomas(より正確に書くならば Thomas the Apostle …… Thomas Aquinas じゃない方の Thomas、12使徒の一人の Thomas ……)という名前を持っているのから、なのだけど、こう答えると次にこう聞かれる:

「なんでふつーの日本人なのにミドルネームなんか入れるの?何気取ってるんだか知らんけどさぁ」

やれやれ……この手の人は日本以外を相手にしないでいいか、identity というものが問われる仕事をしていないか、のいずれかだ。無論、そういう質問者の状況をどうこう言うつもりはないし、そんな権利も持ってはいない。しかし、こちとら、何の理由もなくミドルネームを使っているわけではないのだ。

例えば、「上田完」が何者なのか、と google で検索をかけてみると、日本語でもこの問題を感じてもらえるだろう……東大教授の「上田完次」氏の項目の方が圧倒的に多く引っかかってくるからだ。名前というのはしばしばこういうことがある。

英語の場合、この問題は更に根が深くなってくる。僕の名前は、何も注文を付けないと T. Ueda と表記されるわけだけど、苗字が上田で名前がタ行の人、なんてのは、そこらにいないようで実は結構存在する。しかも僕の場合は更に都合が悪いことに、よりによって同じ大阪大学出身者の物理学者 Dr. Tamotsu Ueda なる人物が実在するのだ(学部が違うし、あちらの方が年長だけど)。T. Ueda で identify されない、どころの騒ぎではないのである。

実は、初めて論文を投稿したときには、直属の指導教官がこの問題を全く考慮してくれなかったために、Tamotsu Ueda 名義で論文が出てしまっている。これで少々イタい目をみたので、学位を授与されてからは専ら Tamotsu T. Ueda 名義で論文を出している。"Tamotsu T. Ueda" で検索すると、何やら色々出てくるのがお分かりかと思う。

private では、handle(何度も書きますがHN とかハンドルネームとかいうのはあれぁ和製英語です)にずっと Thomas というのを使っているので、NetNews なんかに書いたものなどが検索で引っかかってくる。12年も前に書いて、内容的にはそろそろ陳腐化してほしいのに未だに陳腐化してくれないから消すわけにもいかない、という『WWW ページでの個人情報公開について考える』とか、17年も前に僕が阪大の情報処理教育センター(当時)で行った LATEX セミナー(当時の阪大が情報処理教育に NeXT を使っていたからこそこんなこともできたのだが)のテキストとかも拾えるかもしれない。とにかく、苗字と名前だけでは、「完」→「たもつ」という、こんなに珍しい名前……自分以外では自動車評論家の川上完氏(リンク先では Kawakami Kan となっているが、本名は「たもつ」らしい)位しか知らない(他に御存知の方、おられましたら自薦他薦を問いませんので御一報下さい)……を持っていてもなお支障を来すことが、実際にあるのだ。だから、僕はミドルネームを使っているし、今後も終生使い続けることだろう。

あと、僕は日本で blog(と当時は言わず web 日記とか何とか言ってたけれど)の創成期から今のような document を公開しているので、その当時から Thomas を handle に使っていた。そのせいか、今でも Thomas の方が通りが良かったりする。

……というわけで、伊達や酔狂で気軽にミドルネームを使っているわけじゃないんだよ、という話である。

僕はスリーフィンガーができない

もともと僕はギタリストではない。ないのだが、必要上弾くことが求められるし、弾く以上はちゃんと弾きたい。

先日の加藤和彦氏の死去で、メディアは主に彼がフォークミュージックの舞台で残した作品を流している。で……『あのすばらしい愛をもう一度』を聴く度に、僕は猛烈なコンプレックスに襲われるのだ。僕はああいうスリーフィンガーができないので。

スリーフィンガーというのは、その名前の通り、三本の指でギターを演奏する方法だ。親指が和音の根音を弾いて、それを鳴らしながら親指・人差し指・中指でアルペジオ(分散和音)を弾くのだけれど、僕は高校時代にこれの習得に一度挫折している。当時、僕のギターに関する相談に乗ってくれていた某先輩は、

「できないんだったら、フォーフィンガーで弾けば楽だぞ」
「フォー、ですか?ということは……薬指も?」
「そうそう。親指はベースノート(和音の根音)専門にしてやりゃいいんだよ。俺も最初はそうしてた」

と言われてやってみるのだが、どうもこれがうまくいかない。そのうちベースのスラップの練習の方に逃げてしまって、結局身に付かなかった。

もうこれは、怠慢としか言いようがない。だって、あの呑んだくれとして有名だった高田渡氏も、べろべろに酔っ払っててもちゃんとスリーフィンガーで弾いてたし、森山良子氏や加藤登紀子氏も、ギター一本でちゃんとスリーフィンガーで弾き語る。この世代の人に恐る恐る聞くと、皆こう言う:「えぇ?嘘ぉ?基本じゃない?」

かくして僕は、四畳半フォークを嫌悪しつつ、それ以前のプロテストフォークの世代の人々に強烈なコンプレックスを抱えたまま今に至っている。桑田佳祐氏は僕同様スリーフィンガーができないのだそうだが、彼はそのコンプレックスをボトルネックに昇華させた(いや、実際桑田氏のスライドって巧いんですよ)。翻って僕は……うーん。

