初めて言った

今日、ある意味で画期的な発言があった。菅直人首相が、初めて自らの口で退陣の意向を明言したのである。

菅首相、退陣を明言

これまで辞任などの言葉を使わなかった菅総理が、ついに退陣を明言しました。退陣条件となっていた特例公債法案と再生可能エネルギー法案の今月中の成立に見通しがついたことを受けたもので、民主党内の関心は代表選に移っています。

「私自身が内閣総理大臣として身を処すことが当然必要になる。新しい代表が選ばれたときには、私の総理という職も辞するという、そして新たな総理を選んでいただくと」(菅首相)

これまで「辞任」という言葉を使わなかった菅総理。10日の委員会では、退陣条件の2つの法案が成立したときには、速やかに民主党の代表選挙の準備に入らなければならないとした上で、「身を処す」「職を辞する」などの言葉を使い、ようやく退陣を明言しました。

特例公債法案は民主党などの賛成多数で、10日夕方、委員会で可決。11日の本会議で衆議院を通過する見込みです。

残るもう一つの退陣条件である再生可能エネルギー法案についても、民主・自民の参院国対幹部の間で26日までの成立を目指すことで合意し、修正案の民・自・公3党の協議も10日、始まりました。

総理退陣の環境整備が事実上整い、民主党内の関心は代表選に移り始めました。代表選の日程について執行部は、今月末を軸に実施する方向で調整を始めています。

こうした中、「菅降ろし」の旗振り役を担ってきた小沢元代表が、党所属議員およそ140名を集め勉強会を開きました。

「本当に2年前に民主党が唱えた国民主導の政治、政治主導の政治なのだろうかという疑問が問いかけられているのではないかというふうに思っております」(民主党 小沢一郎元代表)

10日は、菅政権への批判や代表選に向けた自身の考えなどには一切触れなかった小沢氏、しかし、今後も定期的にこの勉強会を開いていきたいとしており、代表選に向けた布石の一つと捉えることができます。

菅総理の月内退陣が現実味を増す中、お盆明けにも代表選をにらんだ動きが活発化しそうです。

(10日16:54, TBS News i

上引用元の動画を見てもらえればお分かりかと思うけれど、おそらく初めて、菅直人は自らの口から「総理という職も辞する」と明言したのである。

これには実は伏線がある。午前中に開かれた衆院決算行政監視委員会中、公明党の東順治議員の質問における、

「……やはり、国民の前でですね、そろそろ明言をなさった方がいい。このように思いますがいかがですか」

という問に対して、それらしいニュアンスのことを発言していたのだ。

首相、退陣の意向明言 「2法案の成立時に実行」民主、28日代表選へ準備

2011/8/10 13:30

菅直人首相は10日、自らの退陣条件に掲げていた赤字国債発行法案と再生エネルギー特別措置法案が今月下旬に成立するのにあわせて、退陣する意向を固めた。同日午前の衆院決算行政監視委員会で「2法案が成立したときには私の言葉をきちんと実行に移したい」と明言した。民主、自民両党は10日の参院国会対策委員長会談で2法案を26日までに成立させる方針で一致。民主党は後任を選ぶ代表選を28日にも実施する方向で準備を進めた。

首相は午前の決算行政委で「やるべきことはやっているという意味で残念とか悔しいという思いはない」と述べた。首相(総理)と民主党代表を別の人が担う「総代分離論」は「こちらは譲るがこちらは譲らないということはない」と否定。民主党代表選や首相指名選挙の日取りは「私の方から日程的なことを申し上げるのはあまり適切ではない」と言及を避けた。

退陣条件の一つである赤字国債発行法案については、10日午後の衆院財務金融委員会で与党と自民、公明両党などの賛成多数で可決。11日に衆院を通過する見通しだ。

自民党の脇雅史参院国対委員長は10日午前の党参院議員総会で「参院に送られれば粛々と処理する」と強調。その後、民主党の羽田雄一郎参院国対委員長と会い、19日の参院審議入りで一致した。24日にも成立する公算が大きくなった。

もう一つの再生エネルギー特措法案を巡っては、自民党が10日午前の総合エネルギー政策特命委員会で修正要求案を取りまとめた。政府のエネルギー基本計画の見直し結果などを踏まえ、3年後の抜本的な見直しなどを盛り込んでいる。

民自公3党は10日午後の政調会長会談で、修正協議に入ることを確認する。複数の民自幹部は、修正合意を経て26日には成立するとの見通しを示した。民主党は修正要求に柔軟に応じ週内の衆院通過をめざしている。

