吾唯足知

カトリックを何十年もやっていると、身に沁みてくる言葉がある。この言葉に関しては、実は非常に不思議な思いをすることがあった。

僕がよく口にし、心に置くようにしている言葉に「足るを知る」という言葉がある。現状に妥協する、迎合する、という意味ではなくて、今の自分に与えられているものへの充足感を感じるように努めていれば、欲にかられて暴走することなく己を治められる、という意味のことばである。

僕は、この言葉は老子のことばだ、と認識していた。今回の地震とそれに伴う原発事故、そして未だに続いているミネラルウォーターの買い占め騒動を耳目にするにつけ、僕はこの言葉を思い出していたのである。しかし、お恥ずかしい話だが、僕は老子の原典をちゃんとチェックしていなかった。で、この夜に、いい機会だからちゃんと読んでおこう、と老子の『道経』を読んでいたのだった。

この「足るを知る」という言葉が出てくるのは、『老子道徳眞經』の第三十三章(辯徳)のこのくだりである:

知人者智、自知者明。
勝人者有力、自勝者強。
知足者富、強行者有志。
不失其所者久。死而不亡者壽。
人を知る者は智、自ら知る者は明なり。
人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し。
足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志あり。
その所を失わざる者は久し。死して而(しか)も亡(うしな)わざる者は寿(いのちなが)し。
他者を知る者は智者であるが、自分自身を知る者は明晰な者である。
他者に勝る者は力のある者だが、自分自身に勝つ者はそれに勝って強い者である。
既に持つ物で充足する者は豊かな者だが、自らを叱咤して努力できる者は大志を持つ者である。
自分が居るべき所を見失わない者は長続きする。死を迎えるときも尚その生を失わない人は、その天寿をまっとうできるのである。

ん?これを読むと、対比表現の前者の方に「知足」が来ている。うーん、これは決して「知足」が悪いことだと言っているわけではないんだけど……と、ちょっと調べてみると、貝原益軒(『養生訓』で有名な元禄時代の文筆家)の『楽訓』なる文章に行き着いた:

わが身の足る事をしりて、分をやすんずる人まれなり。これ分外(ぶんがい)をねがふによりて楽(たのしみ)を失へり。知足の理(ことわり)をよく思ひてつねに忘るべからず。足る事をしれば貧賤にしても楽しむ。足る事をしらざれば富貴をきはむれども、猶(なお)あきたらずして楽まず。

もちろん、貝原益軒の脳裏には老子の文章があったことは想像に難くないが、僕のイメージする「足るを知る」というのは、どうもこれが起源のようである。

ちなみに、「吾唯足知」ということばの起源だが、これは龍安寺(方丈庭園……枯山水の石庭としてあまりに有名だが……のある寺である)に置かれている蹲踞(つくばい……手水鉢と言ったらいいのだろうか)に彫られているのだという。その蹲踞を寄進したのは、水戸藩第二代藩主・徳川光圀だと言われているそうだ。

7 ?

昨日のこと。ふと見た某オークションで、英語版の Windows 7 Ultimate が安価に出ていたのに、冗談半分でビッドしたところが、落札できてしまった。あれれ。こんなん買っていいのかなー、と、何やら後ろめたい思いを感じつつ、手続きを済ませた。

まあでも、必要と言えば必要なものなのだ。なにせ、Windows Vista は、7 が出たために以後のサービスパックを出していない(誤解なきよう書いておくけれど、サポートやパッチの配布は継続している)。一説には 7 は Vista SP3 相当だ、なんて話もある位である。

それに、7 のリリース直前に Microsoft 方面から聞いた話によると、たとえばエクスプローラのような頻繁に複数立ち上げるソフトのジョブを束ねることで、無用なリソースの食い潰しを防ぐ、というような配慮が 7 にはなされているという。まあ、話半分としても、試す価値がないわけではない。

それに、今使っている Vista 64bit は Home Basic で、いくつかのプログラムを使用できない。特に僕の場合に問題なのが、SUA が使用できないことだ。Windows 7 Ultimate ならば、これらの問題は皆解消される(はずだ)。

ただなあ……今回入手したのは英語版である。Windows 7 Ultimate は完全国際化されているので、インストール時に言語選択で日本語を選び、インストール後に拡張パックをインストールすれば日本語化できる(はずだ)。一応、関連情報の載っているサイトにリンクしておく:http://lowend.at.webry.info/200908/article_3.html

呆れてものが言えない

東電の関連企業の作業員3人が被曝、うち2人はβ線熱傷の疑いで放医研に送られた、というニュースは、まさに呆れてものが言えないようなものだった。

作業員にガラスバッジを着けさせないことに関しては、僕は前々から問題を指摘していた。いわゆる線量管理の場で、ごまかしようのない手段で被曝線量を把握するというのが重要だ……というのは、これは放射線絡みの基礎教育を受けた者なら皆知っているはずのことだ。今回は、案の定、あまりに早くポケット線量計のアラームが鳴り始めたので、作業員は「壊れたのかと思い」それを無視したのだ、という。着用していたら誤魔化しようのないガラスバッジでも、究極チート「着け忘れる」というのがあるのだから、ポケット線量計「だけ」で現場の線量管理をしよう、などというそのオツムをまずは疑う。

いや、そもそも、作業員達は、心の底から線量計が「壊れている」と思い込んで無視したのだろうか?彼らには当然、

「この事故の深刻さはよく分かってるよね?」
「現場のことをよく知ってるのは君達しかいないんだよね?」

という、暗黙のプレッシャーがかかっていたのだ。だから、あまりに呆気なくピーピー鳴り始めたポケット線量計よりも、重大事に対して一刻も早く対処しなければならない、という意志の方が勝ってしまって、線量計のアラームを無視したのではないか。作業員にこの点きつく確認している様子は、どうやら全くないようだけど、おそらくこの問題に関しては、暗黙のプレッシャーがかかっていた状況について、東電に厳しい責めが向いて然るべきだ。なぜって、東電側は、そういうプレッシャーを黙認することで、作業員に危険な作業をやらせ易い雰囲気を醸成していたのだから。これはあまりに罪深い。

そして、線量計の値から作業員の被曝線量を簡単に出しているけれど、それじゃ駄目だろう?水中には、β線熱傷を負う程に放射性物質が流出していたんでしょう?水面での計測で毎時400 mSv ってことは、その水に浸っていた箇所の局所的な被曝量が、ポケット線量計の積算値だけではとうてい計り得ないものであることは自明だろう。β線熱傷の程度と範囲を見極めずに、今回の作業員の健康に大きく関わる「実効被曝線量」を明らかにすることはできないはずなのだ。

