ptexlive-20110322

このところ、手持ちの archive で make していたので気付かなかったのだが、ptexliveが先月 version up していたのだった。で、今日、新しい ptexlive の make にかかった。

まず archive の準備から。必要なものは以下の通り。

当然だが、処理系やライブラリは適宜揃える必要がある。

まず、

mount -o loop ./texlive2009-20091107.iso /media/cdrom
のようにして TeX Live 2009 の ISO イメージをマウントし、TeX Live 2009 をインストールする。次に、この ISO イメージをマウントしたままで、作業できる場所に ptexlive-20110322.tar.gz を展開し、
cp ./ptexlive-20110322/ptexlive.sample ./ptexlive.cfg
のように、ptexlive のアーカイブディレクトリの外に設定ファイルの雛形をコピーする。で、 ptexlive.cfg を編集してから ./ptexlive-20110322 に入る。

普通ならここで README の説明に沿って make するだけでいいのだが、僕の場合は babel が必要なので、Makefile を以下のように書き換える。

stage6:
@echo "Sorry, not implemented yet."
@#$(BASH) ./6babel.sh

stage6:
$(BASH) ./6babel.sh

ところが、これで make すると、babel の make 中にエラーで止まってしまうのだ。うーむ、参ったなあ……とりあえず今は babel を外しているのだが、英語以外にもギリシャ文字とか結構使うからなあ。どうしたものか。目下原因究明中である。

発芽?

なかなか芽が出ないバジルの種子を見ていると、なんだか己の一生を見ているような気がしてきて厭になるのだが、さすがに朝夕の気温も少し上がってきたためか、発芽の兆候をみせ始めた。

Basil Seeds 1

……はぁ?と思われる方が大半であろう。そりゃそうだ。まあこの写真だけでは何も分からないと思うので、発芽した部分を丸で囲んだ画像を以下に示す。

Basil Seeds 2

ようやく春が、少なくともこのバジルの種子達には訪れたということなのだろうか。

今年の家庭菜園

昨日ミントの話を書いたけれど、そもそも植木なんか作ってるの?とか思われるかもしれない。だが実際に作っているわけで、ただそれらのほとんどは鑑賞用ではない。

今、並べてある鉢を見ると、ゼラニウムがひとつ:

Geramium on 23/04/11

とローズマリーがひとつ:

Rosemary on 23/04/11

ある。ゼラニウムは U のものなので、僕は先日植え換えの作業を代行した位で、あとはあまり面倒をみていない。ローズマリーは匍匐性の結構大きな株で、料理の際にはこの株の枝を切って使っている。このローズマリーはとにかく丈夫で、先日過越の食事を行った修道院の庭のローズマリーが枯れてしまったので、この株から今挿穂で苗を作っているところである。

他には、先日苗を買ったミニトマト:

Tomato on 23/04/11

と、スイートバジル:

Sweet Basil on 23/04/11

が1株づつある。バジルは実は種子から育てようとしていたのだけど、とにかくなかなか芽が出ないのだ……で、保険の意味で苗をひとつだけ買った。種子は現在土の上に撒いて水を絶やさないようにしてあるのだが、この2、3日でようやくひとつだけ根を出している:

Basil seed on 23/04/11

バジルは、これらの種子がある程度まで育ったところで、苗と一緒にプランターである程度の量を作るつもりである。どうせバジルはサラダやパスタには必需品だし、ジェノベーゼでも作って冷凍しておけば、いつでも楽しむことができるので。

あと、タイムも大規模に作るつもりで目下育苗中である:

Thymes on 23/04/11

では、問題のミントの方はどうなっているのか。まずはスペアミントの方をご覧いただこう。

Spearmint on 23/04/11

雨に濡れそぼった、ちょっとひ弱な感じが見てお分かりいただけると思う。これが市販の料理用のミントの小枝を挿穂して植えたものである。

ではペパーミントの方はどうだろうか。

Peppermint on 23/04/11

上の方に青々と生えているのが「野良ミント」である。こいつらはとにかく生命力旺盛である……まあ雑草化していたんだからさもありなん、という感じなのだけど。で、鉢の中に小さく緑の点が散見されると思うけれど、これらが種子から出た双葉である。交雑の問題もあるので、野良ミントを抜くべきかどうか、今ちょっと考えているところなのである。

スペアミントに野良ミント

ミントで煎れたハーブティーが好きなので、今年はミントを植えることにした。

ミントにはいくつか種類があるが、食用としてスーパーなどで売られているのはおそらくスペアミントが一番多いと思う。しかし、スペアミントにはl-メントールが含まれていない。l-メントールが含まれているものとしてはペパーミントと、あまりメジャーではないがニホンハッカが代表的なものである。

ミントは、種子から育てることもできるのだが、株毎の風味の差があることから、交雑していない確かな株から株分けする方が良いとされている。そこで、まずはミントの苗を探したのだが、売っているのは皆そこそこの値段がする。うーん……と考え、ますはスペアミントを入手することにする。場所は近所のスーパーで、いわゆる水耕栽培で作られたと思しき、茎が何本か入って100円とか200円とかで売っているような、ああいうものを買ってきた。穂先を摘み取って小さな瓶に水を入れたものに挿しておくと、数日で根が出てきたので、それを植木鉢に挿してスペアミントは準備完了である。

しかし、このスペアミント、どうにもひ弱なのである。うーん……と少し考えてから、ハイポネックスを買ってきて、2000倍に希釈したものを水代わりにやってみると、案の定、細長くなっていた葉が丸みを帯び、株全体ががっちりとしてきた。うーむ。やはりひ弱だ。まあしかし、しばらくはこのまま育てることにしよう。

さて、問題はペパーミントである。苗を園芸店に見に行ったら、思わずツッコミを入れたくなる程に高価だったので、種子を購入し、鉢に撒いてしばらく様子をみていたのだが、一向に発芽の兆候がない。うーん……では、あそこに行ってみることにしようか。

「あそこ」って何よ、と言われそうだけど、僕の自宅から歩いてほんの2、3分のところにある、角地の一般住宅である。この家に行くと、周囲に雑草がずーっと生えている。ガレージ扉のレールに沿って、そして塀に沿ってそれは生えていて、角の電柱の根本にもそれが生えている。

前の職場に通うときに、この家の前を毎日通っていたのだが、ある日、ふと気になった僕は、その電柱の根本に生えている雑草の葉を取って指で揉んでみたのだ……おいおい、これ、ペパーミントじゃないか!