2法案の処理が円滑に進めば、31日までの今国会中に民主党代表選を経て新首相が選出される。28日に両院議員総会を開いて新代表を選ぶ案が出ている。ただ、2法案の成立時期が会期末近くにずれ込めば改めての退陣表明にとどまり、新首相の選出は次の臨時国会になる可能性もある。

枝野幸男官房長官は10日午前の記者会見で「首相が説明してきたことがスムーズに実現されるよう、内閣としても官房長官としても努力したい」と述べ、首相の月内退陣に向けた環境整備を進めたい考えを示した。

(日本経済新聞)

この記事に添付された動画を観ると、この時点では「辞める」という言葉は一回も登場していない。日経はこの時点で「辞意」という報道をしたわけだけど、我々は以下の事件を忘れてはならない:

退陣という言葉を私自身は使ったことはない=菅首相

2011年 07月 6日 10:50 JST

[東京 6日 ロイター] 菅直人首相は6日午前の衆院予算委員会で、自身の進退問題について「(首相を)辞める、退陣するという言葉を私自身、使ったことはない」と述べた。

その上で、2011年度第2次補正予算案、公債特例法案、再生可能エネルギー法案の成立を「一定のめど」として「若い方に責任を譲りたい。それまでは頑張らせていただきたい、と申し上げている」と語った。自民党の石破茂政調会長に対する答弁。

そういう意味において、今回の菅直人の発言は、「辞意」と本人の口で明言したという意味で、まさに画期的なのだ。この発言に関して、我々ははっきり記憶しておく必要があるだろう。

薄ら寒い (3)

『薄ら寒い (2)』で僕は、

……うーむ、技術的な問題ではなくて、これはやはり倫理的な問題だよなあ。
と書き、sebe さんはコメントで、
放送事故の改善と、テロップの内容は別問題だと、誰もが言っているのに・・・
と書かれている。おそらく、皆さんの大多数が引っかかっているのは、このことなのではないだろうか。

セシウムさんの東海テレビ、CM打ち切り続々

東海テレビ放送(名古屋市)の情報番組「ぴーかんテレビ」で、岩手県産米のプレゼント当選者について「怪しいお米 セシウムさん」などと不適切なテロップが流れた問題で、子供服メーカーのミキハウス(大阪府八尾市)がすでに同番組へのCM提供を打ち切り、愛知県護国神社(名古屋市)もスポンサーから降りる方針を決めたことが8日、分かった。

ほかに少なくとも4社が同番組へのCM提供を当面、休止することを決定。東海テレビへのCM休止の動きはこれまで農協関連団体に出ていたが、民間企業にも拡大した形だ。

東海テレビは、問題が起きた翌日の5日から、「ぴーかんテレビ」の放映を見合わせ、アニメの再放送などを流している。東海テレビは同番組のスポンサーのリストを公表していないが、ミキハウスは毎週金曜にCM提供してきたことを認め、「打ち切りは問題の発生当日に即断し、謝罪に来た局担当者に強く抗議して伝えた」としている。

7月からCMを提供していた愛知県護国神社の臼井貞光宮司も読売新聞の取材に、「番組が再開されても協力はできない」と語った。

当面休止を決めたのは製パン大手のフジパン(名古屋市)、流通大手イオン(千葉市)、和菓子店の川上屋(岐阜県中津川市)など。フジパンは5日からCM提供を休止しており、イオンは9日から見合わせる。フジパンは「視聴者から厳しい意見が相次ぎ、CM提供を続ければ企業イメージを害する」と懸念を示した。

10年以上にわたってスポンサーとなり、番組に視聴者プレゼントも提供してきた川上屋の原善一郎社長は「CMを続ければ我々も批判の標的になる」と話した。

(2011年8月9日09時22分 読売新聞)

こういう事態になって、尚、東海テレビが事の本質を捉えられていないのだとしたら、このまま事態は悪化の一途を辿りかねない。実に憂慮すべきことである。

東海テレビの関係者は、こうは考えないのだろうか。もしあのテロップが違う画像だったとしたらどうなのか、と。二十数秒間出てしまったとしても、たとえばあのフリップに文字が打ち込まれていなければ、こんな騒ぎになる筈がない。東海テレビも、あの番組のスポンサーも、特にどうこう言うこともなく、事はそれで終わっていただろう。放送事故として、画像が二十数秒映り込んだことに関しては、誰も腹など立ててはいないのである。