……なんか、もう、書いていて厭になってくる。この期に及んでまーだ小学生みたいな愚行に終始している東電も、それを諫めることすらできない政府も、もう、本当に、馬鹿ばっかりだとしか言いようがない。馬鹿はさっさと消えてくれや。

LaTeX で再び煮詰まる

ちょっと環境の大掃除をする必要があって、Linux のシステムをクリーンインストールした。丁度今の時期は Debian GNU/Linux sid が不安定で、依存性が完全に解決していないライブラリがある状態で、正直こんな時期にこんな作業はしたくなかったのだが仕方ない。今は何とか以前の状態に戻せている。

で、折角なので、LaTeX を TeX Live 2010 ベースにしようと思って、ちょこちょこと作業をしていたのだけど……うーん。煮詰まった。OTF を入れて、dvipdfmx で日本語フォントを参照できるようにすると、盛大に文字化けする。何が問題なんだろうか。

さすがに TeX をハックする時間もないので、TeX Live 2009 + pTeXLive で環境を再構築する。まあこちらは方法を確立しているのでさくっと完了したわけだけど、この調子で LaTeX を使い続けていて大丈夫なのだろうか。pTeXLive も更新が止まっている→もう更新の必要なしと判断、のようだし。ううむ。

愚策・頭の下がらない人

「愚策」現在の政治状況において、これ程その現状を端的に表現する言葉があるだろうか。

まず、首相や内閣関係者を含めた人々が、これ程までに自分の言行に責任を持たない、ということに呆れさせられる。たとえば農作物の問題にしても、放射性降下物に汚染されている、という話を公表する前に、それを公表した際にどのような影響が出るのか、そしてそれにどのように対処すべきなのか、を考えるべきであろう。まず最初に、ヨウ素131が比較的 hot な核種であって、これに関しては何年もその影響が続くわけではないことを明示してから、それに汚染された農作物について言及しなければならないし、その結果市場に出せなくなった農作物に関しては、買い上げなどの保障を行う必要がある。そういうことをちゃんとしないから、汚染のニュースが流れたとたんに、全頭殺処分・廃業を決めた酪農家が出てくるのだ。酪農家が、どんな思いで牛を飼っているのか、連中は毛程も知らないし、知ろうともしないのだ。

そして、賠償問題について「第一義に東京電力に責任がある」などと言い切る官房長官。そりゃ道義的にはそうだろう。しかし、これだけの被害に対して東電が弁済を行ったら、いかに東電と言っても、そりゃ早々に潰れるに決まっている。そうなったら、福島第一原発の面倒は誰がみるのか。勿論、生活インフラに直結した企業をそう簡単に潰すわけにはいかないから、結局は公金投入ということになるんだろう。しかし、そういうプロセスを経て金が動き、最終的に弁済される側の手に渡るまでに、どれ程の時間が必要だと思っているのだろうか。そんなことをしている間に、農家や酪農家、そして家や職場を潰された人々の中で首でも括る人が現れるのに、そう時間はかからないだろう。人が生きるということは、それ程までに切迫した問題を孕んでいるものだし、それに施策を向けるのが国のミッションなのではないか。

このようなことを見るにつけ、頭に浮かんでくる言葉が「他人事」。そうなんだよな。プロ野球のコミッショナーに東電圏外でのナイトゲームを提案することもできないオツムの軽い省エネ担当大臣とか、自分達の責任負担を避けるために思考能力を使っているとしか思えない官房長官とか、雨が降ったからと視察を中止する総理大臣とかね。悉く、皆揃って、他人事である。

他人事と言えば、東京電力の清水正孝社長と藤本孝副社長である。記者会見のときの光景を、僕は忘れることができない。実部担当者が皆最敬礼で頭を下げる中で、中央の社長は、ひょこ、と頭一つ軽く下げただけ。副社長会見のときも同様であった。これでは実務担当者がたまったものではない。会社組織のお偉いさんというのは、こういうときに頭を下げたり腹を切ったりするために普段高給を貰っているのだ、ということが、彼らには全く分かっていない。

特に藤本孝氏(この人、電気学会の会長なんだよな……実は)は、海外メディアにまでキャバクラ通い云々の醜聞を報道されている始末。酒の飲み方が意地汚い人間を、僕は信用しない。東電唯一の理系出身取締役がこの体たらくでは、この会社も知れたものだ、と言うしかない。

まあ、とりとめもなく書いているわけだけど、それにしてもひど過ぎる。今回の地震が日本の rebuild を前にした scrap 化現象だ、などというひどいことを言っている連中もいるようだけど、まずは腐った頭を潰すところから始めなければ、現状が良くなろうはずがない。このままでは、1億総スクラップである。

1分間でポポポポーン!

AC ジャパンの CF に関してクレームが入って、AC のジングルが削除されたものが大量に流れている。同じものが反復して流れていると、まるでサブリミナル効果(これ自体は心理学的には否定されているそうだけど)を狙っているかのようにイライラさせられるわけだけど、その中でも特に我々のストレスの源になっているのが、これだ:

いや、この CF に罪があるわけではない。たまに流れるんなら「かわいい」で済まされるべきものだろうと思う。この歌を歌っている松本野々歩氏にも、作曲とキャラクターヴォイスをやっている嶋倉紗希氏にも、何ら責められるべきことはない。ただ、あまりに頻度が高過ぎるのだ。これに関しては、制作者側もこんな事態を予測していなかったに違いない。美味しいスープを作ってみたら、水不足で皆がそれをがぶがぶ飲んで「塩辛い」と文句を言われているようなものだ。スープを作るときに、それが水代わりに飲まれることなんて、考慮するはずがない。

しかし、現状として、この CF は我々の共通の「悩みのタネ」になっている。この曲のイントロが流れた途端、多くの人が「もぉえぇわ」とツッコミを入れ、亡くなった和田勉氏もびっくりの苦しいダジャレの名前のキャラクターを見て、憎しみを募らせるのである。勿論、何度でも書くが、供し方を違えている提供者にこそその責めは向くべきである。具体的には、テレビ局ということになるのだろうか。まあ、皆様には「消す自由」がおありなんですから、文句がおありなら消して下さい、という風に言われるのだろうけれど、重要な情報がいつ流れるか分からないこの時期に、どうしてそう細かに選択ができるものだろうか。できるはずがないのだ。

そんな時、僕は不覚にも、この CF の60秒バージョンというのを観てしまった。これを皆さんにも、観ていただきたくて、観ていただきたくて、あー、観ていただきたくて仕方がない!ので、ここにリンクしておくことにする。皆さん……どうします?観ますか?観ずにいられますか?ふふふふふ……

