「想定外」の意味

最近、アクセス解析をすると「〜の意味」というキーワードで検索サイトからこちらの blog に辿り着くケースを散見する。今日のこのタイトルだと、まさにそういう検索の結果で辿り着かれる方がおられそうな気がするのだけど、これからここで言及することは、辞書に記載されているような「意味」に関してではないので、まずは悪しからず。

「想定外」という言葉が、こうも簡単に、そして便利に使われるような事態になるとは、僕も正直想像していなかった。これこそまさに想定外かもしれない。

もともと「想定外」という言葉の持つ意味は二つあるのだろうと思う。ある事象が、その事象の対象に対しての:

  1. 想定していなかったようなもの
  2. 想定の埒外であるもの
のいずれかであるときに、その事象がその対象に関して「想定外」である、というように言われるわけだろう。

「想定していなかったようなもの」というのは、たとえば宇宙人の攻撃を受けた、なんてのが一例として挙げられるだろう。しかし、だ。原子炉に関しては、とにかくありとあらゆるトラブルの発生を想定しなければならない。今でも鮮明に覚えているが、京大の原子炉実験所で仕事をしていたときに、

「ここの安全基準がねえ」

という話になったことがあった。そのときに、何が想定内で何が想定外なのか、というのを聞いたところ、こんな返事が返;ってきたのだ。

「たとえば、原子炉に飛行機が突っ込んできたら、というのは、これは想定内です。ちゃんとそのときでも建屋がもつように考慮してあります。でも、たとえば、人工衛星が落ちてきたら、というのは、これは想定外ですね」

余談だが、これ以来、僕は、さも想定もしていなかったかのような表情を浮かべる人を称して「頭の上に人工衛星が落ちてきたような顔」と言うようになったのである。まあそれはさておき、この頃はまだいわゆる 911 のテロが起きる前だったのだけど、これ位の事故は想定の範囲内ということになっていたわけだ。何が言いたいか、というと、原子炉の安全に関しては、少しでも起きそうなことは想定し、その影響と対策を明らかにする、というのが、一種のコモンセンスなのだ、ということを言いたいのである。ただし、商用原子炉の場合は、どうもそういうことが strict に行われているというわけでもないらしい、というのが、今回の事故で明らかになったわけだけど。

青息吐息で「これはツブした」「これは?」と、ありとあらゆる可能性を考慮し、対策を講じることをやめてしまうにはどうしたらいいのか。これは簡単で、要するに、バカになればいいのである。僕は以前、丸川珠代衆院議員と蓮舫参院議員が、別々の場で、何事かを追及されたときに、

「え?アタシ馬鹿だから分かんない」

と言ったのを今でも鮮明に覚えている。もし本当に馬鹿ならさっさと国会議員なんか辞めてもらわないと有害なことこの上ないし、そうでないのなら虚言癖のある人なんかに国会議員やってもらっちゃ困るんで、結局辞めていただかないと困るわけだけど、これは何事か追及されたときに、それに答える責任を担わないという意味では、ひとつのタクティクスなわけだ。要するに、

「我々の乏しい想像力では、このような事象を想定することができませんでした」

と言えば、そうか想定できてなかったんじゃしようがない、という話になる……のを、おそらくは狙っているわけだろう。しかしだ。もし本当にそこまで想像力が貧困な人が行政にタッチしたら有害なことこの上ないし、本当はそうでないというのなら、虚言癖のある人なんかに行政に携ってもらっちゃ困るんで、結局辞めていただかないと困るわけだ。こういう追及そのものが想定外です、と言うんなら、本当に、生きているだけ有害だから、いっそ死んでいただきたい。

そして、想定の埒外という意味での「想定外」だけど、これに関しては、先日、実に興味深い映像を見る機会があった。アメリカのアラバマ州の原子力発電所が、原子炉の内部をマスコミに公開したのである。この原子力発電所は、事故を起こした福島第一原発と同じ GE の Mark I と呼ばれる沸騰水型軽水炉を運用している。

施設内には、施設の完成当初にはなかった数々の安全装置が追加されている。特に、ベントと ECCS に関しては、原子炉操作室にいなくても遠隔で操作できるパネルが、施設内のあちこちに設置されていた。これに関しての、この原発の責任者のコメントは、実に明解だった。