かくして僕のコンプレックスはますます深くなっていくのであった。

加藤和彦氏をしのんで

「「フォークル」加藤和彦さん自殺=遺書2通、知人に「死にたい」−軽井沢のホテルで」(時事ドットコム / 2009/10/17-18:31)

加藤さん、いや、トノバン。あなたに僕は、おそらく大きな影響を受けています。

最初にあなたを意識したのは、やはりサディスティック・ミカ・バンドでした。僕が高校生の頃、世間ではミカバンドの名前すら聞かなかった時期に、僕の友人が『黒船』と『ライブ・イン・ロンドン』を聴かせてくれたのです。そこには、YMO のソフィスティケイトされたイメージと全く異なる高橋ユキヒロ(あの頃はこう書いてましたよね)、とにかく音の太い、小原礼、そしてリアルタイムのイメージと全く違う高中正義、そして、ミカと並んで日本人離れした衣装に身を包んだあなたがいました。

ベースを弾き始めた頃の僕が、小原氏と、後期ミカバンドの後藤次利氏のプレイをさんざんコピーしたのは言うまでもありません。やはり当時僕達以外誰も聴いていなかった、はっぴいえんどやティンパンアレイでの細野晴臣氏、山下達郎に関わった岡澤章氏、田中章宏氏、そして伊藤広規氏。もちろんモータウンのジェームス・ジェマーソンは一番のアイドルだったけれど、あなたのバンドのシャープなグルーヴは、当時のリアルタイムの日本のバンドが失いかけていたもので、僕はそれを夢中で聴き、吸収しようと努めました。

数年間でしたが、あなたが学んだ深草のキャンパスで教壇に立つチャンスにも恵まれました。京都は僕にとっては日本の音楽の聖地のひとつで、そこで当時の更に30年前にあなたが闊歩していたであろう中庭を、まるで初雪の降った地面に足を下ろすように踏んだことは忘れません。

おかしな話ですね。僕は fanatic な存在としてのファンを嫌悪していて、自分自身も決してそうあるまい、と思いつつ今迄生きてきたはずなのですが、実際思い返してみると、自分もそんな音楽の渦の中に身を投じられそうな気がして、心が躍ったものです。それは今も変わっていません。僕は音楽をまだ続けています。

安井さんが亡くなられたとき、あなたは大変心を痛めていたと聞きました。62歳という年齢は、人間のホルモンバランスなどが変化する時期で、それがあなたの心を、躍る音楽の光から、タナトスという闇に誘ってしまったのかもしれません。あなたの盟友である北山修氏は、きっと今一番、あなたの死に悲しんでいると思います。あなたは罪な人です。

あなたの雑誌等での何気ない言葉は、僕を勇気づけてくれていたんです。ハイハットが打込みでどうしてグルーヴィーにできないんだろう、と思ったときに、あなたの「20種類以上の音源を使ってどうにか満足できるかどうか」という雑誌でのコメントを読んで「俺の音楽が腐っていたんじゃないんだ」と安心したこともありました。再発盤の『スーパー・ガス』を手に取って、あの空間プロデューサーを名乗っている四方義朗氏があなたのアルバムにギタリストとして参加されていることを初めて知って、驚かされた記憶もあります。あのときの僕は進路に少し悩んでいた時期でしたけれど、音楽で飯を食う厳しさを思い知らされたような気がして、今の稼業に専念するように背中を押してもらったような気が今でもします。

あなたは、老成しつつもロックミュージシャンとして生き続ける先駆者であり続けてほしかった。だから、僕に、自分を含む、音楽を愛する者、音楽で鬻ぐ者の代表として、一言だけ言わせて下さい:「どんなに老いぼれてくれたっていい、生きて音楽を続けていてほしかった」

僕の信仰する宗教では、自ら命を絶った者に天国の門は開かない、とされています。ならばせめて、音楽のように、流れて、人の心に何かしら跡を残して、また流れていく、そんな風に、僕達に、僕達の音楽に、何かしら痕跡を残し続けて下さい。あなたから受けた影響は、確実に僕の中にも存在しています。

笑うに足りないこと

最近の admin には馬鹿が増えているのか?をご覧いただくと、何やら瑣末事に食いついて粘着的な書き込みをしている Ryu なる人物がいることが分かるだろう。こいつが、とんでもない輩だったのだ。

mixi のとあるトピックで僕が書き込んだのを見たらしく、この馬鹿丸出しの書き込みをしてきたのだが、この(現時点までにこちらでログが確認できる)3つの書き込みの時刻は、

  • 2009/10/14(Wed) 20:40:17
  • 2009/10/15(Thu) 23:54:31
  • 2009/10/16(Fri) 23:41:34
である。当然であるけれど、この時刻が NTP によって管理された、秒単位未満まで日本標準時に同調したものであることに、まずはご注意いただきたい。