万死に値する

こんなことを書かなければならないことは苦痛だし、書かなければならないと思うこの現状にも多大なる苦痛を感ずるのだけど、これを書かないわけにはいかない。

僕が初めて京大の原子炉で実験することになったとき、僕は原子炉とはほぼ無縁の生活を送っていた。僕の専門は材料科学だから、たとえば原子炉を造るときの材料などに関しては守備範囲内だし、後に愛知に移ってからは結晶構造解析を行うようになったので、これも中性子散乱で関係ないわけではない。しかし、当時、まだ駆け出しの材料屋で、主に高温酸化の研究をしていた僕には、原子炉は無縁の存在だったのだ。そんなときに、僕が当時扱っていた超高純度材料の解析を行っていたK氏が忙しく、ちょっと手が足らない、という話になった。当時の僕の上司はもともと原子力工学を専攻していた人で、原子炉で実験することには何の躊躇もなかった。僕は上司に呼ばれて、放射化分析を行うことを承諾した。

しかし、それから何時間か経過して、上司が「参った」という顔をして僕の居室に現れた。

「ん、どうしました?」
「ああ、さっきの話だけどな、K君が承知してくれなくてな」

K氏の部屋に上司と二人で行くと、いつもは極めて温厚なK氏が怒っている。「あのな、K君」と言う上司に、K氏は決然としてこう言ったのだ。

「だから何度も言ってるじゃないですか。こういう仕事を、若い人にさせちゃいけないんですよ!」

僕はこの言葉を聞いて、ああ、Kさんと組むんだったら行っても大丈夫そうだ、と思った。そして改めてK氏に教えを乞うて、放射化分析を行ったのだった。

政府が何をどう発表していようが、あの福島第一原発の最前線で作業するということは、相応の被曝があることを覚悟しなければならない。晩発的な影響というものは分からない。そして、被曝に一番敏感なのは生殖機能である。未婚であったり、結婚していても年齢が若い人だったりした場合、残りの一生の間に負うリスクは、とてもじゃないけれど「ない」とか negligible だとか片付けられるものではない。

しかし現状はどうか。自衛隊員、消防隊員は、今脂の乗り切った実働部隊が送られている。この構成者の多くが、まだ20代か30代であることは、疑いようのないことである。そして東電はどうか。水素爆発のときに怪我人として収容された一人は、なんと23歳であったという。東電が若い人間をあそこに送っているのは、これまた疑いようのない事実である。放射線とか放射性物質とかに関してある程度の知識を持つ人間として断言するけれど、このような人材配置を行った人々は、万死に値する。

まだ警察や自衛隊は同情の余地がある。彼らは東電や政府関係者と協議の上で人員を配置しているはずだから。特に許し難いのは、そういう配置を要請したり、あるいは許可したりした東電や政府の関係者である。今あそこにいる何十人かの人達の未来に、全面的な責任を負う覚悟が彼らにあるのだろうか。「非常時だから」?それは戦場で若者を無駄死にさせた連中と同種の言い分である。

たとえば、放射性ヨウ素の甲状腺への取り込みを阻害するヨード剤は、40歳以上の人には投与しないことになっている。投与してもあまり意味がないからだが、この基準に則って言うならば、あの現場には、十分経験と見識を有し、そして自己判断で動く権限を有する、40歳以上の人間が行かなければならないのだ。特に東電社員は、運転の責任者として一番危険な場所に行く必要があるのだから、尚更のことである。東電の正社員で40歳以上だったら、世間の人々と比較して「そんなに?」と思う位の給料を貰っているわけだけど、それはこういうときにリスクを負うためなのである。それを20代や30代の、権限を有しない者を先に配置して、自分だけは安全なところにいよう、など、あまりに許し難い。何度でも書く。これは、万死に値する行為なのだ。

バブリー・パブリー

中京圏の日本テレビ系列の局で中京テレビというのがあるのだが、ここでやっている情報番組に『ラブリーパブリー』というのがある。何とも DQN な番組なのだけど、まあそれはさておき、標記の件である。

評論家の広瀬隆氏の本で『東京に原発を!』というのがある。電力の大量消費圏は首都圏なんだから、原発が安全だっていうんならそこに近い東京湾岸に造ればいいものを、どうして造らないの?というような内容だったと記憶している。広瀬氏の主張は時に陰謀史観みたいなものに縛られている(後記:これは彼の原発に関する記述がそうだと言っているのではなく、彼のロスチャイルド家に関する記述、特に『赤い楯 ロスチャイルドの謎』などに関しての話なのだが)こともあるのだが、この本における広瀬氏の主張は基本的には至極まっとうなものだ、というのが僕の印象であった。

U が、「いっそ原発造るんだったら東京に造ればいいんだよ」と言うので、「ああそういう本があるよ」と、この本の存在を教えたら、早速アマゾンでチェックしていた U が「現在お取扱いできません、になってるよ」と話していたのが昨日のことである。その U が、「なんかすごいことになってる」と言う。どうしたのか、と訊くと、

「『東京に原発を!』が、4000円だってよ」

はぁ?……あーそうか、あの本絶版だから、古書店の取り扱いになってて、それで価格が高騰した、ということか。しかし、その値段で買う奴なんか、まさか……

「あ、売れた」

はぁ?

「今 6000円だってよ」

……こういうことらしい。U がアマゾンをチェックしたとき、2点の古書がアマゾンにエントリーされていて、ひとつが4000円、もうひとつが6000円だったらしい。で、U が見ているうちに、誰かがその2冊のうちの安い方を買った、ということらしいのだ。おいおい、『東京に原発を!』って、たしか集英社文庫に入ってるんだろう?その文庫本を4000円で?どんな希少本やっちゅうねん。火事場バブルにも程があるというものだ。

【後記】その後、6000円の方も売れてしまった。何なんだかなあ。

焼け石に水

福島第一原発の冷却に、ヘリでホウ酸水を投下するということが真剣に討議されているのだ、という。メディアでも「切り札」と書いている。いや、でも、ちょっと待ってもらえませんかね?

そもそもヘリにどれ位の重さのものが積めるのか、皆さんご存知なのだろうか?たとえば自衛隊が持っているヘリで最も大型のもの、というと、おそらく CH-47 チヌークだと思うけれど、資料を見てみると、CH-47D の最大積載量は 8 t を少し切る位である。8 t というと、さぞたくさん積めるかのように思われそうだけど、体積にしたらたかだか 8 m3 に過ぎない。

しかも、航空機からの投入、というのは、投入量の全てが有効に炉内、あるいは容器内に入るわけではない。仮に 100 回投入を行ったって、効率 10 %(これだって大甘の予測であるが)で 80 t である。これが有効な方策だと、本気で政府は考えているのだろうか?