「『想定外』という事態があってはならないからです」

地震も、津波も、冷却喪失も、ある程度は想定されていたし、対策もなされていなかったというわけではない。しかし、この辺までやるのが経済的限界だろう、効率を無視した商用施設なんて無意味だよね、という暗黙の了解の下に、それらの基準が低く設定されていたのは、これは紛れもない事実である。本来ならば、経済性に影響を与えるならば、その影響を与える部分をコストに繰り込んで算定しなければならない。安全は金で買えるなら買わなければならないのである。しかし、それが「まあ大丈夫でしょう」と多寡をくくられていたその態度を、我々は改めなければならない。今回の事故は、そう示しているはずなのだ。

それを、こんなことを言うなんて、一体どの口が言っているのだろうか。恥を知れ、モナ男野郎が:

1号機メルトダウン「想定外」〜細野補佐官

< 2011年5月14日 6:57 >

福島第一原子力発電所1号機で、燃料棒が溶け落ちる「メルトダウン」が起きていたことについて、細野首相補佐官は13日、事故対策統合本部の会見で「想定外だった」と述べ、事故の収束に向けた工程表を見直す考えを示した。

福島第一原発1号機では、燃料棒が溶け落ちたことで原子炉圧力容器に穴が開き、冷却のための水が漏れ、格納容器からも漏れているとみられている。

「(燃料が)溶融しているだろうと思っていたが、下の方にほぼ全てが集まっている状況までは想定していませんでした」−細野首相補佐官はこのように述べ、認識が甘かったと認めた。今後、圧力容器のデータが正しく計測されているかを検証し、17日に工程表の見直しを発表する考え。

一方、「東京電力」は13日、1号機で放射性物質の飛散を防ぐ新たな取り組みを始めた。原子炉建屋の周りに鉄骨を組み、ポリエステル製のカバーで覆う計画で、周辺の敷地を整備するなど準備が行われている。早ければ、来月からカバーの設置工事を始めるという。

(日テレNEWS24)

反・元ネタ探し

昨日、ふとテレビで耳にした "Jolie" が忘れ難く、納戸の奥から Al Kooper の "Naked Songs" を出してきて iTunes に入れてみた。最近はこういう場合は問答無用で wav フォーマットで(つまり無圧縮で)入れるので、常用している SONY MDR-CD900ST で聞くと、こう何と言うか、乾いた魂が潤うというか、そんな気がする。

このアルバムに入っている "Jolie" という曲は、本当に好きな曲なのだけど、この曲に関する世間の人々の物言いが厭で、それもあってかしばらく遠ざかっていたのだ。とにかく、この曲の名前が出ると、したり顔で、

「これってさあオリラブの元ネタだよね」

"Deep French Kiss" ってこれの丸パクリだし」

「達郎の "Blow" も丸パクリだよねえ」

ぺっぺっぺっ、自分で曲も書かねぇ奴等がどうのこうの言うんじゃねえよ、と唾を吐きたくなる思いがする。確かに似ているところがないことはないだろうけれど、ちょっと似てれば「元ネタ」「パクリ」(最近だと「引用」)って、そういうものではないだろうに。サンプリングしてるとかいうんならまだしもさ。

この曲のリフも、そしてバック(おそらくアトランタ・リズム・セクションだと思うのだが)も、そして管弦楽のフレンチホルンみたいな位置付けで入ってくるシンセ(これは……オデッセイ?)も、僕にはたまらなく愛おしいのだ。それだけで十分だし、もう iPod にも無圧縮で入れたから、しばらくの間は折に触れては聞き返すことだろう。それ以外に望むものなんて、何もないのだ。

五月雨式

福島1号機 燃料完全露出し溶融か

2011年5月12日 東京新聞 夕刊

福島第一原発の事故で、東京電力は十二日、1号機の原子炉圧力容器の水位計を調整した結果、長さ三・七メートルの燃料全体が水から露出している可能性があると発表した。ただ、容器の温度は低温で安定している。東電は「燃料の位置が下にずれるか、溶けて容器の底に落ち、結果的に冷却ができているのではないか」とみている。

これまでの水位計のデータでは、燃料は上端から約一・七メートルが露出した状態になっていた。地震で水位計が壊れている可能性があったため、東電は原子炉建屋内に作業員を入れ、水位計を調整して再測定。燃料を入れた金属製ラックが通常の位置から少なくとも五メートル下までは水がないことが分かった。圧力容器内の水位は最大で四メートルだが、実際の水位は不明。