この書き込みに対応する、fugenji.org の web のログを抜き出すと、こうなる。
  • y116174.ppp.asahi-net.or.jp - - [14/Oct/2009:20:40:17 +0900] "POST /thomas/diary/index.php HTTP/1.1" 200 104 "http://fugenji.org/thomas/diary/?no=r41" "Mozilla/5.0 (X11; U; Linux x86_64; ja; rv:1.9.0.6) Gecko/2009020407 Iceweasel/3.0.6 (Debian-3.0.6-1)"
  • y116174.ppp.asahi-net.or.jp - - [15/Oct/2009:23:54:31 +0900] "POST /thomas/diary/index.php HTTP/1.1" 200 104 "http://fugenji.org/thomas/diary/?no=r41" "Mozilla/5.0 (X11; U; Linux x86_64; ja; rv:1.9.0.14) Gecko/2009091008 Iceweasel/3.0.6 (Debian-3.0.6-3)"
  • y116174.ppp.asahi-net.or.jp - - [16/Oct/2009:23:41:34 +0900] "POST /thomas/diary/index.php HTTP/1.1" 200 104 "http://fugenji.org/thomas/diary/?no=r41" "Mozilla/5.0 (X11; U; Linux x86_64; ja; rv:1.9.0.14) Gecko/2009091008 Iceweasel/3.0.6 (Debian-3.0.6-3)"
当然、こちらの方もNTP によって管理された、秒単位未満まで日本標準時に同調したものである。

さて、この時点で、Ryu なる人物を y116174.ppp.asahi-net.or.jp で特定できることがわかる。何故かというと、朝日ネットは Yahoo!BB 等と同じく、ユーザ側のネットワークへの再手続きがない限りは強制的再接続処理を行わないプロバイダ(つまり、常時接続していると DHCP 接続をしていても、DNS 上での端末名や IP address が固定される)だからだ。ちなみにこれは直接朝日ネットに電話してその旨確認してある。

で、今日の昼ごろだったか…… fugenji の僕のメールアドレスに、とんでもない数のメールが送信されていることに気づいた。その数 5012 通。まぁ僕の MUA (Mail User Agent) は Mew というテキストベースのものなので、これ位来たからといって整理できないことはないし、いずれもテキストメールだったので、とりあえず保存して、ヘッダを見てみると……タイムスタンプや id 以外は同じこれが頭に付いている。

Received: from vulture.run.sh (y116174.ppp.asahi-net.or.jp [118.243.116.174]) by www1.inetd.co.jp (8.13.8/3.7W09101512) with ESMTP id n9GL09aJ097837 for <thomas@fugenji.org>; Sat, 17 Oct 2009 06:00:09 +0900 (JST)
Received: from ryu by vulture.run.sh with local (Exim 4.69) (envelope-from <ryu@run.sh>) id 1MytuA-0000Ix-6G; Sat, 17 Oct 2009 06:00:06 +0900

(傍線:by Thomas)

あのさぁ……IP spoofing も知らない奴が mail bomb なんて百年早いっつーの。自分の分を弁えろっての。まさに裸の王様である。

あまりの程度の低さに絶句しているうちにも、同様のメールは次々と送られてくる。その数五千数百通。まぁ機械的処理と思えばたいした事もない話だ。あまり早くやると、自分のプロバイダに検知されちゃうから、そう高速にも送れないというのに、ご苦労なことだ。

まぁ阿呆らしいとはいえ、これは立派な犯罪行為である。とりあえず朝日ネットに電話を入れて、DoS attack を受けていること、相手の発信元が y116174.ppp.asahi-net.or.jp = vulture.run.sh = 118.243.116.174 であること。local の MTA (Mail Transfer Agent)……しかし Exim4 使ってるというそのセンスがイマイチ分からないなぁ、要するに Debian GNU/Linux のデフォをそのまんま使っているだけなんだろうけど……を叩いて送っているので裸の王様状態であること、mixi で Ryu が公開している個人情報(もちろん「これは SNS で本人が公開しているものなので、信用度はその程度だと思います」と言ったけど)を伝え、プロバイダ側で調査の上「然るべき処置」を下してもらうように依頼した。次いで mixi にも同じ内容をメールで送信しておいた。

証拠保全もしなければならぬ。折角なので、僕が手元に残した DoS attack 用 SPAM の全てを archive して公開することにした。

http://fugenji.org/thomas/spams20091017_sum.tar.bz2

web の log も保存してあるし、レンタルサーバ業者に依頼すれば出してきてくれるだろう。SPAM 送信が止まったのも、レンタルサーバ業者が DoS attack を検知したためかもしれないし、そうなったらレンタルサーバ業者も黙ってはいないだろう。

そうそう、参考までに:
http://www.nic.sh/cgi-bin/whois?query=run.sh
(上の domain から得られる、domain 取得者自身が公開している情報)

笑えること、笑えないこと

世の中には、付和雷同で皆笑っているけれど、実のところ本当に笑えるような状態ではない、というシチュエーションがある。この二つの状態は紙一重である場合が少なからずある(バスター・キートンの映画みたいなものだ)のだけど、これは果たしてどうだろうか:

この動画、海外では賛否が大きく二つに割れているらしい。これはいくら何でもシャレにならないだろう、という意見と、日本の番組は変わったことをするんだなぁ、という意見が出て、海外のメディアをも巻き込んでの騒ぎになっているらしい。

まぁ、最低限、他人に理不尽な被害を被らせないのが条件でしょうね。前々回の日記に粘着的に書き込んで、挙句の果てには DoS attack なんかかけてくるような輩はお話にもならんけど……まぁこれは、賛否を問う必要もないことだろう。

まぁ、ただ……僕自身にとっては、あんなに笑える話はない。だって、DoS attack を自分の IP 丸出しで、自分の端末の MTA 叩いてやってる奴がいるなんて、皆さん、信じられますか?ツッコミどころ満載過ぎて、……ああ、あまりに程度が低くて、やっぱり笑えない、笑うに足りない、ということか。

From the result of statistical analysis, ...

前回の日記に書いたけれど、fugenji.org のサーバではアクセス記録を行っている(まぁ当然だ)。で、perl で書いたり、一部 C でごにょごにょやったスクリプト、まぁ最近は Visitors 等の便利なものがあるけれど、こういったもので解析する。

情報公開をしている者として、このようなリスクヘッジをするのは常識なわけだけど、google 経由で来たアクセスの検索キーワードなど見ていると、検索している側が実に無防備に己が欲望を晒しているのが垣間見えたりして、実に薄ら寒い思いをすることが多い。先週までは、

覚せい剤、MDMA、セックス、抜く、合成方法、入手方法……
なんてのがランキング上位を独占していたのだ。そりゃあ見るのも嫌になる。

で、過去7日間の検索キーワードを見るとどうか、というと……

  • mdma 合成
  • ドーパミン量を増やす
  • 覚せい剤使用の脳の影響は
  • 水戸二中
  • todd rundgren
  • 田中章宏 ベース
  • 角谷美知夫 かどたに
こんな塩梅である(大分検索のオンパレードも減ってきた)。

上から3つはドラッグ関連だろう。二番目のは、あるいは統合失調症やうつ病に関連した検索なのかもしれないが、これに対応する僕の日記での記述は、いわゆる脳内神経伝達物質とシナプスとの関わり合いに関する話だと思うので、やはりドラッグの作用機序に興味があってのことなのではないか、と思われる。ったく、書いてある内容ちゃんと読めよなぁ……今やアメリカでは、ヘロインよりコカインより覚せい剤が問題視されているというのに。教会の関係で、ダルクの話を聞くことも多いのだけど、とにかくあのダルクで毎日心を維持すべく努めている人々ですら、自分が覚せい剤をやめられる、などと軽々しく思ってはいないのだ。彼らは皆こう言う:「今日一日、何があっても近づかない、手を出さない。これがこの先一生続くんです」。

その次に、僕の母校がくるのは、これはたまたまなのだろうと思う。同級生探しなのか、あるいは初恋の人探しなのか……こういうのは、こちらも imaginative になれていい(いや、検索語で検索者を裁くほど傲慢ではないつもりだけど)。

不思議なのは、音楽関連の、しかも結構コアな検索がくることだ。まぁ Todd はいいだろう。田中章宏……うーん、鈴木茂のファンなのか、ユーミンのファンなのか、或いは最近のそっち系の野外ライブとかで田中氏の名前を知ったのか……僕みたいな音楽の background の人間にとっては、田中氏はハックルバックと、あと山下達郎の70年代のレコーディングセッション、77、8年〜79年辺りまでのライブのメンバーだったことで名前が通っているんだけど、僕と何か共有できる人なのかどうかはよく分からない(し、まぁどうでもいいことでもある)。

びっくりしたのは、やっぱりこれだろう:「角谷美知夫 かどたに」。なぜこの名前を知ってるの、この検索者は?

このキーワードに関しては、ここを見ていただいた方が早いだろう:07.05.2005 (Sat.)

中島らも氏の著作の中で、この「カドくん」は何度も登場するのだけど、フルネーム、漢字で知っているだけでも大したものだと思う……どなたです、これ?あ……いや、僕はノイズとかパンクとかはあまり趣味に合致しないんですけれどね。

最近の admin には馬鹿が増えているのか?

新生 fugenji.org は、某社のレンタルサーバを使っている。これは、今までサーバを設置していた fugenji.org オーナーの自宅で、オーナー自身がハードの管理をする時間がない(彼は僧侶なのだが、彼曰く:「坊主には『丸儲け』で『三日やったらやめられない』ような生き方しとる奴もいるけど、まともに坊さんやっとったらとてもやないけどそんなん無理に決まっとるんや」とのことで、とにかく忙しい……「らしい」と付けないのは、彼がお盆や本山での修行で大変な状態になっていたことを僕もよく知っているから)、ということで、このようなことになった。

このレンタルサーバ、なかなか堅いつくりになっているのだが、ユーザがアイディアさえあれば色々小回りの利くこともできる。これはうれしいのだが、ひとつだけ……ひとつだけ、どうにも解せないことがある。