これだったら、発電機と燃料を空輸する、あるいはポンプを空輸する方が余程現実的である。何かやれば努力しているかのように見えるかもしれないし、おそらく政府もそれを期待しているのかもしれないけれど、本当に必要なのは有効な対処を行うことであるし、時間もチャンスも限定されているならば、それが最大効率で機能するように考えるのが、政府のお偉方の仕事なのである。それをもし放棄して、大衆に頑張っているように見えることを重視しているのだとすれば、「そんな馬鹿はさっさと死んでくれ」という話である。

苦言

こんな社会情勢だからこそ、あえて苦言を呈さなければならないと思う。僕のような人間だからこそ言うべきだと思っているのだ。

その1。中部以西の人達で「節電しなきゃね」と盛んに言っている方々へ。節電することが悪いことだとは言わない。しかし、中部以西は本質的に周波数が関東とは異なっている。大電力を周波数変換して送電することはエネルギー効率的にも規模的にも厳しい制限があって、現在の時点では既に変換送電のリミット一杯まで西から東への送電が行われている。だから、声高に節電を叫んで、実際に節電が遂行されても、その結果生じた余剰電力が東日本に送られることはない。

その2。大学生等が募金を行っているのを街で散見するが、募金というのはいやしくも人様のお金を預かって渡すべき先に確実に渡すことを求められる行為である。だから、

  1. 自分達が何者なのか
  2. どういう人達のために募金活動を行っているのか
  3. 集めたお金はいつ、どの組織を経由してどこに送るのか
は必ず明示しなければならない。ただ雁首揃えて菓子の空き缶を持って声を上げても、そんな連中は信用できないし、そこに金を入れても何処に行くのか分からないんだったら、「金をここに入れないで、駅の売店の横の募金箱に入れてください」と、横で誰かが言わなきゃならないじゃないか。

その3。何かやってやったつもりになっているだけなら、それは単なるマスターベーションだ、との謗りを免れないだろう。他人の不幸をネタに自己満足に浸るなど、こんな蛮行はないのだ。本当に、本当に、こんな理不尽な話はない。

北米プレート仮説

先ほど、静岡東部を震源とする強い地震があった。このところ、岐阜の高山辺り、富山、そして今回の静岡、と、東日本大震災の震源以外の震源による地震が頻発していて、皆さんも不安な日々をお過ごしのことと思う。

地震の専門家の方々は、やはり憶測でものを言うことができないので明言を避けられているようだが、この一連の地震を地図で見ると、あーなるほど、と思わされる。どういうことかというと、一連の地震(東日本大震災を含む)の震源は、ことごとく北米プレートの辺縁部を震源としているのである。

あいにく僕は地質学に関しては素人同然で、ここで言っていることは現象論的な推論の域を出るものではない。しかしながら、北米プレート辺縁部とその近くにお住まいの方々は、この辺縁部で地震が起こる可能性に関して常に頭に入れておかれることをお薦めする。

プロメーテウス

ちょっとサボっていた referer のチェックをしたら、野原さんのブログからリンクしていただいていたことに気付く。

高田渡の歌というのは『値上げ』のことだと思う。これは有馬敲の詩に高田渡が曲をつけて歌っていたものだが、著作権覚悟で引用する:

値上げは ぜんぜん考えぬ
年内 値上げは考えぬ
当分 値上げはありえない
極力 値上げはおさえたい
今のところ
値上げはみおくりたい
すぐに 値上げを認めない

値上げがある
としても今ではない
なるべく値上げはさけたい
値上げせざるを得ないという
声もあるが
値上げするかどうかは
検討中である
値上げもさけられない
かもしれないが
まだまだ時期が早すぎる

値上げの時期は考えたい
値上げを認めたわけではない
すぐに値上げはしたくない
値上げには消極的であるが
年内 値上げもやむを得ぬ
近く 値上げもやむを得ぬ
値上げもやむを得ぬ
値上げにふみきろう

高田渡らしい、シニカルな歌である。こういうのを「なしくずし」と言うのだろうが、何事か責任を以て言わなければならない立場の人が、情報を小出しにして、確信犯的な「なしくずし」で民意を操作するということは、僕もあってはならないことだと思う。

原子力に関する話をするときに、僕はいつも「プロメーテウスの火」という言葉が頭に浮かぶ。神だけのものであった火を人にもたらしたプロメーテウスは、ゼウスによって山上のとりことされ、生きながら肝臓をハゲタカについばまれ続けるという責め苦に苛まれた。プロメーテウスは不死だったので、ついばまれた肝臓は夜のうちに再生し、翌日またついばまれる。そして死んで解放されることも能わない。まさに地獄の責め苦である。

プロメーテウスが火と共に人にもたらしたとされる知恵で、僕達はどうやって生きていけばいいのか。これはこれから僕等が皆各々の頭の中で考えなければならないことだろうと思うのだ。もはやプロメーテウスの火なしに日々を営むことが出来なくなっている、この日本で。

福島第一原発で何が起きているのか (2)

昨日の blog を書いた後になって、水位低下による燃料棒の露出と、炉心の一部が融解する、という事態が発生した。これに関しては、朝9時の段階では残念ながら予測し難かった。

その後の様子に関して説明しておく。現在までに分かっている情報では、まず炉心が最大で 90 cm 程度露出し、その後 Cs が検出された。正門前での線量は 1 m Sv / h を少し超える位まで上昇し、建屋内では水素爆発と思われる爆発で屋根が飛んだ。この際、たまたま戸外に集合していた近所の病院の関係者などが被爆、東電は海水とホウ酸を投入することを決定。その後、3号機の方で水位低下による燃料棒の露出と、被爆者の増加が深刻な問題になっている。

まず、僕の立場をはっきりさせておくけれど、僕は原発推進派ではない。原発がエコだというのは全くのウソで、ウラン採掘・精製・輸送のコストはバカ高いし、プルトニウムの管理問題は莫大な経費を発生させる。しかも高レベル廃棄物の長期保管は、ついこの間にフィンランドで始まったばかりで、何十万年という時間の途上に何が起きるか分かったものではない。まあそんなことから、僕は原発に関してはかなり懐疑的な立場である。

ただし、中性子線源としての原子炉がなければ困ることも多い。僕はかつて KUR(京大原子炉実験所の原子炉、今年上半期から再起動の予定)で実験を行っていたことがあって、分析・解析、あるいは医学目的における中性子線源としての研究用原子炉は、どこかにないと非常に困る、ということが身に染みている。そういう意味で、問答無用の反原発という立場は、とる気にはなれない。

というわけで、現在おこっていること、行われていることの問題を書いておこうと思う。まず、1号炉に関してであるが、炉外で Cs が検出されて、炉心溶融だということで大騒ぎになったわけだ。これなんだが……うーん。まず、皆さん、この Cs のような元素の検出って、どうやってるかご存知ですか?