おそらく、このお宅では庭にミントを栽培していたことがあるのだろうと思う。日本人の食生活の中で、ミントを使う機会はそうそう多くないから、園芸やハーブ栽培に凝っている人でも、しばらくするとミントの栽培をやめる人が多いものだ。しかし……そういう人達は、このときになって初めて気付くのである。ペパーミントの繁殖力の強さに。

ペパーミントは多年草で、しかも地面に沿って茎を伸ばし、その茎伝いにどんどん繁茂していく。この茎を除去しても、播種された種子は次の年の春には芽を出すから、もう使わないのに、ミントがあって困るんだよ……みたいな話はよくあるのだ。僕が某産総研に居たときも、臨時職員の女性に山のようにミントを貰っていたことがあった。その女性は僕によくこう言っていた:「もう、引き取っていただけるんなら、一切合切ミントを持って行ってほしい位ですよ」

自宅の近所のこのお宅も、おそらくはそういう状態なのだろうと思う。交雑している可能性があるので二の足を踏んでいたのだが、苗は高いし種子は発芽しないし、となれば、ここのミントを頂戴しない手はない。僕はガレージのレール沿いに生えている株から、穂先を2つ程頂戴した。帰宅してから、これをスペアミントのときと同じように水には挿さず、そのまま鉢の土に立てた。さて、どうなりますか。

数日後。このペパーミント(以下「野良ミント」と称す)の青々としていること!その影で、こっそりと、種子から発芽したペパーミントの双葉がいくつか顔を出していた。さあ、どうしようか。野良ミントを抜くのは今のうちなのかもしれないが、とにかくこの野良ミントの繁殖力は折り紙付きだし、葉を指で揉んでみると香りは非常にいいのである(通常、交雑しているとこの芳香がちゃんと出なくなることが多い)。とりあえず、後で間引きしなければならないだろうけれど、このまま育ててみることにしよう。

かくして、この夏は、ミントを使いたい放題になることがほぼ決定である。ミントティーにミントジュレップ、あと肉を煮込むときの隠し味にも使える。まあ、処置に困るような事態になると困るけれど、新鮮なミントが手に入るというのは悪いことではあるまい。これからのシーズンが楽しみである。

線量管理

前にも書いたけれど、無用な被曝を防ぐためには、人がいつ、どれだけ放射線を浴びたのかを把握しておく必要がある。だから、個々人が被曝した線量を測定し、記録しておくこと(これを線量管理という)は、放射線を浴びる可能性のある場合、人に対して極めて重要な意味を持っている。これは放射線に関わる人間にとってはイロハのイであって、放射線関連の研修などを受ける際には必ず、しつこく、何度も叩き込まれることである。

ところが、今回、なんと政府が率先して、この線量管理の基準をいい加減に扱っているのだから始末が悪い。東電の対応もひどいと思うけれど、そもそも監督官庁がブレまくっているんだから、そりゃひどくもなろうというものだ。

福島第1原発:作業員の被ばく線量 管理手帳に記載せず

東京電力福島第1原発の復旧を巡り、作業員の被ばく線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた特例措置が現場であいまいに運用され、作業員の放射線管理手帳に線量が記載されていないケースがあることが分かった。関係法を所管する厚生労働省は通常規則に基づき「100ミリシーベルトを超えると5年間は放射線業務に就けない」とする一方、作業員の被ばく線量を一括管理する文部科学省所管の財団法人は「通常規則とは全く別扱いとする」と違う見解を示し、手帳への記載法も決まっていないためだ。

◇上限あいまい運用 補償不利益も

運用があいまいだと作業員の安全管理上問題がある上、将来がんなどを発症した際の補償で不利益になる可能性もあり、早急な改善が求められそうだ。

作業員の被ばく線量は、原子炉等規制法に基づく告示や労働安全衛生法の電離放射線障害防止規則で、5年間で100ミリシーベルト、1年間では50ミリシーベルトに抑えるよう定めている(通常規則)。ただ、緊急時には別途100ミリシーベルトを上限に放射線を受けることができるとの条文があり、国は福島第1原発の復旧に限り、250ミリシーベルトに引き上げる特例措置をとった。国際放射線防護委員会の勧告では、緊急時は500ミリシーベルトが上限だ。

問題となっているのは特例措置と通常規則との兼ね合い。厚労省は「通常規則は有効で、今回の作業で100ミリシーベルトを超えた場合、5年間は放射線業務をさせないという方向で指導する」とし、細川律夫厚労相も3月25日の参院厚労委の答弁で全く同じ認識を示した。

◇「労災申請時などに困らないよう記載方法検討」

一方、作業員の被ばく線量を一括管理する財団法人・放射線影響協会の放射線従事者中央登録センターは「250ミリシーベルト浴びた労働者に通常規則を当てはめてしまうと、相当年数、就業の機会を奪うことになる。全く別扱いで管理する」と説明。さらに「労災申請時などに困らないよう、手帳に記載する方法を検討している」とし、放射線管理手帳への記載方法が決まっていないことを明らかにした。

復旧作業にあたる2次下請け会社の男性作業員(30)は3月下旬、現場で元請け会社の社員から「今回浴びた線量は手帳に載らない」と説明された。「250ミリシーベルト浴びて、新潟県の東電柏崎刈羽原発で働くことになっても250ミリシーベルトは免除される」と言われたという。

作業員が所持する線量計のデータは通常、原発から同センターのオンラインシステムに送られ一括管理されるが、福島第1原発では事故後、オンラインシステムが使用できないという。また、作業員の被ばく線量の登録管理を巡るルールは、同協会と電力会社、プラント会社など関係約70社で話し合われるが、事故後は会議を開けない状態が続いているとされる。【市川明代、袴田貴行、森禎行】

【ことば】放射線管理手帳

作業員一人一人の被ばく線量や健康診断結果などを記載する手帳で、これがないと放射線管理区域には入れないことになっている。ただし法的根拠はなく、財団法人・放射線影響協会の放射線従事者中央登録センターと電力各社、元請け会社、主な下請け会社などで自主的に運用している。作業中は本人たちの手元にはなく、会社側が預かっているケースが多いとされる。