一方、容器の表面温度は上部で一二○度前後、下部で一○○度前後で安定している。

東電は、地震で燃料がラックごと下方にずれるか、露出して熱で崩れ落ちた燃料が容器の底にたまり、結果的に水で冷やされているとの見方をしている。

経済産業省原子力安全・保安院は十二日の会見で「水位計の状態は正常でない」と、測定結果に疑問があるとした。そのうえで「燃料の一部は溶けているが、ある程度は形を残して水蒸気で冷やされていることもあり得る」とした。

東電は炉心の燃料の損傷割合をこれまで55%と推計していた。今回分かった圧力容器内の状態からは、実際の損傷割合は分からないとしている。

圧力容器内へは現在、毎時八トンを注水している。しかし予想より水がたまっていないことから、容器下部の配管部に複数の破損箇所があるか、溶け落ちた燃料の熱で容器下部に穴が開き、そこから水が大量に格納容器内に漏れている可能性もある。東電は注水量を増やす検討を始めた。

1号機では、格納容器を水で満たし燃料を上端まで冠水させる「水棺」作業が続いているが、格納容器の水位も依然として不明。原子炉内の水位や水の動きが把握しきれていない現状では、今後の作業に影響が出る恐れもある。

東電の松本純一原子力・立地本部長代理は十二日の会見で、「やり方の再検討が必要」と述べた。

また、2、3号機の燃料も水位計のデータからは二・〇〜一・七メートル露出した状態だが、東電は「水位計を調整しないと確からしい値が得られない」とみている。

五月雨式とはこういうことを言うための言葉だと思う。要するに、出さざるを得ない情報だけをだらだらと出す。今後の指針が立つように、とか、住民の安全を維持するように、などという思想はそこにはない。ただ、追及を受けない範囲内で最低限度の説明責任を果たす、それだけのための発表である。

発表されたこの水位で冷却がなされているというのであれば、状況はほぼ明らかだ。おそらく、炉心を構成する燃料棒はそのほとんどが溶融し、圧力容器の底に垂れて固まっているのであろう。チェルノブイリの「石棺」の中で見られた「象の足」と呼ばれるものと同じ状態である。

不幸中の幸いだったのは、この溶融・再凝固した燃料が、圧力容器の隔壁を破って外に出るところまでには至らず、どうやら容器内に未だ燃料が留まっているらしい、ということだ。しかし、水が漏れていることから考えると、圧力容器の密閉健全性というものは、もはや保証されていないと考えるべきであろう。つまり、今まで炉内に突っ込み続けてきた水、あるいはこれから突っ込む水が漏れるのに混じって、破損・溶融・再凝固した燃料から溶出した放射性同位元素が外界に出るリスクは未だに消えていないということである。

では、この事実から類推できることは何か。まずはこれらのニュースを思い出していただきたい。

3号機の圧力容器温度が大幅上昇 底に燃料落下?

2011.5.8 19:51

福島第1原発3号機で、燃料を入れた原子炉圧力容器の温度が大幅な上昇傾向を示し、8日には容器上部で206度に達した。

東京電力は、差し迫った危険はないとの見方だが「燃料が崩れて(圧力容器の)底に落ちた可能性も否定できない」として、温度の監視を強め原因を分析している。

4月末、圧力容器上部の温度は80度台で推移。多少の上下はあるが比較的安定していた。

5月に入り上昇傾向が顕著になったため、東電は4日、圧力容器への注水量を毎時7トンから9トンに増やした。しかし上昇は収まらず、5日朝には144度に。さらに7日夜には202度に跳ね上がり、その後も“高止まり”の状況だ。圧力容器下部の温度も上昇傾向を示している。

東電は既に、3号機の燃料は約30%損傷したとの推定を示しているが、ここにきて燃料が圧力容器の底に落下したとすれば、過熱が進み、溶融が再度起きた可能性がある。

© 2011 The Sankei Shimbun & Sankei Digital

高濃度汚染水、3号機立て坑から海へ流出

東京電力は11日、福島第一原子力発電所の3号機取水口付近にある立て坑(深さ2・3メートル)から、放射性セシウム134などを含む高濃度の汚染水が海へ流出していたと発表した。

その濃度は1立方センチ・メートルあたり3万7000ベクレルで、国が定める海水の基準の62万倍に上った。海中への拡散を防ぐ水中カーテン(シルトフェンス)が取水口を囲んで設置されているが、その外側の海水からも、同1万8000倍のセシウム134を検出した。東電は立て坑をコンクリートでふさぎ流出を止めた。