これは、質量分析器(Mass Spectrometer, 通称マス)と呼ばれるものを使っている。具体的には、チェックしたいところの気体を袋などに集めたものを、この質量分析器に入れると、ひとつひとつの気体分子、あるいは浮遊物質の構成分子・原子がイオン化されて、電磁石で挟んだ領域に打ち込まれる。打ち込まれた分子・原子は荷電粒子だから、ローレンツ力を受けて円弧を描くわけだが、この円弧の大きさはその粒子の重さ……つまり原子量・分子量……によって変わってくる。ある円弧を描いた粒子が何個あるかをカウントして、粒子の構成を決定するわけだ。

何が言いたいのか、というと、この質量分析器というのは、極めて高い感度で物質の存在を知ることができる、ということだ。なにせ、個数をカウントしているんだから、こんな高感度な測定法はそうはない。これで、ある物質の存在が検出された、ということと、その物質が意味を持つ濃度で分布している状態、との間には、実はかなり大きな開きがあるのだ。

もちろん、燃料棒やペレットが破壊されたことを検出する、という上では、このような高感度での測定は非常に重要である。しかし、マスで Cs が検出されたからと言って、すぐに健康被害がどうのこうの、というのは、ちょっと主張に隔りが大き過ぎると思う。もちろん、予防的な意味を込めて、安全マージンは最大限確保されるべきである、という前提があるならば、この結果はその文脈上で重く受け止められるべきだろうけれど、Cs 検出→メルトダウンだぁ〜、というのは、逆にあまりに無責任に過ぎると思う。

実は、炉心溶融に関しては、今炉心露出が問題になっている3号炉の方がはるかに深刻である。3号炉は、いわゆるプルサーマル炉で、MOx(ウラン・プルトニウム混合酸化物)を燃料として入れている。MOx はウラン酸化物のみの燃料と比較して、こういうときの正の反応性が強い、という話があるので、炉心溶融が起こった場合にどう波及するのか、という意味での危険性は、3号炉の方が圧倒的に高いのである。

次に、被爆に関してだけど、これはおそらく、建屋内に存在していた放射性物質の微粒子が水素爆発で飛散して、それが被爆者に付着したものだと思われる。携帯用のカウンターでひっかかる程度の線量が検出されているならば、速やかな除染が必要である……ところで皆さん、除染ってどうするか、知ってますか?

除染というのは、付着した放射性物質を除去するわけだけど、それは僕等がものの汚れを除去するときにすることと全く同じである……つまり、洗う、拭く、である。今回の場合は、被爆者の衣服は全て廃棄、排水を捕集できる設備でシャワーを浴び、全身をがっつり洗う→カウンターでチェック→まだ検出されるならまた洗う……の繰り返し、ということになる。もちろん、ここで言う廃棄、というのは、低レベル核廃棄物として処理する、ということである。

こういう措置をして、あとはヨードを飲ませ、経過観察をする。ヨードは飲み過ぎると深刻な健康被害につながるので、医師の監督下で飲ませることが重要である。

ちょっと引っかかっているのが、昨夜寝る前に聞いた、被爆者からの検出カウント数が結構高かったことである。爆発で飛び出した粒子を、おそらくかなりがっつりと浴びてしまったのだと思うけれど、あれは緊急措置として病院のシャワーで除染をすべきだったと思う。排水は厳密な意味では低レベル核廃棄物の扱いになるが、濃度の問題を考えた場合、緊急措置の方を優先しても問題ないレベルだったと思われるので。

さて……で、だ。メディアがどういうわけかどこも書かない、言わないことが、ひとつあるのだ。それは、1号炉の炉内に海水を注入していることに関して、である。

僕は KUR を、超高感度の分析に使用していた。これは「放射化分析」と呼ばれるもので、試料を炉内に保持して中性子線に暴露し、放射化(核変換によって放射性同位元素にする)した後に取り出して、発生するγ線のスペクトルから、目的の元素の濃度を決定する、というものである。この分析の際に、試料(本当にハナクソ位小さな試料でいい)はポリエチレンの袋に入れて、圧搾ガスで炉の内外でカプセルをやりとりできる仕組みを利用して炉に出し入れする。出してしばらくの間は、短い寿命の核種がかなりキツいγ線を出すので、ちょっと「冷まして」から測定を行うのだけど、もう大丈夫かなあ、と、鉛レンガの中に置いておいた試料にカウンターを向けたら、針が「カツン」(本当にこういう音がした)と振り切れて腰が抜けそうになったことがあった。

何故こんなことが起きたか、というと、何処ぞの学生クンが、たまたまその辺(といっても秤量用の精密天秤の横なのだけど)にあった試料収納用のポリエチレンの袋に、素手で触れてしまっていたらしい。それを知らずに、僕は試料を入れて炉内に投入したわけだが、このときに、袋に僅かに付いていたその何処ぞの学生クンの手の脂も放射化したわけだ。手の脂には塩分、つまり塩化ナトリウムが含まれているわけだが、このナトリウムが問題だったのだ。

ナトリウムの原子量は通常23であるが、このナトリウムに中性子をひとつ与えると、24Na という核種に核変換する。この 24Na は、十数時間の半減期で崩壊するのだが、その際にエゲツない程のγ線を出してくれる。それが、僕が腰を抜かさんばかりにびっくりさせられた線量の理由だったのだ。

まあ、僕の話が信用できない、という方は、JCO の臨界事故の被害者のことを思い出していただければいい。被爆線量の決定は、血中の24Na 量を測定することで行われたし、被爆後に輸血や皮膚移植をしても定着しなかった原因のひとつに、体内の Na が24Na に核変換されていた結果、後から導入した細胞の DNA が損傷を受けたからだろう、とも言われているのだ。

こんなことを書くと「高速増殖炉でもナトリウムを使っているじゃないか!」とか見当外れのことを言って絡んでくる馬鹿がいそうだから書いておくけれど、高速増殖炉でナトリウムを冷却材に使うのは、高速中性子を減速させないためであって、放射線をあてても安全だから、ではない。