では、何に皆腹を立てているのか。今更書くまでもないことだけど、報道とか、今回の情報番組のようなコンテンツの制作現場で実務に携わっている人、そしてその集合体としての組織において、「セシウムさん」的なことを書いて嘲笑っているような意識がまかり通っている、ということに、である。

だったら、東海テレビは何をすべきなのか。危機管理上……東海テレビの使っている term で言うなら「コンプライアンス上」……これは重要である。まあ、こういうときは、まず頭を下げなければならない。そして、自分達の何が悪かったのか、を示さなければならない。糾弾される前に自己批判すれば、延焼は最小限に食い止められるのだ。しかし……東海テレビは、今に至るまで尚、こんなことにすら気付いていないらしい。いや、気付いているのかもしれないけれど、有効な行動ができないらしい。そんな間にも、どんどんスポンサーは離れているわけで、こういうときに行動しない、ということは、組織の維持という観点に固執しているなら尚更、許されないことのはずなのだが。

薄ら寒い (2)

不適切テロップ『「訂正」局内で2度放置』東海テレビが特別番組 経緯報告、社長陳謝

東海テレビ放送(名古屋市東区)が情報番組「ぴーかんテレビ」で「怪しいお米 セシウムさん」などの不適切なテロップを流した問題で同社は五日夕、特別番組を放送し、冒頭、浅野せき社長が「極めて不適切な放送をし岩手県、福島県をはじめ多くの方にご迷惑をおかけした」と陳謝した。管理体制が整うまで番組を休止し、後日、検証番組を放送する。

夕方のニュースを短縮し、アナウンサーが問題の経緯を約十五分間、報告した。テロップはCG制作会社の五十代男性が「ふざけ心」で作成。テロップを流すタイミングを管理する番組スタッフが「不謹慎な言葉」に気付き、放送前日の三日と当日の四日、二度にわたって訂正を要請したが放置された。さらに、通常は上司が点検できるようにCGを印刷することになっているが、スタッフはこれを怠り、誤った操作も重なって番組で流れた。

特番でアナウンサーは「風評被害を食い止めるべく細心の注意を払って放送に臨むべき私たちが、岩手産の米が安全ではないと誤解を招きかねない放送をした。重く受け止め深く反省している」とあらためて謝罪した。

同社は五日午前の同番組を休止し、放送時間帯の冒頭に番組のキャスターが経過などを報告。同放送の祖父江伸二常務らは、岩手県庁やJA岩手県中央会を訪れ謝罪した。同社には苦情や問い合わせなどの電話が、同日午後九時までに四百二十五件寄せられた。

JA CM取りやめ

JA全中(全国農協中央会)は五日、スポンサーとして番組提供しているフジ系全国ネット「にじいろジーン」(土曜午前八時三十分)の六日放送分で、画面上から提供者名の表示を外すことを決めた。系列の東海テレビの放送では、JA全中のCMをACジャパンのCMに差し替える。スポンサーの立場は続ける。十三日以降は未定。

JAバンクあいちはフジ系全国ネット「めざましテレビ」(月―金曜午前五時二十五分)の東海テレビ放送分で毎週水曜日に流していたスポットCMを八月いっぱいは取りやめると決めた。

(『中日新聞』2011年8月6日、元記事画像

……という記事が出た。なんと、事前にスタッフがこのことに気付いていて、「二度にわたって訂正を要請したが放置された」、というのだ。

この文章から想像すると、こんな感じであろうか……

水曜日。翌日の番組で流すテロップ用の画像ファイルをチェックしていた東海テレビ社員N氏は、フォルダ内に妙な画像ファイルがあるのを見つけた。この夏の東海テレビのキャンペーン「東海テレビ 主義る宣言」の一環で行っているプレゼント企画で、木曜の放送で抽選結果を発表する「岩手県産ひとめぼれ 10 kg 当選者」のフリップ用に作成した画像なのだが、画像の上から何か文字が書き込まれている。

番組で流れる画像管理は面倒だ。時間情報に従って、半自動でテレビの画像にインポーズされるから、その順序を整えておかなければならないし、もし使わない筈の画像があるならば、本番までに除去しておかなければならない。細々した業務で溢れそうになっているN氏の頭に、書かれた文字はスムースには入っていかない。N氏は目で文字を追いながら呟いた。