問題なのは web サーバの log file である。これは過去1週間の分を一日毎に分割して、代表ユーザの特定のディレクトリに access.log.0、前々日以前の分は access.log.[1-6].zip という zip 形式の圧縮ファイルになっていて、解凍すると access.log.`date +%Y%m%d` というような形式のファイルになる。中身は、その日付の前日の午前3時から24時間の間のログである。まぁ簡単な shell script で切り出すようにして、cron で切っているのだろう……と思っていたのだが、これらのファイルを再解析する目的で僕が書いた script が、ある日から動作しないようになったのである。

おっかしいなぁ、と思いつつも script の各部分をチェックしてみたところが、unzip 絡みでエラーが出ているようだ。手動でひとつづつ展開してみると……おいおい、なんで同じ日付のログファイルが二つ生成されるんだよ。こんなことは有り得ないと思っていたので、自分の書いた script の中で unzip に -o option をつけていなかったのである。

そもそも、日付付きのファイルなのになぜ午前3時で切るのか。それは、午前0時で切ってしまうと、時計やプログラム実行のタイミングの問題で同じ日付のファイルが生成されてしまう可能性があるからだ、と僕は理解していた(でもそんなの、きっと sleep とかを知らないからなんじゃないかとも思えるんだけど)。しかし、3時間もずらしておきながら、同じ日付のファイルが生成されるというのはどういうことなのか。責任者出てこい!

どうも最近思うのだけど、最近こういう shell script の勘所とか、正規表現の賢い使い方とか、そういうのを知らないのを恥だと思う admin が減っているのではないだろうか。しかも、bourne shell、sed、AWK、Perl、Ruby……色々ある選択肢の中で最も secure かつシンプルなツールを使って小技を利かせるという感覚って、今はないんだろうか?なんでも perl とかいう人って、確かに昔からいたけどさ。なんだかなぁ……

颱風

ややこしい字だが、どうも「台風」というとこちらを思い出す。「はっぴいえんど」の曲の名前なのだけど。

とにかく風も雨もかなり強い。あまり強いので楽器の練習を始めた位だ(エレキでもボディの鳴りがいいので音が結構出るので)。

今年は伊勢湾台風が来て50年ということで、メディアではさまざまな特集が組まれていたけれど、今回の台風に関しては、どうもこの辺の人の危機意識というのははたらかないらしい。どうも脳裏に「死ねばいいのに」とかいう不謹慎極まりない単語がよぎるのだけど、これはきっと阪神大震災を経験してからこちらに来て、こちらの人々の東海地震に対する警戒意識がゼロに等しいことに呆れたことと無関係ではあるまい。まぁ、経験してもらうしかないのかもしれない。

業務連絡

alternative 復活しました。場所も鍵も前のまま。分からない人はスルーして下さいな。古くからのつきあいのある方には分かることと思いますので。

日伊文化交流に何も貢献できない烏合の衆

国家間の文化交流を目的に設立される団体、というのが数多くあることを皆さんはご存知だろうか。たとえば財団法人日仏会館とか日独協会などがよく知られている。

で、この手の団体は、パトロンになる企業に対して、駐日大使などの要請があって立ち上げられることが多く、大概は、

  • 語学教育
  • 文化交流目的のセミナー
  • 映画鑑賞会
などを行っている。大使館のある東京で立ち上げられるものがほとんどだが、地方である国の文化紹介のイベントが行われた際(例えば絵画展とか)に、後援者である駐日大使館から地方イベントのパトロン格の企業などに要請があって、その地方の団体が立ち上げられる場合も多い。先の例でも、日仏会館の場合などは各地に200を超える地方協会が存在する。日仏 = 東京・パリ、ではないので、当然と言えば当然の話なのだけど、各団体がそのようなスピリットをもって活動しているか、は、表層的な情報だけでは見えてこない。

中には「何が文化交流だヴォケェ」と言いたくなるような連中もいるのかなぁ……などと思いつつも、そんなことはない、と信じていた。いや、正確には、そんなことはない、と信じたいと思っていた。

しかし、先週の金曜日に、僕のこの淡い期待は脆くも崩れ去ったのである。このことを blog に書こうか書くまいか、僕は正直悩んでいて、しばらくの間何も書かずにいた。しかし、ドイツ在住の知人に以下のような動画の存在を教えられ、書くことに決めたのである。

この中で、フジテレビの長谷川豊アナが、滝川クリステル氏のことをついつい「外人」と言っているのである。

ささいな間違いだ、と片付けるのは簡単である。しかし、「外人」という言葉自体(日本人というコミューンの「外の人」という意味で排除する)差別用語として機能していることが多いし、ましてや滝川氏は日本国籍である。そもそも「外人」という言葉を向けること自体(原義からいえば)「言葉の誤り」であり、それを知った上であえて向けるのならば、見た目や「クリステル」(おそらく、多くの日本人男性は、この名前から『エマニエル夫人』のシルビア・クリステルを連想するのだろう……単純、かつ下種な上に、シルビア・クリステルはオランダ人だから、三重の恥を晒していることになるわけだけど)という名前からの連想を誇張する意図が必ずやどこかしらかにあったはずだ。

