chkdsk /R C:

先日の Linux の再セットアップのときに、Windows のシステムが入っているパーティション(当然だが NTFS でフォーマットしてある)を少し拡げた。隣接している Linux 用のパーティションを少し削って Windows 領域の拡大にあてたのだ。ああ、ちなみに書き添えておくけれど、こういうことは別に売り物のソフトがなくても比較的簡単にできる。僕は GNU Parted を使っているけれど、他にも、かつての Partition Magic の作者が公開しているというふれこみの Partition Logic なんてのもあるので。

で、Windows を起動したら、ディスクに問題があるというメッセージが……あー、しまった。これぁインデックスに不具合が出たな。まあ当然と言えば当然で、ボリューム(UNIX 系のファイルシステム等におけるパーティションに相当)の大きさを大きくした影響がこういうかたちで出たわけだ。

通常は、起動時にこういうメッセージが出たら、システムの本体を読み込む前の段階でディスクチェックがかかるようになっているわけだけど、どういうわけか僕のシステムでは、このブート時のチェックが問答無用で「チェック拒否」を選択した状態になる。そのために、放っておくといつまで経ってもこのままである。

さすがにこれは気持ちが悪いので、Windows の DVD ディスクを出してきて、DVD からブートしてコマンドプロンプトから CHKDSK をかけることにする。えーと、CHKDSK のオプションは、と……:

ディスクをチェックし、現在の状態を表示します。


CHKDSK [ボリューム[[パス]ファイル名]]] [/F] [/V] [/R] [/X] [/I] [/C] [/L[:サイズ]] [/B]


ボリューム ドライブ文字 (文字の後にはコロンを付ける)、マウントポイント、
ボリューム名を指定します。
ファイル名 FAT/FAT32 のみ: 断片化をチェックするファイルを指定します。
/F ディスクのエラーを修復します。
/V FAT/FAT32: ディスクの全ファイルの完全なパスと名前を表示
します。
NTFS: クリーンアップ メッセージがあればそれも表示します。
/R 不良セクタを見つけて、読み取り可能な情報を回復します (/F も
暗黙的に指定されます)。
/L:サイズ NTFS のみ: 指定されたキロバイト数にログ ファイル サイズを
変更します。サイズが指定されていないときは、現在のサイズを
表示します。
/X 必要であれば、最初にボリュームを強制的にマウント解除します。
ボリュームに対して開かれているすべてのハンドルは、無効になり
ます (/F も暗黙的に指定されます)。
/I NTFS のみ: インデックス エントリのチェックを抑制して実行しま
す。
/C NTFS のみ: フォルダ構造内の周期的なチェックをスキップします。
/B NTFS のみ: ボリューム上の不良クラスタを再評価します (/R も
暗黙的に指定されます)。

/I または /C スイッチは、ボリュームの特定のチェックをスキップして、Chkdsk の
実行時間を短縮します。
こういう時位しかチェックしないので、/R を選択することにする。大体1時間ちょっとでチェックは終了し、あの鬱陶しいメッセージは出てこなくなった。

それにしても、NTFS のファイルシステムチェックが Linux 上からで出来ないのが苦痛だ。方法が皆無というわけではないのだけど、Windows のシステム領域のバックアップが取れるだけの容量が必要だったりして、僕は使っていない。早いところ ntfsck が安定して使えるようになれば良いのだが。

「まりん」、虐待、そしてエゴ

U は、しばらく前から1匹の猫を預かっている。この猫、名前を「まりん」と言う(本当は漢字で「真凛」と書くらしいのだけど、僕はそういう暴走族の落書きみたいな名前を自分のブログになんか書きたくはないのだ……この名前のセンスがそもそも最悪だと思うのだけど、これは U がつけたわけではないので何ともしようがない)。

そもそも、U がまりんを預かることになった経緯はどんなものか、というと、以前に U が飼い猫の「みかん」を譲渡された団体の代表から、「今現在、自宅で飼育できる限界を超えて飼育している状態なので、よかったら1匹面倒をみてはもらえないだろうか」という話を聞いて、それだったら一時的に面倒をみましょう、餌代位だったらまあもってもいいでしょう、でも医療費は病院にツケにしておくからそちらでお願いね、ということで引き受けたのだった。U に見せられた「まりん」の写真は、怯えた表情で丸まっているもので、僕はどうも、背後に何かあるんじゃなかろうか、と思っていたのだった。