毎日新聞 2011年4月21日 2時36分(最終更新 4月21日 7時28分)

福島第1原発:「ババ引くのは作業員」嘆く下請け社員

福島第1原発の復旧作業を担う作業員の被ばく線量を定めた特例措置があいまいに運用され、作業員の放射線管理手帳に記載されていないケースがあることが明らかになった。現場の作業員はあいまいな運用に不安を漏らすとともに「結局、ババを引くのは作業員」と嘆く声も聞かれた。関係者からは「線量管理がいいかげんだと、訴訟になった時に証拠が得られない可能性もあり、問題」との指摘も上がる。【袴田貴行、森禎行、日下部聡】

◇訴訟時、証拠ない恐れ

「今回食った(受けた)分の放射線量は手帳に載らないから。安心していいから」。3月末に福島第1原発の復旧に従事した2次下請け会社の男性(30)は、作業開始直前、1次下請け会社の社員にそう告げられた。

男性は3月下旬、所属するポンプ点検会社の社長から「上の会社から3日だけ人を出すよう頼まれた。(現場の状況が)ひどかったら途中で帰ってきていいから、とりあえず3日間だけ行ってくれないか」と言われ、同原発へ。作業内容は不明のまま駆り出されたが、現地に着くと、使用済み核燃料共用プールの電源復旧のためにケーブルをつなぐ専門外の作業を指示された。「とにかく人をかき集めて電源復旧をやっている感じだった」

現場で経験者から指導を受けながら作業を進めたが、「初めてなので手間取って時間もかかったし、余計な線量を食った」。当時は線量計が足りず、6人のグループに1台だけ渡されたという。

作業は放水の合間だったため、午前2時までかかったり、朝6時から始めたことも。待機場所の免震重要棟は「すし詰め状態で大人1人が寝っころがるのがやっと。仮眠も取れないのがきつかった。まともにやったら2日で限界」と振り返る。

結局、3日間で計約12時間働き、線量計の数値は国が特例として引き上げた上限の5分の1、以前の上限の半分に当たる約50ミリシーベルトに達していた。「普段そんなにいくことはまずない」。日当は通常なら1日1万5000円程度だが、今回は事前に決まっていない。ただし「同じような仕事の募集が日当17万円だったらしい」。3日で50万円になる計算だ。

男性の放射線管理手帳は、この作業時とは別の、震災前に登録していた元請け会社が管理しており、手元にはない。「ずっと自分の手元に帰ってきてないから(今回の線量が)載っているかどうかは分からない」。確認しようにも震災前の元請けは震災後、事務所が機能していない。「自分の手帳を戻すのは困難」と、今後に不安を募らせる。

3次下請けで原発の補修に当たる建設会社社員の男性(28)は線量管理があいまいになっていることについて「そうでもしないと原発を止められない感覚があるのではないか」と指摘する。その上で「手帳の管理は下請けによって違う。将来の仕事を受注するため(社員の線量を低くしようと)下請け会社が手帳に今回の数値を載せないことも考えられる。会社は仕事をもらえるかもしれないが、結局ババを引くのは作業員だ」と訴えた。

元原発作業員が東電に損害賠償を求めた訴訟で原告代理人を務めた鈴木篤弁護士の話 原告は4年3カ月の累積70ミリシーベルトで多発性骨髄腫を発症したとして労災を認められた。250ミリシーベルトの上限自体が高すぎる。それを別枠にするなどむちゃくちゃだ。被ばく線量を証明できても裁判所はなかなか発症との因果関係を認めない。きちんと線量管理がされなければ、作業員が損害賠償を請求しようとしても基礎的な事実さえ証明できなくなる恐れがある。

毎日新聞 2011年4月21日 2時36分(最終更新 4月21日 7時36分)

まあ、実にお寒い限りである。僕は放射線管理区域を持つ施設で仕事をしたことが何度もあるけれど(というか、そういう区域がある組織で仕事をしていたこともあるのだけれど)、こんな管理をしていたら、チェックの時期にダメが出てそれ以後は仕事ができません、という状態になるのが当然なのである(そうであってこその管理システムなのだから)。こんな状況、まあとてもじゃないけれど信じ難いし、この状況を是正しようとしない国関連ももはや理解不能である。

そこに、明日の午前0時から始まる、20 km 圏内の警戒区域指定、というやつである。まず、半径で区域を指定して管理しよう、というのが無意味だというのは、これはもう相互了解が成立していたのじゃないだろうか?それを問答無用の半径指定、ということは、どうやら国は、汚染マップを作成しようなどということをカケラ程も考えていないらしい。あのチェルノブイリでも、詳細な汚染マップで、おおむね5段階程度に危険ステージを分類している。

強調しておかなければならないのは、汚染マップの作成が重要であるということは、おそらく世界的なコモンセンスであるということである。たとえば、

福島第1原発:汚染マップの作製こそ急務…IAEA調整官

福島第1原発の事故に伴う農畜産物の出荷停止問題で、国際原子力機関(IAEA)の室谷展寛(のぶひろ)国際支援調整官は30日、群馬県庁で県幹部らと意見交換し、「今求められているのは広域かつ詳細に放射性物質の汚染マップを作製することだ」との認識を示した。汚染マップは86年のチェルノブイリ原発事故で、当時のソ連政府などが作製した。【奥山はるな】

毎日新聞 2011年3月30日 20時21分(最終更新 3月30日 20時47分)

という位だから、政府や首相官邸に、IAEA からのコメントが行っていないとは信じ難い。汚染マップの作成は、詳細なものとか元素種別のものに関しては時間がかかるかもしれないけれど、線量だけで測定してマッピングするのは、若干の人手と携帯型のカウンターが人手の数だけあれば、あとは絨毯爆撃をするだけの話である。だから、汚染マップ作成をしない、ということが、政府や官邸の信じられないような怠慢であるということは、ここで誰が何と言おうとも強調しておかなければならないだろう。まったく、マッピングなしで線量管理だ、なんて、要するに半径で今まで区域指定していたことをそのまま押し切っているだけで、それは住民のためではなく、現政権の下らんメンツのためだけに行われていることがミエミエである。本当に、そういうことをしている連中こそ低レベル廃棄物ではないか。