「怪しいお米……セシウムさん……汚染されたお米……セシウム……さん」

悪趣味な代物だ。当選者三名の住所と氏名を書くところ全てが埋められていて、しかも「怪しいお米」と「汚染されたお米」、微妙に言い方まで変えている。

誰が作ったのかは、疑問の余地がなかった。フリップやテロップの図案を作っているのは、外部から入っているCG制作会社のY氏だからだ。N氏は、Y氏がいつも端末を操作している部屋に内線電話をかけた。

「Yさん、番組用のフォルダに変な画像が入ってたけど」

と言うと、Y氏はヘラヘラと笑いながら、

「見た?いいでしょ、あれ。もうさ、どこもかしこも汚染されてて、当選者までセシウムさん、ってね」

いよいよ悪趣味だな、とN氏は眉をひそめた。Y氏のこの手の「仕込み」はいつものことで、時によっては、絶妙な毒の匙加減に思わず吹き出してしまうこともあったけれど、報道に携わるという意識において、N氏とY氏の間には決定的な溝があった。N氏の感覚では、こんなものを作る気にはなれないし、それ以前に、Y氏の「仕込み」には、何か己のストレスをこうやって発散させているような、心の厭な暗みを感じさせられた。

「駄目ですよ。ああいうのは自分の端末の上だけにして下さいよ」

と言うと、Y氏は、

「えー?今回はポイント高いと思ったんだけどなあ」

もしY氏が、同じ東海テレビの後輩格の社員であったなら、N氏は「さっさと消せ」と即座に命令できたかもしれない。しかし、出入りの別会社の社員で、自分よりも年長で、現場経験も長いY氏に対して、N氏はそこまで睨みを利かせることができずにいた。

「もしも、ということもあるんで、消しといて下さいね」

「はいはい」

N氏は、はい、は一回だろう、と口中で呟いた。そして、頭を振って、気分を変えようと、他の仕事に没入していった。

そして、放送当日。早朝にコーヒーを啜りながら、送出用のフォルダの中身をチェックしているN氏は、顔をしかめた。あのファイルがまだ入ったままだ。

コーヒーの紙コップを持ったまま、Y氏の居室に行こうと部屋を出たところに、Y氏が通りがかった。

「Yさん、昨日言ってたファイルの件だけど……」

「ああ、あれ?ごめんごめん、まだ消してなかったっけ。戻ったら消しとくよ」

そう言うと、Y氏は歩みを緩めることなく、そのままトイレの方に歩き去っていった。ったく、ちゃんとしない人だなあ……N氏は小声で呟いて、部屋に戻った。細かい仕事が、まだ山のように残っているのだ。もし何かあっても、まあ、俺のせいじゃないしな……そう呟いて、N氏はそれきり、他のことで頭を一杯にしてしまったのだ。

勿論、これはあくまで僕の想像に過ぎない。まあでも、実際にこういうことの起こってしまう背景というのは、こういう感じなんじゃなかろうか。

【後記】夕刻に放映されたという特別番組の内容にリンクしておく:

……うーむ、技術的な問題ではなくて、これはやはり倫理的な問題だよなあ。その点を、当事者は今一度深く認識する必要がある、と僕は思う。

薄ら寒い

既に皆さん、各メディアの報道等でご存知かとは思うけれど、東海テレビが放映している情報番組「ぴーかんテレビ」において、にわかには信じ難いような放送事故が発生した。同番組中、テレホンショッピングの「しあわせ通販」というコーナーにおいて、稲庭うどんの製品説明中に、「怪しいお米 セシウムさん」「汚染されたお米 セシウムさん」と書かれた、抽選の当選者発表の画面と思われるテロップが流れてしまったのである。その前後をまとめた動画を以下に示す:

もともと、問題になっているテロップは、フリップ(最近これを「フィリップ」とか書いているのを散見するけれど、これは英語の flip board に由来する言葉なんでしょ?何やねんフィリップって。人名か?)として使われているものと同一の画像に、コンピュータ上で住所・名前を打ち込んだものらしい。作成したのは50代の男性外部スタッフということである。

……まあ、僕は毎度毎度、愛知県の県民性に対して否定的なことを書いている。だから今回、罵倒し倒そうと思えば出来ないこともないのかもしれないけれど、そんなことは何の意味もないことだ。ここでは、僕の経験も交えて、今回の事件の底に流れる問題について指摘しておきたい。