U の家に連れてこられた「まりん」だったが、これがとにかく人を怖がる。僕を見て怖がるだけだったら、男性を警戒してのことだろうとも思えるのだけど、給餌やトイレの世話を一手に引き受けている U のことも一切信用しようとしない。ケージの中のトイレの陰に隠れて、撫でようとすると威嚇音を発する。U は、まあこういうこともあるだろう、と、あまり気にしていなかったけれど、僕にはどうにもこの状態が気になった。

いやあ、捕獲されるときに怖い思いでもしたんじゃないの、と U は言うのだが、とにかく執拗に人を警戒し、気を許さないこと、そして、手に何か持って近寄ったりしたときに、まるでスイッチが入ったように逃げ、隠れ、そして怯える様は、ただ単に捕獲時に怖い思いをしたためだとは、到底思えない。あたかも、「まりん」側のトラウマに触れるような何かがあって、それに触れるような行動をこちらがしたときに、先のようにスイッチが入ったように怯える……その様を見ていて、僕の頭にはひとつ大きなものが引っかかったのだった。

「なあ、まりんは、保護された後に虐待を受けていた可能性があるんじゃないか?」

最初は U も、まさかそれはないでしょう、と言っていたが、僕が何度もそう言うので、気になったようで、先の団体の代表に訊いてみたらしい。

U の聞いてきた話は恐るべきものだった。「まりん」を保護した人物は、不祥事を起こして職を追われ、保護した猫の世話ができない状態になったために、その団体代表に泣きついて「まりん」をはじめとした何匹かの猫を預けたらしい。で、その「まりん」を保護した人物は、

「どうもね、目付きが気に入らない猫がいると、そのケージに一面に紙を貼って見えなくしたり、とか、やっぱり気に入らないことがあったときに、猫をペットボトル(中身の入った)で殴って、猫が鼻血を出すようなこともあった、という話らしいよ」
「……その話は、例の団体代表から聞いてきたんだな?」
「うん」

何のことはない、僕の予想通りだったわけだ。「まりん」は、路上生活から解放されたかと思ったら、今度は気分次第で何をされるか分からないような環境に置かれ、ペットボトルで殴られるようなめに遭った。おそらくそれ以外にも、「まりん」を保護した人物は「まりん」に対して(そしておそらく「まりん」以外の猫に対しても)虐待を行っていた、と考えるのが自然だろう。

何か月かが経過して、「まりん」はようやく、人に対する警戒を緩めはじめた。僕を見たときは隠れることが多いけれど、U には擦り寄って甘えたり、床に転がって愛嬌を振りまいたりもするようになってきた。「まりん」の心は、U の毎日のケアによって、確実に快復してきたのだ。ところが、である。「まりん」を保護した人物から、

「まりんは私の保護猫です。私が責任を持って引き取ります」

というメールが送られてきたらしい。ちなみに「まりん」を保護した人物は、現在定職に就いておらず、住環境に関しても、とてもまともに猫の面倒がみられる状態だとは思えないものらしい。しかも、かつて、まりんの心にこれだけの「トラウマ」を埋め込んだ人物である。「まりん」が引き取られたら、遅かれ早かれ、また「まりん」が虐待を受けるようになることは想像に難くない。

例の団体代表も、この件に関してまともに対応する気はないらしい。その周囲の人達が、「まりん」の行く末を案じて、問題の人物の元に戻されないように尽力してくれているらしいけれど、それだってどうなるか分からない。U も、あくまで一時的になら預かれる、ということで「まりん」を預かっているわけで、そういう状態なら飼ってしまえばいい、などと簡単に言える話ではない。猫の医療費は人間と違って全額飼い主負担である。人間と比較しても「え?」と声を上げたくなる程に高いのだ。既に「みかん」というパートナーがいるのに、そう簡単に猫をもう一匹飼うというのは、無理な相談である。

え?僕が何を言いたいか、って?こうやって動物が非道いめにあうことは往々にしてあって、それは大抵は人間のせいだ、ということだ。そして、動物を非道いめにあわせている当事者は、どういう訳かそういう意識が欠片程もないらしいのだ。こんな非道い話はない、そういうことを言いたいのだ。

Now, sketching

この2、3年程、曲のスケッチを作るのには専ら打ち込みを使っている。以前はギターで弾き語ったのを録音したり、歌詞に曲のイメージ(コード進行とか、リズムの核になるところとか)を書き添えたりしたものを保存していたのだけど、最近は Cubase を立ち上げてごにょごにょやっていることが圧倒的に多い。