まあ与太話はいい。ようやく文科省が、20 km 圏内の空間放射線量の測定結果を公表した。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/04/21/1305284_04211300.pdf

これを見ると、前々からここにも書いている通り、北西←→南東方向に集中して空中放射線量が高いことが一目瞭然である。こんなものがはっきりしていて尚、どうして政府は距離制限に固執するのだろうか。

この時期、カトリックにとっては復活祭前の時期で、今日はイエス・キリストが最後の晩餐の後に捕えられた日である。その直前の様子を福音書から見てみると、

一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」

――マルコによる福音書 14:32-42

そう。イエスはシモン・ペトロにこう言ったのだ。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」まるで、現在の我々に向けて言っているような言葉ではないだろうか。

火事場泥棒

消費税8%へ引き上げ検討、復興財源に3年限定

政府は18日、東日本大震災の復興財源を確保するため、消費税を早ければ2012年度から3年間限定で3%引き上げ、8%とする方向で検討に入った。

国民に幅広く負担を求め、復興を推進するのが狙いだ。被災地の住民については負担増を避けるため、税率引き上げ分の納税額を後から還付する仕組みを整える方向だ。

東日本大震災の被害額は、内閣府の試算で最大25兆円に上る。消費税収は1%あたり年間約2・5兆円で、税率の3%引き上げで約7・5兆円を確保でき、3年間で復興に必要な支出の大半を賄えることになる。

政府・民主党は18日、本格的な復興に充てる11年度第2次補正予算案の財源を賄うために「復興再生債」(仮称)を発行する方針を決めた。政府は、消費税率引き上げによる税収を一般会計から切り離した「震災復興基金」(仮称)で管理し、復興再生債の償還財源とする考えだ。

(2011年4月19日08時32分 読売新聞)

こういうのを「火事場泥棒」と言うのだ。復興のための資金が必要なんじゃなくて、面倒な議論なしに、消費税率を上げたという「実績」が欲しいというだけのことなのがミエミエである。

そもそも、日本における消費税は「愚かな大型間接税」である。菅直人は何かにつけてイギリスをひきあいに出すけれど、そのイギリスの税制のことをひきあいに出したことが一度でもあったろうか。彼の国における間接税 VAT (Value Added Tax) は、たしかに税率 20 % ではあるけれど、贅沢品や菓子以外の食料品に対しては税率 0 %、つまり VAT はかからないのである。

他のヨーロッパ各国でも、食料品の税率が他の品目と同じなのは、旧東欧の国を除くとデンマーク位である。もっともデンマークは、そもそも直接税の税率が極めて高いし、税負担額が大きい分きめ細かな福祉が保証されている、典型的な北欧型の財政構造だから、これを日本と比較するのは妥当ではあるまい。

そもそも、今回の災害への対応として増税するならば、まず所得税や地方税の税率を変えるべきだろう。今回の地震では、被災地以外でも低所得者層が雇用不安などの深刻な経済的ダメージを受けているわけで、それを横並びで増税しようなどと、それも直接税や国債での資金確保が計画される前に、言い出すということ自体が信じ難い。

世界各国のメディアにおいて、日本人は辛抱強い、文句を言わない、と報じられている。しかし、だ。文句を言うべきときには言うべきだし、暴れるときには暴れなければ伝わらないこともあるものらしい。そう言えばかの枝野官房長官は、地下にジムや柔道場、それに社交室や医務室まで完備されているあの赤坂宿舎に家族と住んでいるらしい。あんなところでぬくぬくと暮してる奴に、民草の声など伝わる筈もないのだ。日本人も、もう声を荒げ、暴れるべきなのかもしれない。そうしないと、僕等はまるで路傍の雑草のように、ただ枯れるのを待つばかりではないか。

過越、そして Confession

土曜の夜、僕は某修道院に行っていた。「過越(すぎこし)の晩餐」に参加するためである。

「過越し」とは何か、という話をするには、まず旧約聖書の以下の箇所を読んでいただく必要があるだろう。

エジプトの国で、主はモーセとアロンに言われた。この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。イスラエルの共同体全体に次のように告げなさい。『今月の十日、人はそれぞれ父の家ごとに、すなわち家族ごとに小羊を一匹用意しなければならない。もし、家族が少人数で小羊一匹を食べきれない場合には、隣の家族と共に、人数に見合うものを用意し、めいめいの食べる量に見合う小羊を選ばねばならない。その小羊は、傷のない一歳の雄でなければならない。用意するのは羊でも山羊でもよい。それは、この月の十四日まで取り分けておき、イスラエルの共同体の会衆が皆で夕暮れにそれを屠り、その血を取って、小羊を食べる家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る。そしてその夜、肉を火で焼いて食べる。また、酵母を入れないパンを苦菜を添えて食べる。肉は生で食べたり、煮て食べてはならない。必ず、頭も四肢も内臓も切り離さずに火で焼かねばならない。それを翌朝まで残しておいてはならない。翌朝まで残った場合には、焼却する。それを食べるときは、腰帯を締め、靴を履き、杖を手にし、急いで食べる。これが主の過越である。その夜、わたしはエジプトの国を巡り、人であれ、家畜であれ、エジプトの国のすべての初子を撃つ。また、エジプトのすべての神々に裁きを行う。わたしは主である。あなたたちのいる家に塗った血は、あなたたちのしるしとなる。血を見たならば、わたしはあなたたちを過ぎ越す。わたしがエジプトの国を撃つとき、滅ぼす者の災いはあなたたちに及ばない。この日は、あなたたちにとって記念すべき日となる。あなたたちは、この日を主の祭りとして祝い、代々にわたって守るべき不変の定めとして祝わねばならない。七日の間、あなたたちは酵母を入れないパンを食べる。まず、祭りの最初の日に家から酵母を取り除く。この日から第七日までの間に酵母入りのパンを食べた者は、すべてイスラエルから断たれる。最初の日に聖なる集会を開き、第七日にも聖なる集会を開かねばならない。この両日にはいかなる仕事もしてはならない。ただし、それぞれの食事の用意を除く。これだけは行ってもよい。あなたたちは除酵祭を守らねばならない。なぜなら、まさにこの日に、わたしはあなたたちの部隊をエジプトの国から導き出したからである。それゆえ、この日を代々にわたって守るべき不変の定めとして守らねばならない。正月の十四日の夕方からその月の二十一日の夕方まで、酵母を入れないパンを食べる。七日の間、家の中に酵母があってはならない。酵母の入ったものを食べる者は、寄留者であれその土地に生まれた者であれ、すべて、イスラエルの共同体から断たれる。酵母の入ったものは一切食べてはならない。あなたたちの住む所ではどこでも、酵母を入れないパンを食べねばならない。』」
モーセは、イスラエルの長老をすべて呼び寄せ、彼らに命じた。
「さあ、家族ごとに羊を取り、過越の犠牲を屠りなさい。そして、一束のヒソプを取り、鉢の中の血に浸し、鴨居と入り口の二本の柱に鉢の中の血を塗りなさい。翌朝までだれも家の入り口から出てはならない。主がエジプト人を撃つために巡るとき、鴨居と二本の柱に塗られた血を御覧になって、その入り口を過ぎ越される。滅ぼす者が家に入って、あなたたちを撃つことがないためである。
あなたたちはこのことを、あなたと子孫のための定めとして、永遠に守らねばならない。また、主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入ったとき、この儀式を守らねばならない。また、あなたたちの子供が、『この儀式にはどういう意味があるのですか』と尋ねるときは、こう答えなさい。『これが主の過越の犠牲である。主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々の家を過ぎ越し、我々の家を救われたのである』と。」
民はひれ伏して礼拝した。それから、イスラエルの人々は帰って行き、主がモーセとアロンに命じられたとおりに行った。