この動画、そしてそれを教えてくれた知人の書いたものを読んでいて思い出したのだが、以前、ミュージシャンの小野リサ氏のインタビュー記事を読んだことがあって、その中で小野氏は、ブラジルからの帰国子女だったために学校で「ブタジル」という仇名をつけられ、いじめに遭った体験について語っていたのであった。子供の世界は、残酷なまでに人の心の中に隠蔽されている陰を具現化する。「外人」という呼び方は、つまるところ、この小野氏の体験したような、異文化に対する「不寛容」「排除」「否定」を内包したものなのである。

知人も言及していたが、自分が「外人」になったとき、つまり外国でひとりになったとき、僕達は同じような経験をすることがある。食事に入った店でウエイトレスにシカトされるとか、ホテルのポーターに荷物をいい加減に扱われるとか、酔っ払いに悪し様に罵られるとか……そういう経験があって、はじめて我々は、気軽に使っていた「外人」という言葉の残酷さに気が付くのである。だから(自分を含めて)僕の同業者達が「外人」という言葉を使うのを、僕はまず聞いたことがない。皆、一度や二度はこの手の体験をしているからなのだろうけど。


さて、前置きが長くなったが、先週の金曜日に何が起きたか、を書くことにしよう。

僕のツレである U は、洗礼を受ける際の要理教育を、イタリアに本部のある某修道会のシスターから受けた。僕もそのシスターと話をする機会が多くあり、パソコンの不具合などの相談にのることもあり、聖書の分かち合い(皆で聖書の一節を読み、そこから想起される信仰の視点からの心象に関して話し合い、分かち合う)などでその修道会に出入りすることも多くなった。

男性が修道院に出入りする、と聞くと脊髄反射的に眉をひそめる人が時々いるのだけど、僕の場合は少々事情が違う。僕の母は教会付属の幼稚園の教諭だったので、幼稚園・小学校時代は、母が仕事を終えるまで、教会や修道院の庭が僕の遊び場だった。シスターにお茶に誘われることも多く、トラピストのガレットにミルクティーがおやつ、ということも多かった。だから、普通の人は教会や修道院に近づき難いものを感じるのかもしれないけれど、僕にとってはそれらは遊び場であり、家の延長線上のようなものであり、そして、手の空いたシスターや神父様と話をする場でもあった。その気持ちは今も変わらない。だから、パソコンだけではなく、庭の芝刈りや、生垣の刈り込みなど、僕はそのイタリアに本部のある修道会の手伝いをすることが何度もあったのだ。

で、先週の日曜日のこと。U からこんな話を聞いたわけだ。

「シスターが講演みたいなのをするらしいんだけど、行かない?」
「いつ?場所は?」
「金曜の夜7時から、場所は CBC だって」
「CBC?放送局内でやるとは思えないんだけど、CBC 何とかセンターとか言ってなかった?」
「ううん。CBC で、とだけ言ってたよ」
「……それ、放送とかするのかね」
「そういうわけではないらしいけど……」

このシスター、というのは、イタリアに30年以上在住経験があって、そのうちの20年以上をフィレンツェで過したという経歴を持つ人である。フィレンツェといえばルネサンス発祥の地でもあることから、このシスターはフィレンツェ滞在中に中世イタリア芸術に関して徹底的に学んだ。これはシスターとしては決して余技のための勉強ではない……中世イタリア芸術は、そのほとんどがカトリックのために作られたと言っても過言ではない。だから、中世イタリア芸術を知ることは、中世のカトリックを芸術という切り口から知ることに等しい。

そんなわけで、僕もその辺のアートに関しては、最低限の一般教養程度は知るようにしているつもりだ。U の方はもともとアート畑なので、こちらは僕が何も言うことはない。

「で、講演のテーマは?」
「バチカンにあるルネサンス期のアートに関して、だって」
「え。じゃ、ミケランジェロとか?行く行く」

ということで、早速行くことになった、の、だが……問題はこの後であった。とにかく、どういうイベントなのか分からないので、主催者が何者なのか調べておこうと思い、U に聞くと、日伊協会だという。

「うーん……」
「何?」
「この手の団体ってのは、大体ビッグネームを理事なんかに据えて、やってることは仲良しクラブというか、サロンみたいなことやってるようなのが多いんだよなぁ……」

と僕がぶつぶつ言っているのを、U は「ま〜た言ってるよ」というような呆れ顔で見ていたのだが、不幸なことに僕のこの懸念は見事に的中してしまうことになった。

金曜の夕刻。僕と U は CBC の周辺をうろうろしていた。どこの放送局でもそうだけど、通常は、一般人の集まるイベントを局内で開催することはまずありえない。そういう用途のために、「放送センター」などと称する別棟の施設……ホールと、中小規模の集まりを行なうための、丁度大学の講義室のような部屋をまとめたもの……があって、通常はそちらに行くことになる。しかし、CBC の放送センターで守衛の人に聞いてみると、局の横の入口から入ってくれ、と言う。U は、ほら自分の言った通りじゃないか、と、機嫌を悪くした顔で僕の前を足早に局の方に急いだ。