打ち込みと言えば、実は、このところ groove の問題で非常に苦しんでいる。数値でそういうずれを打ち込んで解決するならそれはそれでいいのだけど、実のところ、使っている音源の立ち上がりの問題が非常に大きくて、たとえば僕がドラムでよく使う Addictive Drums で、ハイハットの立ち上がりがどうだからこのグルーヴを出すときにはこれだけ前ノリ、みたいなことをやっていると、煩雑で気が狂いそうになってくる。

こうなってくると、昔の Isley Brothers みたいに、稚拙でもいいから自分でドラムを叩いて……みたいな話になってくるのだけど、ひとりでスタジオに篭ってドラムを録るというのは大変なことで、これはこれで苦痛である(なまじ叩けるだけに始末が悪い)。かと言って、いわゆるループを使う気にもなれそうにないし……困った問題なのである。

まあ、結局は Cubaseを立ち上げて、ちょっとスケッチを進めて、Linux に戻って、気が向いたときにはまた Windows に戻って Cubase を立ち上げ……というのが何度となく続く。こうやって曲ができてくるのだけど、しかしなあ。なんか人生の無駄遣いみたいでねぇ。

服装での貢献

中国・広州で行われていたアジア競技大会も、今月27日で終わったわけだけど、あれを観ていてどうにも気になっていることがある。それは女子選手の服装である……ああ、女子選手といっても、女子一般の話ではない。僕が気になっているのはムスリムの女子選手の服装である。

皆さんご存知(じゃない人もいるかもしれないけれど)の通り、ムスリムの中でも保守的な人々は、女性が髪や肌を人目に晒すことをタブー視する。選手自身がどういう考え方であったとしても、このタブー視というのは大きな社会的プレッシャーとして作用するわけで、そのためにムスリムの女子選手の多くは、身体全体と頭を覆う服装で競技に参加している。

あの服装で短距離走などに参加しているのを見ると、もう少し何とかならないものか、と考えてしまう。ただ、ここで勘違いしてもらいたくないのは、そんな服装を止めるべきだ、と言っているわけではない、ということである。

たとえば、日本ではマイナーな競技だけど、イギリス発祥のスポーツでクリケットというのがある。今回のアジア競技大会では、女子のクリケットはパキスタンが金メダルを獲得した。この競技に関する報道を見てみると:

パキスタンのクリケット女子、脅迫にめげず快挙

【イスラマバード=横堀裕也】中国・広州で開かれたアジア大会でパキスタンのクリケット女子チームが金メダルを獲得し、「ゴールデン・ガールズ」(地元紙)と絶賛されている。イスラム保守層などからの中傷、脅迫にめげずにつかんだ「歴史的快挙」(同)だ。

ザルダリ大統領は、対テロ戦争や未曽有の洪水被害を念頭に、「国難に立ち向かう国民への素晴らしい贈り物」とたたえた。

19日の決勝でバングラデシュを破ったチームは、帰国後も大統領官邸に招かれたり、大学でプレーを披露したりと引っ張りだこだ。

イスラム教を国教とする同国では、保守層を中心に、肌や髪の露出につながる女子のプレーはタブー視されてきた。脅迫などの妨害を乗り越え、国際試合を戦えるようになったのは、わずか十数年前。大会前、ある選手は「今でも中傷は日常茶飯事」と語っていた。

対照的に肩身が狭いのが、男子代表チーム。ある世界ランキングでは、かつての3位から7位に後退。メディアは「女子を見習え」と厳しく批評している。

(2010年11月30日16時05分 読売新聞、元記事リンク

この記事を読んで、これが女性への宗教的呪縛からの解放だ、ととるかどうかは個人の自由である。しかし、信仰の自由というものが尊重されるべきなら、信仰において求められる戒律が、こういう競技において有利・不利を生むことが最小限になるような努力もまた求められるものではないだろうか。戒律を守ることを選択しても、それが可能なかぎり不利にならないような、そんなウェアが開発されているという話を、僕は今まで耳にしたことがない。

ただ単に、僕が無知なだけで、既にそういう試みは始まっているのかもしれない。それならそれで大いに結構なことである。しかし、陸上競技で、スカーフで頭を巻いて両手足を覆う服をたなびかせ(当然だがそれだけの空気抵抗を負っているということだ)て走っている女子選手の姿を、僕はどうも無視することができないのである。日本のスポーツ用品メーカーの素材開発が優れていることは、誰もが認めるところである。そういう技術を、どうか、ムスリムの女子選手達が全力を発揮するためにも用いてほしい、と、僕は願わずにはおれないのである。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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