さて。海水には3パーセントの塩化ナトリウムが含まれているわけだが、今あの原発では、その海水を炉内に注入しているのだ。反応容器に十分ホウ酸水などが入れられたその上でのことならば問題は小さいと思うけれど、僕にしてみたら、原子炉にナトリウム入りの水を入れるなんて、これはもう気違い沙汰だと思う。水はどの道何年も抜けないんだから、程なく冷める24Naの問題より、今現在の冷却の方が何より優先されるのだ……という考えなら、それはそれで構わないけれど、でも冷めないうちに海水が漏洩したら、これはちょっと考えるだけでも恐ろしい。

まあ、マスコミが言わない恐ろしい話、ってのがあるんだ、と信じて疑わない人に限って、どうでもいいことに拘泥しているのが滑稽なのだけれど、どうしてこういう話は誰もしないんだろうなあ。なんだかねえ。

福島第一原発で何が起きているのか

流言蜚語とはよくも言ったもので、特に Twitter を中心として、無責任な話が飛び交っている。情報社会だ、と言うならば、一番そこで求められるべきはその情報を吟味する能力のはずなのだけど、どうもその辺は、テクノロジー程には進歩していないようだ。

特に目につくのが、福島第一原子力発電所に関するものだ。ECCS が壊れているからメルトダウンするかもしれない、放射能漏れが深刻だ……等々。まあ僕は原子力工学が専門ではないんだけど、自然科学の関係者ということで、現状に関してここに書いておきたいと思う。

まず、福島第一原子力発電所について、だが、PC 等で web を見られる方はWikipedia のエントリ「福島第一原子力発電所」を御一読いただきたい。ここを見るとはっきり書いてあるのだが、この発電所で稼動している原子炉は全て「沸騰水型軽水炉」と書かれている。

ご存知ない方のために解説をしておくけれど、日本の営業運転している原子炉の形式は、沸騰水型軽水炉 (Boiling Water Reactor, BWR) と加圧水型原子炉 (Pressured Water Reactor, PWR) に分けられる。BWR は、誤解を恐れずに単純に説明するなら、1次冷却水の中に原子炉を漬けて、直接1次冷却水を沸かして蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回して発電する。タービンを通った1次冷却水の蒸気は、2次冷却水で冷やされて水に戻り、循環する。これに対して、PWR では、1次冷却水は加圧されており、1気圧では水蒸気になってしまうような温度でも液体のまま、原子炉で熱せられる。熱された1次冷却水は蒸気発生器で2次冷却水と配管壁越しに接触し、ここで2次冷却水が蒸気となり、タービンに送られる。緊急時には、どちらの形式の炉の場合も制御棒を押し込んで中性子を捕捉し、ECCS(Emergency Core Cooling System, 緊急炉心冷却装置)が作動、炉心を水浸しにすることで冷却し、原子炉を止める仕組みになっている。

さて。では今、福島第一原発で何が起きているのか、というと、この ECCS が作動しない、という状態になっているわけだ。ECCS を駆動するための電力を供給する非常用のディーゼル発電機が動かず、原子炉を停止したために他の冷却ポンプも十分に動かすことができない。まあそういう状態なわけだ。で……これを聞いて、スリーマイル島の原発事故を思い出された方々が、メルトダウンメルトダウンと騒いでいるようなのである。しかし、ちょっと待っていただきたい。スリーマイル島の原発は PWR で、今回の福島第一原発は BWR である。

スリーマイル島で何が起きたかを簡単に説明すると、あの事故のときはまず2次冷却水が止まってしまった。そのために1次冷却水の圧力が上がって、圧力逃がし弁が開いて1次冷却水が失われた。あのときタチが悪かったのは、圧力が低下してもこの逃がし弁が開きっぱなしになってしまったことである。この状態になると、PWR の場合、1次冷却水の圧力が下がった結果、沸騰しないはずの1次冷却水が沸騰してしまう。沸騰すると、冷却水中は泡だらけになるので、1次冷却水の水位が分からなくなってしまう。スリーマイル島の場合は、このために作業員が1次冷却水が過剰になっていると判断し、頼みの綱の ECCS を止めてしまったのである。この結果、炉心の 2/3 が露出する、という、まずありえない(と言うより、あってはならない)事態になってしまい、その結果ああいう事故に至ったのである。

今回の福島第一原発の場合は BWR で、もともと1次冷却水の圧力はそう無茶苦茶に高いわけではない(とは言っても数気圧はあるのだが)。今回も、炉内の水位は正確に把握されているし、もちろんまだ炉心が露出するような事態には至っていない。蒸気圧が上がってきた場合、その蒸気圧を利用して炉心水位を保つ仕組みもあるらしく、まだ炉心上端から3メートル程度のところに水位は維持されているらしい(正常稼動時には6メートル近く)。

今回、放射線レベルが上昇しているのは、1次冷却水の圧力が上がったので、圧力逃がし弁を開けたためであるが、PWR の場合と違い、そう無茶苦茶な圧力がかかっているわけではない(というより、構造的にかけられない……だから逃がし弁を開いたのだ)し、減圧時に激しい沸騰に至るわけでもない。あと数日、何の対策も講じられないならかなり危機的な状況だろうとは思うが、少なくとも、スリーマイル島のときの状況とは比較にならない程、現状での安全レベルは高い。

とにかく、外部電源を何とか接続して、ECCS 以外の系統の冷却水循環ポンプを作動させて、炉心水位を上昇させ、1次冷却水の温度を下げることが、現在の急務である。今日の午後には、東電は電力供給をし切れなくなるとの予想が既に出ているので、今日の午前中に、この電源供給がなされることを、今は祈るしかない。

地震

名古屋で、人にゆっくり揺さぶられるかのような揺れを感じた。結構な揺れ幅だ。ガス器具を止めて、入口のドアを開放して脱出経路を確保する。

テレビを観て、あまりの惨状に、ただただ絶句する。水戸は、両親は、無事なのだろうか。定期的に回線の様子をうかがう。水戸は震度6弱だというのに、災害時の連絡サービスである 171 が使えない!どういうことよこれは?