3号機では、原子炉から漏れ出した高濃度汚染水がタービン建屋にたまっている。それが水位の上昇に伴って作業用トンネル(トレンチ)へ漏れ出し、さらに電源ケーブル用のトンネルを通じて立て坑へ流れ込んだとみられる。立て坑の側面に亀裂があり、そこから海へ流出したらしい。流出が始まった時期は不明だが、東電は「さほど前ではない」とみている。

(2011年5月11日22時57分 読売新聞)

3号機で起きたこれらの事象は、1号機の今回のニュースとよくリンクしている。つまり、3号機の状況も、1号機と同じような状況であろうと考えられるわけだ。どちらも、かなりの割合の燃料が溶融し、圧力容器の密閉健全性が損われ、突っ込んだ冷却水が汚染されて漏出している状況だ、と考えるべきだろう。

そして、燃料がこのように溶融・再凝固して一体化しているならば、警戒しなければならないのが再臨界である。燃料集合体を束ねるのより、それらが溶解・再凝固して一体化した方が集合密度が高い、というのは、皆さん想像に難くないだろうと思う。勿論、制御棒を構成していたホウ素を巻き込んでいて、それが中性子捕捉に貢献している可能性はあるわけだが、それでも尚、再臨界の危険を無視するわけにはいかない。もし再臨界が起きた場合、燃料近傍から中性子を減速するものを除去する必要があるわけだが、今の状況で中性子減速に寄与するものと言えば水である。しかし、水を除去したら、今度は核分裂反応の熱を除去することができない。これはまさに無間地獄といっていい状態である。

こういうリスクに関して、東電や原子力安全・保安院、原子力安全委員会、そして何より政府が、ちゃんと言及していないのである。これが現政権の現状である。こんな連中に、我が身の、そして愛する人の安全を任せておいて、本当にいいんですか、皆さん?

停止させたいものは

社説:浜岡停止要請 首相の決断を評価する

菅直人首相が中部電力浜岡原発の全号機の停止を要請した。東日本大震災による原発震災を経験した上での決断だ。

浜岡原発は近い将来に必ず起きると考えられる東海地震の想定震源域の真上に建つ。建設当時には知られていなかった地震学の知識である。知っていたなら、避けたはずの場所であり、そのリスクは私たちもかねて指摘してきた。

地震と津波の威力がいかにすさまじいか。原発震災の影響がいかに深刻か。東日本大震災で私たちはその恐ろしさを身をもって体験した。

万が一、重大な事故が再び発生するようなことがあれば、菅首相が述べたように日本全体に与える影響はあまりに甚大だ。

中部電力は東日本大震災を受け、防潮堤の設置など複数の津波対策を計画している。しかし、その対策が終わる前に、東海地震に襲われる恐れは否定できない。南海、東南海地震と連動して起きる恐れもある。  防潮堤の設置など中長期の対策が終わるまで停止するよう要請したのは妥当な判断だ。首相の決断を評価したい。中部電力も要請に従わざるを得ないのではないか。

ただ、運転を停止しても、核燃料の安全性には引き続き念入りな注意がいる。いったん使用した核燃料を冷却し続けることの重要性は、福島第1原発で身にしみている。

浜岡原発さえ止めれば、それで安心と思ってしまうことがないようにすることも大事だ。大地震のリスクを抱えているのは、浜岡原発だけではない。

菅首相は、浜岡原発停止の理由として、文部科学省の地震調査研究推進本部が「30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する確率は87%」と推定していることを挙げている。

しかし、推進本部の推定がすべて正しいとは限らない。事実、東日本大震災のような地震を推進本部は考慮していなかった。たとえ、現在想定確率が低い場所でも大地震が起きる恐れは否定できない。今回の巨大地震で日本列島全体の地震活動が活発化している可能性もある。

政府は、浜岡以外の原発についても、決して油断しないようにしてほしい。国の要請に従った電源車の配備などの緊急対策が、原子炉や使用済み核燃料を安定して冷却し続けるのに十分か、懸念も残されている。

津波対策に気を取られ、地震の揺れに対する対策がおろそかになるようなことも避けなくてはならない。

浜岡原発を停止することによる、電力供給の問題を心配する人も多いだろう。政府は、混乱が生じないよう、先手を打ってもらいたい。

(『毎日新聞』 2011年5月7日 社説、毎日新聞、2011年5月7日 2時31分)