――出エジプト記 12:1-28

どういうことか簡単に書くと、エジプトに隷属を強いられていた(しかしこれも実は神の御業だと聖書には書かれているのだが)ユダヤ人の長モーセに、神がこう言うのである。「お前達をエジプトから解放してやろう。それにあたって、エジプト中の全ての初子を殺戮するけれど、私の言う通りの手続きをして、家の門柱に生贄の血を塗っておいたら、その家を過越す(見逃す)から」で、ユダヤ人はモーセの言う通りにするのだが、エジプト人は何も知らなかったので、人から家畜から、初子は皆殺しにされて、慌てたファラオとエジプト人が「頼むから出て行ってくれ、でないと神さまに皆殺しにされちゃうよ」と、ユダヤ人をエジプトから解放し、モーセに導かれたユダヤ人はエジプトを去る……という話である。

え?血生臭いって?実は、旧約聖書はこんな話のオンパレードである。じゃあ何故、キリスト教徒がこの過越を重要視するかというと、それはイエスがこの過越を祝ったからである。

除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日、弟子たちがイエスに、「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。」弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。夕方になると、イエスは十二人と一緒にそこへ行かれた。一同が席に着いて食事をしているとき、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている。」弟子たちは心を痛めて、「まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。イエスは言われた。「十二人のうちの一人で、わたしと一緒に鉢に食べ物を浸している者がそれだ。人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。」

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。

――マルコによる福音書 14:12-26

上の引用部の直前で、イスカリオテのユダは祭司長にイエスを売るのだが、イエスはそのことをちゃんと知っていた、というわけだ。そして過越の食事を弟子と共に食べる。過越の食事は先の出エジプト記にあったように子羊を屠って食べるわけだけど、イエスは売られた我が身を生贄の子羊に見たてて、その食卓で自らを生贄として献げる。これがいわゆる「最後の晩餐」と呼ばれるもので、カトリックのミサにおける聖体拝領というのは、これを行っているわけだ。

来週の日曜が復活祭(イースター)なのだけど、復活する前には死ぬ日があるわけで、それは今週の金曜日ということになっている。それに先立って、過越の食事を皆でしましょう……というイベントに、呼ばれて行ってきたわけだ。まあこれは実は労働奉仕でもあって、その日のゲストに出す子羊(もちろん子羊を実際に屠るわけではなく、いわゆるラムチョップを使うわけだけど)を調理してほしい、と頼まれたのである。

行ってみると、届いていたラムチョップはすこぶる上等な代物で、しかもこの修道院には大型のガスコンベクションオーブンがあるので、素材も道具も不足はない、というわけだ。大変なこと頼んで悪かったわねえ、と言うシスターに、僕はニヤニヤしながら、

「いやーこんな肉をこんなオーブンで調理させてもらって、実に楽しいですよ」

と上機嫌で、ラムをローズマリーと油でマリネしてから、塩胡椒で味を整えてグリルしていたのである。ラムが苦手な人がいる可能性があったので、火はかなりしっかり通したのだけど、肉は柔らかく、かつジューシーな状態を保つようにケアしておいたので、評判はすこぶる上々であった。いやあ、料理できない人には分からないであろう充実感であった。

で、日曜は教会で「枝の主日」のミサであった。これも聖書の記述に由来するものである。

二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。
「ホサナ。主の名によって来られる方に、
    祝福があるように。
我らの父ダビデの来るべき国に、
    祝福があるように。
いと高きところにホサナ。」
こうして、イエスはエルサレムに着いて、神殿の境内に入り、辺りの様子を見て回った後、もはや夕方になったので、十二人を連れてベタニアへ出て行かれた。

――マルコによる福音書 11:7-11

上記引用部の、イエスの一行がエルサレムに入るときに枝を道に敷いたという記述に由来するわけだ。

枝の主日には、キリスト教徒は「赦しの秘跡」……いわゆる告解を受けるべきだとされている。僕も受けたのだけど……まあこのご時世に生きていると、色々赦しを求めるべき行いをしてしまっているもので、実際に行動してはいないけれど心中で、というものも含めたら、どなたでもそういうことのひとつやふたつ思い当たるものだろう。ただ、大切なのは、罪を犯さないことよりも、犯してしまった後にどうするか、ということだというのは、これは洋の東西を問わずに同じなのではなかろうか。

まあこんな調子で、今度の日曜まで、死と再生を意識させられる行事が続くのである。

調子に乗って

昨日リインストールした Windows Vista が思ったよりも調子がいいので、ついついスケベ心が出て、色々と使えるようにしてしまった。

まずは TeX を使えるようにする。これは簡単で、角藤氏のW32TeX(正確には Ring Server に置いてある mirror)の収録ファイルを取ってきて、texinst2010 を使って展開するだけである。PATH を追加すればもう使える。