局の入口で、名前と用向きを書いて、出入り記録用の札を持たされる。こんなにしてまで入るのか……と思いつつ、エレベーターに向かって歩いていると、後ろから年配の女性が小走りで追いついてきた。話してみると、名古屋日伊協会の会員で、今回のイベントに参加するために来たのだ、と言う。僕と U は、今回の講師のシスターに誘われたのだ……などと話していると、エレベーターが会場のある階に止まった。

場所がよく分からないので、今度はこの年配の女性の後ろについて歩く。と。丁度学校の教室程の大きさの部屋の前に机が置かれている。ここが受付らしい。

年配の女性は、おそらく知りあいなのだろう、受付にいる、これも年配の男性に親しげに声をかけた。

「ごめんなさーい……今日、予約していないんだけど、大丈夫ぅ?」
「ええがねええがね〜。ほれ、ここに名前書いて、会費払ってもらって……」

ふーん。結構オープンな雰囲気なのか?と思いつつ、僕と U も受付を済ませようと、その年配の男性のところに行き、「あの、今回の講師のシスターに呼ばれたのですが」と声をかけると、そのにこやかな表情がコロリと変わる。はは〜ん。愛知県特有の「仲間内にはオープンに、余所者には閉鎖的に」ってやつだな、と思いつつも、事情を説明すると、U の方はシスターが予約を入れてくれていたらしいのだが、僕の方の予約は入っていない。人数が多少オーバーしても問題はない、と話を聞いてきたので、その旨説明すると、しかめつらしたこの年配の男性、こうのたもうた。

「いや……サンドウィッチがねぇ」
「は?」
「ああ、ご存知ないかもしれませんが」

年配の男性は僕に決して目を合わせることなく、事務的にこう切り捨てた。

「このセミナーなんですが、サンドウィッチをお出ししてるんですよ。ですが、それがもうなくなってしまったみたいで……」

だから御遠慮いただけませんか、と暗にほのめかしてくる。はは〜ん。およそ文化とは程遠いコメントじゃないの。僕もさすがにカチンとなった。学会などでもそうだけど、どうもこういうとき、僕は憮然とした顔でキツいことを言ってしまう癖があるらしい。今回は決してキツいことだとは思わないのだけど、こう言ったのだ。

「僕は食事をしにここに来たんじゃないんですがね。会費、払いますから、入りますよ」

年配の男性は相変わらず、「サンドウィッチ、サンドウィッチが……」と呟いている。阿呆かこいつ。僕は無視して U と室内に入った。

で、名古屋のこの手のイベントでは大概こうなるのだけど、空いている席を探すと、一番前に2つ席が空いている。金払って入ってるのに、かぶりつきで聞こう、などとは、愛知県人は欠片程も考えないのだ。まぁ、こちらにとっては思うツボなので、さっくりそこに座らせてもらう。

程なく、セミナーが始まった。テーマは、システィーナ礼拝堂の左右の壁に描かれた絵画の解説、ということだった。システィーナ礼拝堂は、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂に隣接した礼拝堂で、世間ではおそらくコンクラーヴェ(新しいローマ教皇を決めるための会議)が行われること、そして礼拝堂の天井に描かれたミケランジェロの『最後の審判』で有名であろう。ここの天井・壁の絵は、ルネサンス期の著名な画家(ミケランジェロの本業は彫刻家だけど)を招聘して行われたので、まさに先のシスターの守備範囲である。

しかし、僕はこの時点で強い違和感を感じていた。そもそも「シスター」というのは一種の敬称なので、こういう場合は先生呼ばわりする必要はない。シスター某、で構わないのだ。しかし、先の年配の男性、講師紹介で「**先生」「**先生」と、先生の大乱発である。そもそもこの時点で「分かってないなぁ」という感じなのだけど、きっと毎回呼んだ講師をこうやって「先生」呼ばわりして安心しているに違いあるまい。人に対する敬意の向け方を知らない輩は、その時点で信用できるわけがない。

まあ、でも、僕は結構このセミナーに期待していたのだ。僕はここの壁画が汚れていた頃の写真しか観たことがなかったのだが、80年代と90年代を費して、日本テレビの経済的援助によって「洗われた」絵画は、今は描き上げられたばかりであるかのような美しさで観ることができる。もっとも普段はいつ行っても大混雑で、解説など聞きながら観る余裕などないような場所なのだけど、それを(宗教的バックグラウンドを含めた)専門家の解説で観ることができるわけだ。これは貴重なチャンスである。

ところが……そう思っていたのは、どうやら僕と U だけだったらしい。30人程集まった聴衆は、ぺちゃくちゃ喋るは、ジャリ銭を床にばら撒くは、椅子をカタカタ、ギシギシ鳴らす(しかもその犯人は件の年配の男性であった)は、で、およそ話を聞いているとは思えない。