浜岡の原発を止めること自体には何の反論もない。とにかく浜岡は場所が最悪なのだ……どう最悪なのかというと、まず浜岡原発の位置は、東海地震の予想震源域のどまんなかである。おまけに、原発の近傍には断層が4本も走っており、そのうち2本が活断層であることが既に分かっている。いくら今から40年以上前に決めた場所だといっても、何もあんなところで原発を運転しなくてもいいだろう……そういう場所に、あの原発は建っているわけだ。

しかし、だ。今回の停止要請に関しては、御前崎市長がこんなコメントをしているのだ:

これに対し、原発が立地する御前崎市の石原茂雄市長は、「突然の話で、驚いている。言葉もない。5日に浜岡原発を視察に訪れた海江田経産相の『結論は急ぐな』という発言は、何だったんだろうか」と憤まんやるかたない様子。さらに「4、5号機を止めるなら、日本の全原発を止めなくてはならない。日本の原子力行政すべてを見直してほしい。東海地震は、初めから想定されていた。なぜ、この時期に安全でないと止めるのか、分からない。電力不足の問題もある」と批判は止まらない。最後は「菅首相の選挙対策だ。日本の全体を考えてほしい。国は地元の話を聞いてほしい」と切り捨てた。

――『浜岡原発停止要請、地元・御前崎市長が反発』(2011年5月7日09時54分 読売新聞)より引用

この発言を、利益誘導最優先のためのもの、と切り捨ててはならない。ここで読み取るべきことは、浜岡原発を直接視察した海江田経産相が、最初のうちにはそう簡単に結論を下す気ではなかったらしい、ということである。しかし、東京に戻って1日で、しかも首相直々の緊急記者会見というかたちで、停止要請の発表がなされた、という、このところに、我々は目を向けなければならないのだ。

おそらく、海江田氏が帰京した後、首相を交えて協議を行ったときに、首相が主導するかたちで、この停止要請を出すことの決定がなされた、と考えるのが妥当であろう。それはどういうことか、というと、菅直人の毎度おなじみの「思いつき」で要請が決まった可能性が極めて高い、ということである。

まあ、先に書いたように、僕は浜岡原発を止めることに対しては何も反対する気はない。しかし、非常に強く恐れていることがある。それは、立地に重大な問題がある浜岡原発を「停止すれば一安心」などと思っていやしないか、ということである。

浜岡原発は現在、

  • 1号機: 2009年1月30日をもって運転終了、廃炉へ向けて準備中
  • 2号機: 2009年1月30日をもって運転終了、廃炉へ向けて準備中
  • 3号機: 定期点検中
  • 4号機: 運転中
  • 5号機: 運転中
という状態である。この状態だけを見れば、4号機と5号機に制御棒を突っ込めばそれで一安心だ、と思われるかもしれない。しかし、状況はそう単純ではないのである。

原子炉の燃料は、運転中には核分裂反応を起こしている。中性子を捕捉する制御棒が燃料棒の間に突っ込まれた状況では、この核分裂反応は止まった状態になっている。では、今、運転中だった原子炉に制御棒を突っ込んで、核分裂反応がほぼ停止した状況になったとしよう。そのとき、炉内はどういう状態になっているのか。

原子炉の中では、少し前まで 235U の核分裂に伴い、131I のような核分裂生成物(分裂したウラン原子核から生成された原子)が生成され、また炉内には中性子が飛び交っていたわけだ。飛び交った中性子は周囲の物質に捕捉され、いわゆる核変換という現象を起こす。この核変換によって、炉内には大量の放射性同位元素が生成されている。その中には、238U→(中性子捕捉)→239U →(β崩壊)→239Np →(β崩壊)→239Pu というプロセスで生成されるプルトニウムも含まれている。

このように、核燃料に加え、核分裂生成物と、中性子発生に伴う核変換で生成された物質が、原子炉内に存在する放射性物質の正体である。これらは様々な種類の核種から成っているわけだけど、中性子が捕捉された状態にあっても、これらの放射性元素の核崩壊は停止せず、それに起因する放射線と熱を出し続ける。