TeX が使えるとなると Emacs が欲しくなる。Emacs-23.3 の Windows binary を GNU から取ってきてインストールし、更に APEL と ddskk を入れる。たまに Twiitter を使うので、 twittering-mode を github から取ってきて入れてみる。UNIX 系 OS と設定の感じが少々異なる(当然だけどデリミタがバックスラッシュだったり、とか)ので最初は面喰らったが、フォントも好みに直して、書きものをするのには十分な状態にすることができた。

こうなると、今度は UNIX 系のコマンドセットが欲しくなってくる。Cygwin は入れたくないんだけど、unxutilsって開発止まってたよなあ……と調べると、"Gow – The lightweight alternative to Cygwin" なるパッケージが出ていることを知る。さくっと入れてみると、なかなかよろしい。ただし、bash 等はどうも動作が怪しいので、あまりあてにはしないことにする。

TeX 関係でいくつか ruby を使うものがあるので、Perl の前に ruby を入れておくことにする。ruby の公式サイトでは x86 x64 双方のバイナリを公開しているのだが、64 bit binary はどうもうまく動作しない。コンパイラのランタイムのせいかと思ったが、そうでもないようだ。面倒なので 32 bit 版をインストールした。

更に細かいところを brush up して、なんとか普段の使用に耐える状態になった、ようだ。とりあえず印刷時には Adobe のフォントを埋め込んで行うようにしたし……まあ、こんなところか。それにしても、Windows ってちっとも便利じゃないよなあ。どうして皆 Windows を使っていてストレスで「あーもう嫌!」ってならないんだろう。僕は DAW と DAW 上での VST の利用さえなければ、Windows なんか使っていやしないと思うんだけど。

Vista again...

この blog のエントリは、現在 Windows Vista 64bit 上で書いている。えー 7 にしたんじゃないのー?と言われそうだが、諸事情により今日戻したのである(涙)。

戻してみたら、不思議なことに軽い。どういうわけか、今迄 Vista 上では使いものにならない状態だった SKKIME がさくさく動く。通常僕は Windows 上では「google 日本語入力」を使っていたのだけど、SKKIME が問題なく動くので、おそらくこの新生(新々生?)shannon に「google 日本語入力」を入れることはないだろう。

今、丁度音楽関係の環境を再構築しているところである。Cubase を入れて、プラグインの impulse response reverb や BBE、あるいは WAVES や Oxford のプラグイン、そして山のような楽器(と言ってもピアノとエレピとハモンド、それに信頼のおけるシンセが少しだが)を復元しなければならない。なんだかなあ……結局軽くなったので、まあいいんだけど。

負け惜しみで言うわけではないんだが、7 上で SUA を導入して環境を整備しようとしていたとき、python 絡みのソフトを使おうと思ったら pyconfig.h がない、と言われ、えー駄目じゃん、と一から Python を build しようとしていたのだが、どうにもらちが開かない。そういうことで、結局は 7 にしたメリットというと、軽くなったこと(これは今回 Vista に戻しても軽いのでもうどうでもいいんだけど)と XP mode が使えるようになったこと(ケータイの管理ソフトが 32 bit 環境でないと動かないのだが、これも管理に使わせてもらえる 32bit XP 端末があるので問題はない)位だったのだ。それもまあ、今になってみたら、特に惜しいと思わないでもいい状態になってしまった。

というわけで、しばらく(おそらくこの半年位かなあ)位は、このまま Vista 64 bit で音楽を作ることになりそうだ。

7 !

以前、Windows 7 Ultimate を入手した話を書いたけれど、あの後、手元にメディアが送られてきた。英語版なのだけど、オプションの言語パッケージを入れると(起動・終了時のメッセージなどを除いて)日本語版の OS と変わらない look and feel で使えるようになった。

TASCAM US-144 のドライバを入れる際にちょっと手間取ったが(再起動が早くかかるために、MIDI ドライバだけ入らないという現象が発生したが、上書きインストールを行うことで問題は解消した)、他はあまり問題らしい問題も発生していない。

一番の恩恵だと思えるのが、とにかく軽くなったこと。正直、ここまで軽くなるとは思っていなかった(勿論、パフォーマンスを最優先して Aero 等は全て殺してある)。そして、Windows Vista 64bit 上ではちゃんと動作してくれなかったSKKIMEが、何の問題もなく動作する。これは実に快適だ。

昨日 SUA も入れたし、これで少しは Windows の使用頻度も上がるかもしれない。

Emacs のフォント

僕が、Linux 上での様々なことに GNU Emacs を使っているのはこれまでにも触れてきたけれど、最近どうもフォントが納得いかない、という気になってきた。

僕のように X Window System を使うのに慣れてしまっている場合、フォントの設定、というと、えーと、xfontselを立ち上げて……などとやってしまう。当然だけど、これだと X 用のビットマップフォントしか指定することができないわけで、フォントが満足いかないのはむしろ当然のことである。

最近の GNU Emacs は、FreeTypeとか Xft を使用することができるように書かれている。これは、昔は明示的にオプションで指定することが必要だった時期もあるのだけど、現在は configure が勝手に探してくれて include され、使うときも何も考えずに使えるようになっている……はずだ。ということで、.Xresources の Emacs に関する記述を以下のように変えてみる:

emacs*font: MigMix 1M

すると……おいおい、これぁちょっと巨大過ぎるなあ、ということで、

emacs*fontsize: 9
emacs.geometry: 80x40
emacs*font: MigMix 1M-9
としてみると……うん、まあいい感じなんじゃないでしょうか。Emacs with MigMix


【後記】その後、MigMix の「背の高さ」が目につくようになったので、現在は VL ゴシックの 9ポイントで 80x50 の表示ということで落ち着いた。

トンデモ系の餌食になってしまう政権与党って

訪韓した高嶋康豪博士「微生物で放射能汚染された土壌を浄化」

「福島原子力発電所事故で放射能に汚染された水を微生物で浄化してから一緒に飲んでみましょう」。

日本の高嶋開発工学研究所の高嶋康豪博士(60)が4日に訪韓し、国立果川(クァチョン)科学館の李祥羲(イ・サンヒ)館長、韓国科学技術団体総連合会の朴相大(パク・サンデ)会長と韓日共同研究を議論しながら出た言葉だ。高嶋博士は李館長が福島原発事故後、日本の菅直人首相に手紙を送り、微生物で放射能汚染物質を浄化する技術を持つ科学者だと推薦した人だ。