父とは何とか携帯で連絡ができた。水戸駅付近にいたらしいが、無事だとのこと。東武館のK先生も無事とのこと。しかし母と連絡がとれない。こういうときは、情報弱者という言葉が頭に浮かぶ。くそ。

先日の宮城の地震が、宮城県沖地震よりもプレート境界に近いところが震源だった、という話を聞いて、厭な予感がしていたのだ。東海地震が来るんじゃないのか、などと言っていたのだが、まさか宮城、そして茨城沖だとは!とにかく、母と連絡を試みている。

夕刻、ようやく母と電話が繋がった。家も水道・電気が止まっていること以外は大丈夫だとのこと。父は水戸東武館の割れたガラスの片付けに行ったとのこと。東武館は純然たる日本建築だし、屋根も瓦をしっかり漆喰で留めてあるので、こういうときはむしろ強いということか。しかし両親共、怖い位冷静である。

ebb と extractbb

最近、pTeX で画像を貼る必要があって、久しぶりに dvipdfmx で graphicx を使って \includegraphics で画像を貼り込もうとしたら、どうもおかしい。画像の位置や大きさが無茶苦茶になるのである。最初のうちは(TeX をなまじ使い慣れている弊害だが)ad hoc に誤魔化していたのだが、どうにも我慢し切れなくなった。

graphicx の \includegraphics では、画像の大きさを検出するのに、バウンディングボックスの情報を要求する。EPS ファイルとかならばそのファイル自体にバウンディングボックスの記述があるからいいのだが、それ以外の画像ファイルの場合は、別途この情報を用意しておく必要がある。従来だったら、

ebb foo.jpg
などとやって foo.bb を生成して、その中のバウンディングボックスの値を写しておけばよかった。TeX document 中に明示的に書いていない場合は、LaTeX のシステムが foo.bb を読みに行くわけだ。

しかし、どうもおかしい。foo.bb のバウンディングボックスを丸写しにしても、どうしても画像がとんでもない位置に行く。おっかしーなー、他にバウンディングボックスを生成するコマンドあったっけー、などと探しつつ、TeX document 内のバウンディングボックスの値をわざと消去してみたら、

! LaTeX Error: File `foo.xbb' not found. Use -shell-escape option to generate automatically.
ん?xbb?あれれ?これかいな原因は。

うーん、このxbbという形式のファイルはどう出力されるんだろう、と思いつつ、man ebb としてみると、DESCRIPTION にちゃんと書いてあるではないか。

For each JPEG, PNG, or PDF file given on the command line, extractbb extracts the bounding box information and writes it into a file with extension .xbb, together with some header information. These files can then be used by dvipdfmx or other programs. For PDF files, the number of pages and the PDF version number are reported as well. The input filename extension may be in upper or lower case.

If called as ebb, the output is written in the ``bb'' format (and with extension .bb) as used by dvipdfm. Xbb may be defined as a synomym for extractbb on your system.

480×562ピクセルの JPEG ファイルに対して生成した bb ファイルと xbb ファイルの例を以下に示す:

foo.bb

%%Title: ./foo.jpg
%%Creator: extractbb 20090708
%%BoundingBox: 0 0 346 405
%%CreationDate: Thu Mar 10 18:46:22 2011

foo.xbb

%%Title: ./foo.jpg
%%Creator: extractbb 20090708
%%BoundingBox: 0 0 98 115
%%HiResBoundingBox: 0.000000 0.000000 98.181818 114.954545
%%CreationDate: Thu Mar 10 18:27:38 2011

というわけで、バウンディングボックスの値が全然違うのである。そりゃあ画像がおかしくなるはずだ。というわけで、pTeXLive で graphicx + \includegraphics で EPS 以外の画像ファイルを貼り込む方は、ebb コマンドではなく extractbb コマンドを用いて xbb 形式のファイルを生成しないと、こういうことになるのでご注意を。

swap out

今使っている shannon には、大分前にメモリを増設してある。現在のメモリは 4 G だ。購入後間もなくメモリを増設して、Microsoft Windows も 64 bit 版に変更した。勿論、Linux の方は最初っから AMD64 native である。

これだけメモリを載せていると、普段使用していてメモリが足りなくなることはまずないといっていい。ちょっと前まで、ちょっとケチってメモリと同じ大きさの swap partition を用意していたのだが、メモリの内容をこの swap partition に書き出す(swap out)ような事態に見舞われたことはなかった。僕が Linux を使い始めた頃……まだ Windows 95 が登場する前で、メモリが 8 M か 16 M か、とか言っていた頃だ……には、swap は実メモリの2倍を目安にして、というのが常識だったのだけど、今はそんなことを言う人はとんとお目にかからない。そりゃ、いくら Linux が昔より肥大化したとは言っても、メモリが昔の 1000 倍(妙なツッコミをされそうなので書いておくけれど、メモリや HDD の容量表示は 1000 が基準で、 1 G バイトは 1000 M バイトである)位に増大しているんだから、swap は確実にその重要性を失いつつあるのだ。

とは言え、いわゆる memory eater みたいなソフトがないわけでもない。今回問題になったのは Google Chrome なのだけど、この便利で速くて、でもメモリをかなり食うことのあるブラウザで、flash の表示がおかしくなった。たまたま調べものをしているところで、結構な数のタブが開いてあったのだけど、これが妙に重くなってきて、あれれ?と思ったら、一時的にキー入力を受けつけない状態になった。最近 SSD ユーザが言う「プチフリ」が発生したわけだけど、どうしたのかと思ってシステムモニタ(僕は XFCE4 上で CPU・メモリ・HDD のモニタを常駐させている)を見ると……おー、4 G 食いつぶして swap out してるじゃん!いやー、このシステム構成にしてから、初めての事態である。shell から Chrome のプロセスを手動で kill して事無きを得たが、まー Debian GNU/Linux sid 上で unstable な Chrome を使っていても、こんなことにお目にかかることになるとは思わなかった。

先日の HDD 換装に伴って、swap partition の大きさをメモリの倍に設定した(なにせ HDD が巨大になったしね)のだけど、これもこういうトラブル発生時には無駄ではないのかもしれない、などと思わされた事件であった。

論理的思考力、ねえ。

最近、日本人の論理的思考力が落ちている、ということがしきりに言われている。僕は最初のうち「いやぁそんなことないんじゃないの」と思っていたのだけど、小中学生で、論理的思考を問われる問題が出ると、教科の別なくお手あげだ、という子が結構な割合でいるらしい。

うーん、たとえば、こんな問題が出たら、解けなかったりするのだろうか。

ここに27個の小球がある。27個は全て同じ外形で区別がつかないが、ひとつだけ重さの違うものが混じっている。天秤を3回だけ使って、重さの違う小球を選別する手順を示せ。
これって、小球の数が9個、ということでよく出てくるらしいけれど、12個でも13個でも15個でも21個でも、そして27個でも解けるはず、なんだよなあ。何故9個なのかしらん。

ちなみに(書く必要性をあまり感じないのだけど)一応解を書いておく。

まず、27個の小球を、小球9個からなる集合 A, B, C に分割する。天秤に A と B を載せた(1回目)とき、天秤の下がった方の集合に重い小球がある。つりあったときは C に重い小球がある。