原子炉が止まって間もないときには、短時間で崩壊してしまうような核種……不安定なかわりに崩壊した際に放出されるエネルギーも大きい……がまだ多数存在しているので、炉内の放射線は強く、また崩壊熱も多く放出されている。僕等が "hot" とか「まだ冷めていない」と称する状態がこれである。この状態では、炉に対してあれこれ作業をすることはできない……当然放射線レベルが高いし、熱ががんがん出るので、その熱を排出しなければならない。だから、原子炉は、運転時と同じように内部に冷却水を循環させ、熱交換器を働かせておかなければならない。

そのうち、短時間で崩壊してしまうような核種の崩壊があらかた終わって、原子炉内の放射線レベルは下がり、発する崩壊熱も少なくなってくる。僕等が「冷めた」と称する状態がこれである。この状態に至って、はじめて原子炉内に何らかのアプローチをすることができるわけだが、燃料棒が通常の位置に入っている以上、制御棒も水も抜くことはできない。「冷めた」と言うと聞こえはいいのだが、崩壊熱は未だ無視できない程に多く、何の冷却もせずに炉を維持することはできないのだ。炉内に冷却水を満たし、かつこれを循環させたままの状態で、燃料棒を抜いて格納プールに移す(例の事故以来皆さんはよくお分かりになったと思うが、この格納プールも崩壊熱を除去するために循環水で冷却しなければならない)作業を遠隔操作で進め、炉内に制御棒だけが残った状態にする。しかし、炉体を構成する材料は放射化されていて、炉内をすぐに触ることはできない。炉体に触れたい場合には、やはりそこも十分に「冷ます」必要があるわけだ。そこまで「冷まし」て、ようやく炉の解体などに着手することができるのである。

さて、工程だけ書いて、それにどの程度の時間を要するのかを書いていなかったわけだけど、原子炉が運転を停止してから、燃料棒の抜去作業に着手できる状態になるまで「冷ます」のには、おおむね3年程度の時間が必要だと言われている。その3年間、当然だが、炉内には水を常に循環させ、その水は熱交換機で冷却しておかなければならない。そして、燃料棒の抜去にかかったとしても、水の循環を止めることはできない。崩壊熱の除去と放射線の遮蔽に、水はなくてはならないものだからだ。そして、抜いた燃料棒を置いておく格納プールもまた、炉内と同様に冷却水を循環させ続けなければならない。

では、原子炉の解体には実際にはどの位の年月が必要なのか。丁度、僕が少年時代を水戸で過ごしていた際に、原研の技術者の子弟がクラスメートには大勢いて、僕は小学生の頃から「除染」とか「廃炉」とかいう話を聞く機会があったのだけど、もうその頃には、東海村の1号炉の廃炉に向けた数々のトライアルが行われていた。そして、東海1号炉の運転が終了したのが1998年度末だった。燃料搬出には丁度3年を要し、2001年12月に解体が始まったが、未だ原子炉本体の解体は開始していない(2014年に解体開始の予定)。この東海1号炉はいわゆるコルダーホール型というやつで、黒鉛ブロックで構成された炉体を炭酸ガスで冷却する方式をとっているため、大量の放射化した黒鉛を処理しなければならない、という点で現行の商用原子炉とは異なっているのだが、廃炉というのはこれ程の時間が必要になる作業だということは、お分かりいただけるかと思う。

うだうだと書いてきたけれど、僕が何を言いたいのか、というと、原子炉は(核分裂反応を)停止させたから安全だというものではない、ということだ。炉体や燃料棒の冷却はその後も長い年月で継続しなければならないし、廃炉を行うのだったら、数十年のタイムスパンで物事を考えなければならない、ということを、僕は上の記述で示したわけである。

浜岡原発の場合は、実は、燃料棒を水冷せずに保管するためのいわゆるドライ・キャスクを用いた「使用済燃料乾式貯蔵施設」を建設する予定がある。まずは、この施設を作るための行政手続きを可及的速やかに行い、この施設の建設を進めることが必要だろう。そしてそれと並行して、炉内や燃料貯蔵プールの冷却システム、そして電源供給システムの多重化と津波対策を、やはり可及的速やかに進めることが必要である。実は、一番大事なことは何も進んでおらず、「止めてから」の行政判断とイニシアチブが、浜岡原発の地震・津波対策には不可欠なのだ。しかし、こんな話、皆さん、どこかで聞いたことあります?ないでしょ?だから、僕は、連中は「止めればそれで一安心」だと思ってるんじゃないの?と言っているのである。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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