高嶋博士はこの日、「李館長の手紙を受け取った日本政府が、福島原発周辺浄化のため実験を行うよう要請してきた」と明らかにした。これに伴い福島原発周辺3カ所から土と水を採取し実験に着手した。結果は今月末に出るという。

高嶋博士と李館長は放射性物質に汚染された土壌と水に関する韓日共同研究を本格的に推進するため専門家によるチームを構成することにした。これに先立ち李館長は高嶋博士に4000万ウォンの研究費を東日本大震災への寄付形態で支援することにした。

(中央日報 - 2011.04.07 10:16:40、強調部は Thomas による)

韓国の科学館館長、菅首相に微生物による放射性物質浄化を推奨

福島第一原子力発電所をめぐる問題が半月以上続き、日本国内と海外の専門家らが放射性物質漏出を防ぐための多様なアイデアを出している。

国立果川(クァチョン)科学館の李祥羲(イ・サンヒ)館長(73)もその1人だ。李館長は22日、ソウルの駐韓日本大使館を通じ菅直人首相に手紙を送った。「微生物を利用して福島第一原発の放射性物質を浄化させよう」という内容だった。日本の高嶋開発工学総合研究所の高嶋康豪博士が開発した複合発酵法(EMBC−FT)を推薦した。28日に李館長と電話インタビューした。

――高嶋博士との縁は。

「国会議員時代に選挙区が釜山(プサン)だった。洛東江(ナクトンガン)近隣の染色工場の汚水廃水処理問題に関心が多かった。高嶋博士が微生物を利用して産業廃棄物を分解処理する方法を開発したという話しを聞き日本に訪ねて行き初めて会った。それから交流を継続してきた。高嶋博士を韓国に招き国会などで講演するようあっせんすることもした」

――微生物で放射性物質も分解できるのか。

「高嶋博士が2001年に台湾原子能委員会核能研究所で発表した実験結果によると、低レベル放射性廃棄物に含まれたセシウムが40%以上消滅した。当時現場を訪問し台湾の専門家とともに高嶋博士が浄化させた水を直接飲んでみたりもした」

――福島原発でははるかに高い水準の放射性物質が出てきている。

「理論的には高レベル放射性物質も処理が可能だ。低レベル廃棄物を対象にした実験結果しかないのは高嶋博士が個人レベルで研究をしてきたためだ。高レベル放射性物質を扱う機会を得られなかったのだ。日本政府が支援をするならば良い成果を出せると思う。この機会に高嶋博士の創造的方法を果敢に適用してみる必要があると考える」

――研究費支援も検討中だと聞いた。

「果川科学館で日本災害寄付として1000万ウォンを集めた。この資金を高嶋博士のセシウム除去技術研究費として支援する予定だ。大韓弁理士会の寄付金(2000万〜3000万ウォン予想)も支援するつもりだ。韓国科学技術団体総連合会も一部金額を支援すると決めた」

李館長は薬学博士出身だ。科学技術処長官と国会議員(4選)を経て現在は果川科学館長兼大韓弁理士会長として在職中だ。

(中央日報 - 2011.03.29 10:44:22)

僕がこのニュースを読んで、「ん?」となったのは言うまでもない。断言するけれど、微生物で放射性物質を浄化する、なんていうことは原理的に不可能だ。たとえば、セシウムなどの特定の元素を選択的、かつ大量に吸収する微生物がいて、そいつに吸収させておいて後から漉し取るようなことでもできるのならば話は別だけど、分解する、など出鱈目にも程がある話である。

で、この話の主人公であるところの高嶋康豪なる人物の名でググると、以下のリンク先が引っかかってくる。

http://degreemill.exblog.jp/10759547/

ちょうど一年前に、排水浄化に絡んだ詐欺で逮捕されているのみならず、この人物が名乗っている「環境微生物学博士」なる称号も、いわゆるディプロマミルによるものであることが書かれている。

まあ、この記述を全面的に信頼するかどうかは別として、一応学位を持っている人間の端くれとして言わせていただくと、この称号に関してはおかしな点がふたつある。ひとつは、学位というのは、もし名乗るならば、それをどこで授与されたのかを書くべきものであるということ。学位の信頼度(書き添えておくけれど、これは研究者としての一個人の信頼度とイコールではないので念の為)はそれを授けた団体のそれではかられるからだ。もうひとつは、こんなコチャコチャした肩書の学位を、特に海外の機関は出さないということ。西洋の文化においては、知性はあまねく発揮されるべきもので、だから自然科学や工学の畑の人間であっても、貰う学位は Philosophiae Doctor なのだ。どうせ名乗るなら、そういう観点から自然に見えるものにしておけばいいものを、馬鹿は所詮浅い己の見識をまず満足させようとするから、こうやってボロを出すのである。

このニュースは、日本にしてみたら実に憂慮すべきものである。なにせ、今回の災害に乗じて、トンデモ系の研究のためと称して、災害義援金扱いの金を日本円にして320万円程貰うわけだから、これは一種の義援金詐欺と言っていいだろう。韓国の国民がこの内情を知ったらどう思うか。日本人は国難を食いものにして金を詐取するのか、と思われても仕方あるまい。

そして、一番の馬鹿は、そんな奴に軽々に引っかかって試料を送らせるよう手配した現政権であろう(ただし、中央日報の報道が正しければ、の話だが)。トンデモ系に引っかかったのだとしたら、こんなお粗末な話はないではないか。

約70%が損傷

1号機、燃料集合体の7割が損傷と推定

東京電力は6日、福島第一原発1〜3号機の格納容器内の放射線計測値を正式に発表した。

1号機と3号機では、核燃料が一部露出した3月14日朝には、放射線量が、通常運転時の10万倍に達する毎時167シーベルトまで上昇していた。

このデータを基に、燃料に小さな穴や亀裂が生じた割合を計算すると、1号機では燃料集合体400体の約70%が損傷していると推定された。2号機は同548体の約30%、3号機は同548体の約25%が損傷したとみられる。