次に、重い小球の含まれる集合を、小球3個からなる集合 D, E, F に分割し、D と E を天秤に載せる(2回目)。天秤の下がった方の集合に重い小球がある。つりあったときは F が重い小球である。

次に、重い小球が含まれる集合の小球 G, H, I から G と H を取り、天秤に載せる(3回目)、天秤が下がった方が重い。もしつりあった場合は I が重い小球である。

機械翻訳という幻想

僕は、現役時代は京大志望だった(ただし、高校在学中は成績がさっぱりで、僕の学力はその大半が浪人時代に培われたものだったのだけど)ので、京大の入試過去問というのは、入手できる範囲内で全て解いた。当然、駿台などの模擬試験でもガシガシ解いていた。だから分かるのだけど、今回摘発された浪人生の不正が表向き発覚しなかったとしても、あの学生は京大には合格できなかった。これは推論ではなく、事実として断言できる。

彼の質問はまだ保存されている。以下にリンクを示す:
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1256314487

楽しいはずの海外旅行にもトラブルはつきものだ。たとえば、 悪天候や自然災害によって飛行機が欠航し、海外での滞在を延ばさなければならないことはさほど珍しいことではない。いかなる場合でも重要なのは、冷静に状況を判断し、当該地域についての知識や情報、さらに外国語運用能力を駆使しながら、目の前の問題を解決しようとする態度である。
これに対して、浪人生がベスト・アンサーを付けた解答がこうだ。

Problems should be fun to travel abroad is inseparable. For example, a canceled flight, weather and natural disasters that have extended stay abroad is not so uncommon. In any case important to calm the situation, knowledge and information about the area, while making full use of foreign language proficiency in addition, is the attitude of trying to solve the problem before him.

こんな感じでどうでしょうか?

直訳すぎたかな?

まあ、少しでも英語を読み書きしている人間なら、これを見て「あ〜」と声をあげて「イテーなぁ」という顔をするだろう。どういうことかは、この文章を google 翻訳にかけてみるとすぐに分かる。
Problems should be fun to travel abroad is inseparable. For example, bad weather and natural disasters, canceled flight, you have to stay abroad 延Basanakere it is not so uncommon. In any case important to calm the situation, knowledge and information about the area, while making full use of foreign language proficiency in addition, is the attitude of trying to solve the problem before him.
上記強調部が先の訳と全く同じであることがお分かりだろうか?google 翻訳では「延ばさなければ」という部分を翻訳できていないわけだが、そこを含めてちょろちょろっと直しただけで答えているのが明白である。しかし、だ。"Problems should be fun to travel abroad is inseparable." って何よ?こんな文章、英語を使う人間だったらまず書かないと思うんだけど。

「楽しいはずの海外旅行にもトラブルはつきものだ。」という文章を英語に直すとき、このままの構造で英語に無理矢理直してもニュアンスは伝わらない。まずこの文章を、英語の文法にフィットするかたちに書き換える必要がある。たとえば「海外旅行は楽しいものだけど、しばしば旅行中にトラブルが発生することがある」というように、だ。こうすると、たとえば "Overseas trip must be fun though we often meet with trouble during that." とか書くことになるんだろう。「つきもの」にどうしても拘るなら、inevitably とか使う、ということになるんだろうけど、海外旅行で何が何でもトラブるわけではないんだから、僕なら inevitably とか使うことはないだろう(あえて、と言われたら frequently かなあ)。

そもそも「機械翻訳」というものが、これ程までに過信されているのか、と考えると、実に恐ろしい。なぜこんなことを断定的に言えるか、というと、僕等の業界関連団体のひとつである科学技術振興事業団(JST)・情報事業本部(かつての JICST)では、以前から文献情報速報を機械翻訳で生成する試みをやっていて、ようやく最近は使いものになる出力を出せているのだけど、それだって「あーはいはい機械翻訳だからねえ」と呟きつつ読むような代物であることを、よーく知っているからだ。そもそも、コンピュータを使っている人々の間では、もともと翻訳ソフトというのは「パーティーグッズ」扱いだった。たまに見かけると、人工無脳みたいな出力を出す文章を探しては皆でネタにする、そういう代物である。

で、僕が今回許し難いと考えるのは、そんな訳を Yahoo!知恵袋で求めた浪人生ではない。その質問に答えたdestination_kly_everなる人物をはじめとする、このような無責任、かついい加減な回答をした人々である。テレビに出て「こちらがまじめに答えているのに」というようなことを、一体どの口が言えるのか。中一から英語をやり直していただきたい。他人にいい加減なことを教えて調子に乗るのもたいがいにしていただきたい。

xindy 再びコンパイルできず

pTeXLive をインストールして、ようやく書きものの環境が整ったわけだけど、このインストールに際して、ひとつ気になる問題が発生している。xindy の make ができなくなっているのだ。

もともと僕は xindy は使わないので、現時点では make するユーティリティのリストから外して対応しているのだけど、xindy の make に必要な clisp 等をちゃんと入れても、どうにも xindy のコンパイルで止まってしまう。

前回通らなかったときには ordrulei.c のコンパイルで引っかかっていて、これの対策用に patch を作成してある。しかし今回引っかかっているところはこれとは異なっていて、どうも clisp で解釈されている LISP ソースのエラーのようなのである。うーん、僕は Lisp は専門外なんだけどなあ。今日中にまたコンパイルしてみて、エラーメッセージを詳細にチェックする予定。

復活(?)

どうにかこうにか復活か、という感じである。

HDD が巨大(と言ってもこの時代では並かそれ以下なのだけど)になったので、手持ちの Windows Vista 64 bit も問題なく入るかなあ……と思っていたら、甘かった。sp2 のパッチが当てられないのだ。どうして?と思って調べたら、KB972036 を適用してあると、sp2 をインストールできない、というではないか!勝手に update で入れてきやがる癖して、どういうことよ?などと怒ってもどうしようもない。それは Microsoft だからです、で皆納得してしまうんだからなあ。

Linux の方もちょっと難儀だった。最新の NetInst image でインストールができないのだ。しかし「名刺サイズの CD image」だと何故かインストールできるんだから、もう何が何だか……という感じである。

で、細々したものを揃えていたら、skkinput のパッケージが消えてなくなっている。wheezy のを入れようとしたら、これもパッケージがない。仕方がないので squeeze のを入れたのだけど、これぁいずれは自家用のパッケージを作るしかないのだろうか。やれやれ。

で、この時間、疲れ果てて Emacs を build しようとしたら Emacs Lisp のエラーで make が中断する……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!やっとれん!

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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