まぁ、たしかに、いくつかの基礎知識がないと、この絵の話を理解することは難しかったかもしれない。たとえば、

  • 中世までの絵画や彫塑はいわゆる工房制で仕事が行われていたこと(ジョットなどはこの代表格で、彼の作品は「ジョット工房」の名義で紹介されることが多い)
  • 当時の壁画はフレスコ画であって、だからこそ「洗われた」絵は描かれた当時のままの美しさで今観ることができるのだ、ということ
  • フレスコ画はその技法上加筆修正が利かず、削り取って描き直すにしても、顔料に高価な宝石(ラピスラズリを砕いたものなどが用いられていたらしい)を用いていたことなどもあり、ほとんどやり直しの利かない状況下で描かれたものであること
あとは旧約・新約聖書に関する知識……そりゃあ宗教画なんだから当然だ……が最低限求められるわけだけど、その辺りまで話していたら数時間でも足りないことだろう。なにせこの日、シスターに与えられた時間は1時間。いや、それでもシスターは最低限、説明しなければならないことは説明されていたのだ。たとえば、絵を横に観ていく順番を考えて、旧約のモーゼに関する絵は礼拝堂後部から見て左サイド、新約のイエスに関する絵は右サイドに描かれている。これは、旧約はヘブライ語で書かれていて、新約はギリシャ語で書かれているので、文字を書く方向と絵を観る方向を合わせるためにこうなっているわけだが、そもそもヘブライ語は右から左に書くのだ、とシスターが説明しても、聴衆は皆鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているだけだ。

結局、僕と U だけのためのようなかたちで講義は終わり、最後に質問の時間になったわけだが、後ろの方で手を上げた男性がいる。この男性、

「その椅子の乗った箱は the Lost Ark なんですか?」

はぁ?と僕も一瞬考えたけれど、ああ、あれが聖櫃なのか、と聞いているつもりなんだな、と分かった。そりゃ、上に椅子が付いてて被ぎ棒が伸びてて、モーゼと一緒に登場していたら、それはどう見ても聖櫃だろう。聞く程のこともない話だ。それに、聖櫃を英語で言うにしても ark と言えばいいだけのこと。せめて言うなら Ark of the Law とかさ。おそらく『レイダース』でも観たのだろうが、邦題にもちゃんとこの部分を訳した副題が添えられていたではないか:「失われた聖櫃」と。

気の毒なのは、こんな質問を食らったシスターである。このシスターは英語の宗教用語に詳しいわけではないし、きっとハリソン・フォードの映画を観ているわけでもないだろう。質問者に、

「どの箱ですか?あの、Ark って何ですか?」

と逆に聞き返していて、これじゃあまるで禅問答だ。僕は見かねてシスターに、

「どうやらあの方は、あれが聖櫃なのか、と聞いているようですよ」

と説明した。で、シスターはやっと何を聞かれているのか分かったらしく、

「はい、そうです。あの箱の中にはマナを受けた器と……」

あああ。シスター、あのオッサンはマナなんて知りませんよきっと。

かくして、およそ文化交流らしいもののないままにセミナーは終わったのだった。何かを享受するにも準備が必要なのに、今回の聴衆は何一つ準備をしていなかった。きっと毎回、こんな感じなのだろう。

もっとはっきり書こうか。彼らにとって、文化交流なんてどうでもいいに違いない。見知った連中、仲間同士で、文化っぽいごっこ遊びのセミナーを連ねることで、満足しているに違いない。つくづく愚かな連中である。


さて、では、こんな酷いセミナーをやっている連中の正体を探ってみようではないか。

名古屋日伊協会:
http://www.ipc-tokai.or.jp/~nichii/index_j.html

で、問題のイベントはこれである:

名古屋日伊協会9月例会:「システィーナ礼拝堂で活躍したフィレンツェの画家たち」
http://www.ipc-tokai.or.jp/~nichii/members/getureikai.html

で……だ。皆さん。この名古屋日伊協会のコンテンツをよーく見ていただきたい。僕はおよそ全てのコンテンツに目を通したが、「文化」という単語が出てくるのは:

名古屋日伊協会 | 協会のご案内:
http://www.ipc-tokai.or.jp/~nichii/info.html

の中で、

名古屋日伊協会は1978年に発足して以来、東海地方とイタリアとの文化、経済、科学、技術等の交流の促進、イタリア語の普及、両国民間の相互理解と親善を増進する活動を続けています。また下記の催し、会報の発行を通して会員相互の親睦を図っています。
このひとつしか出てこないのである。後は、あの愚にもつかない例会とやらと、イタリア料理とワインの会なるイベント、あとはイタリア映画の案内にイタリア語講座の案内位で、文化交流なんぞという単語はまずお目にかかれない。

なるほど。これならば、サンドウィッチがどうとか、という理由で僕を門前払いにしようとしたのも理解できようというものだ。ここに明言しよう:

名古屋日伊協会は日伊文化交流に何も貢献できない烏合の衆である
と。

[後記]
これを書いた後、U から「協会全体をそうこきおろさんでもいいだろう。今回の問題になっているのは年配の男性なのであって、ああいう人間が顔役やってるからあの協会があの体たらくなのであって、皆が皆ああひどいというものでもないだろう……でも年配の男性はあまりにひどかったけどね」とのコメントをいただいた。確かにその通りであると思うので、ここに「『烏合の衆』とまで書いたのは書き過ぎだった」旨、加筆しておくこととする(しかしお詫びはしない……あんな年配の男性をのさばらせるのにも責任の一端はあるんでね)。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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