僕が前の職場に居たときのこと。ある日、安全講習というのがあって、職場の管理職格が誰か一人参加しなけれならないことになっていたのだが、皆多忙(多忙?事務方のIとか、他にもTとか、何かプラップラしてたような記憶があるけどねえ……)とのことで、僕が出席するように、と言われたわけだ。ったく何だって……などとブツブツ言いながら会場に行くと、職場のオフィスが入っているビルの管理会社(僕の職場の親会社の子会社……まあイトコ会社だったわけだが)を中心として、結構な数の参加者が来ていた。へー、じゃあ何するのかね、と思いつつ待っていたら、職場の親会社からの出向者であるお偉いさんが、講師として演壇に立った。

で、やる気もないままに話を聞いていたのだが……この言葉に、思わず息が止まりそうになったのだった。

「まあ、東海地震だ、何だ、と言ってますけれど……まあ、どうせ、来ませんからねえ」

何を呆けたことを……と思った一瞬の後、会場中からゲラゲラと笑い声が上がったのだった。僕は「やってられるか!」と、そのまま席を立った。

これを読まれている方は皆ご存知だろうと思うけれど、阪神淡路大震災が発生したとき、僕は阪大の院生で、大阪の箕面に住んでいた。僕の住んでいたところは活断層のすぐ際にあって、家屋の破損こそほとんどなかったけれど、あの地震のことはもう一生忘れられそうにない。月に1、2回は震度3の地震が来る水戸で生まれ育ち、小学生のときにはビルの7階で宮城県沖地震に遭遇したこともある、地震にはある程度慣れていたこの僕ですらそうなのだ。

大阪で暮らすようになったとき「よかったね、あっちって地震とかないんでしょ」と言われたことが何度もあった。けれど、あの阪神淡路大震災の経験は、天災というものから、そう簡単に人が解放されることがない、という事実を、僕に思い知らせた。その事実の重みは、決して茶化したりできるようなものではない。あのときだって、実際に数千人の人が亡くなっている。僕もかつて講義を受けていた、隣の学科の教授も、倒壊した家の中で亡くなっているのを発見された。理不尽な運命、理不尽な死は、僕のすぐ隣に厳然として存在していたのだ。そういう重い事実を、僕はあの地震で学んだのだった。

しかし、愛知に居を移してから、僕は何かがおかしい、と思っていた。それに気付くのにそう時間はかからなかったけれど、要するに、「他人事ではない」という、過酷で理不尽な運命というものに対する畏怖の念が、どうもこの辺りの人々には極めて希薄なのだ。いや、皆が皆そうだ、と言うわけではない。しかし、特にトヨタ系の企業で見かける人々……地元大学を出て、愛知以外の土地のことをほとんど知らずに結婚して、家を買って、毎日をぬくぬくと暮らしている人々の中で、そういう畏怖の念というものを持っている人は、おそらくほとんど存在しないのではないだろうか。

過酷で理不尽な運命に対する畏怖の念を感じる、ということは、つまりはそういう運命に見舞われることが他人事ではない、と感じることで、だからそういうときには何も言わずに助け合えるように、それができないならせめて少しでも良い方向に向かうように、努め、祈念することに僕等を向けさせる。しかし、そういうものを持たない人々は、他者の不幸に対して悉く「他人事」だ。自分が良ければそれでいい……だから、たとえば平気で道に横一列で広がって闊歩したり、一時停止をせずにクルマの鼻先を横断歩道に捻じ込んでみたり、そしてそれを指摘されたときには、まるで頭の上に人工衛星でも落ちてきたかのような顔をしてみたりするのである。

今回の「セシウムさん」などというのは、まさに「他人事」と書いているようなものである。地震も、津波も、そして原発事故も、今の中部地域の生活には関係ない、他人事である、そう思っているからこそ、フリップにあんなことを書いてネタにしたりできるに違いないのだ。

今回のあのフリップは「リハーサル用」だった、と報道されている。では、あのフリップを、あの番組の出演者達はカメリハ等のときに目にしていたのだろうか。一緒にそれを見て笑っていたのだろうか。もしそうでないなら、そうでないとはっきりしていただきたいし、それをしないならば、そう思われても仕方がないと思う。Wikipedia の「ぴーかんロード」項中「現在の出演者」 によると、福島智之アナ、内田忠男氏(元日本テレビアメリカ支局長、現名古屋外大教授)、金子貴俊氏(隔週)、奥山佳恵氏(隔週)、高井一氏(東海テレビアナウンサー)、そして勅使河原由佳子アナ……この中に、今回出ておられない方もおられるかもしれないが、あのフリップを目にしていない方は一刻も早くその旨表明されるべきだろう。今回の、この薄ら寒い事件の責めは、おそらく皆さんが考えているのよりもかなり重いものだろうと思いますよ。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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