放射線計測装置は、事故時の燃料損傷を監視するために常設されている。被災後、計測できなかったが、復旧作業に伴い、14日以降のデータが明らかになった。1、3号機より事故の進行が遅かった2号機は、14日朝は放射線量も通常の毎時0・001シーベルトにとどまっていたが、燃料が露出した15日朝には62・7シーベルトに上昇。

(2011年4月6日13時59分 読売新聞)

考え得る事態の中で、最悪とは言わないが限りなくそれに近い結果である。まあまず、なぜこの内容が今日まで発表されなかったのか、ということが問題なのだけど、あの東電にあの内閣だから、もう今更驚くような話ではない。呆れて開いた口が塞がらない気はするけれど。

それよりも、これだけの割合の燃料集合体が破損しているとなると、圧力容器や格納容器の健全性には大きな疑いを持つべきだろう。まあこの話も前から出ていたわけだけど、つくづくお話にならない事態である。

この話を少し前に知っていたであろう官邸は何をしていたか?被曝線量の上限値を引き上げる、などという話をしていたのである。そういう問題じゃないだろう。あー、僕は一応立場的に少しは原子炉に関して、あるいはああいうシステム全体に関して目が利くわけで、だから少しは建設的というか、インテレクチュアルな話をするようにしたいのだ。したいけど、この体たらくを目の前にして「馬鹿」以外の言葉が、もう出てきそうにない。いやはや、本当に、呆れて開いた口が塞がらないのだ。

情報統制は既に始まっている

皆さん、もうお気付きのこととは思うのだが、ある日を境にして、ほとんどのメディアで、放射線や放射性物質量の具体的な測定値を表に出さなくなった。「〜の定める量の……倍」というフォーマットがすっかり定着してしまった。

僕は、これを一種の情報統制だと思っている。僕は決して上杉隆氏や岩上安身氏等を支持しているわけではないのだけど、大手メディアが一斉にこのような動きをするのは、大手メディアに共通する「具体的な測定値を表に出すと不都合が生じる事情」があるからだろう、と考えるのが自然であって、今回の場合、それが「政府関連や東電関連のプレスリリースにアクセスできなくなるかもしれないから」だというのが想像に難くない。上杉氏や岩上氏が言うところの「全部記者クラブが悪い」式のコントロールが、ここに働いているというのは、決して陰謀史観的な発想ではなく、率直に現状から類推した結果として自然に至る見解であろう。

そして今日、こんなニュースが流れた。

日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、気象庁が同原発から出た放射性物質の拡散予測を連日行っているにもかかわらず、政府が公開していないことが4日、明らかになった。

ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開している。日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府の原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。

気象庁の予測は、国際原子力機関(IAEA)の要請に基づくもの。国境を越える放射性物質汚染が心配されるときに、各国の気象機関が協力して拡散予測を行う。

同庁では、東日本大震災当日の3月11日から毎日1〜2回、拡散予測を計算している。具体的には、IAEAから送られてきた放射性物質の放出開始時間や継続期間、どれくらいの高さまで上ったかを、風向きや天候など同庁の観測データを加えた上で、スーパーコンピューターに入力し、放射性物質の飛ぶ方向や広がりを予測している。

(2011年4月4日14時30分 読売新聞)

ノルウェーの飛散予測シミュレーションの結果は以前からチェックしているのだが、その結果は、この季節の特に少し暖かくなってきた頃の風の影響を色濃く反映するものだった。西高東低の気圧配置が崩れてくると、それまで西風が支配的だった福島辺りは、時間によって北風、そして南東←→北西の向きの風が吹くことが多くなる。当然フォールアウトもその風に乗る訳で、「東日本大震災・放射能影響予測システムによる試算」(2011年3月23日、時事通信社)に掲載されている、原子力安全委が去る3月23日に発表した試算結果にも、その影響が見てとれる。

僕が何を言いたいのか、と言われそうだが、これらのシミュレーションの結果を見て言える見解が「放射性物質に対する行動を原発からの半径で定めてもあまり意味がない」というものだ、ということを言いたいわけである。フォールアウトは南東と北西に偏って落ちていて、南東は海上だからあまり問題にならないけれど、北西は陸上だから、これは問題になる。原発から30キロ圏外にある北西の辺り……と見ると、最近話題の飯舘村なのである。

このようなシミュレーションの結果を政府が出そうとしないのは、そのまま出すと不都合な事情があるからだろう。何が不都合なのか、と考えるに、原発からの距離だけで避難か屋内待機、と、バカ(誤解なきように願いたいが、ここで言っているバカは規制される人々のことではなく、規制する側の人々のことである)でも誤たず言及できる今の対策を、もっと複雑で、実情に即したものに変えることにおいて、何らかの不都合があるのだろう。それは、その土地にいる人々の不都合ではない。施政者の不都合なのである。

このような現状を鑑みるに、やはりこう結論付けざるを得ないのだ:情報統制は既に始まっている、と。バカが雁首揃えて、できることはこの程度なんだから、そういうバカから先に死んでいなくなってしまえばいいのだけどねえ。そう言えば枝野官房長官を応援している人々がいるそうだけど、彼が青息吐息で帰った家がどこにあるか皆さん知ってますか?あの人はね、赤坂の議員宿舎に住んでるんですよ。まあ、あんなところじゃ、福島の寒さも飢えも、とてもじゃないけれど慮ることなどできそうもない。

pTeX が消える日

かつてアスキーという出版社があった。今はアスキー・メディアワークスという会社になっているけれど、このアスキーの遺した大いなる遺産のおかげで、僕達は今でも Linux 上でのタイプセッティングを容易にできている。

Publishing TeX (pTeX) は、現在に至るまで、日本語を TeX で扱うためにはなくてはならないものである。僕も、論文を含む数多くの文書を LaTeX で組版してきたし、現在もほぼ日常的に LaTeX を使っているので、この pTeX なしにはそういった仕事に多大なる障害を来してしまうだろう。

しかし、pTeX には大きな負の側面もある。pTeX 成立以後の TeX における日本語環境の進歩が、ほぼ止まってしまったのである。これに関しては、この何年かの間に問題が表面化してきた。特に、レジスタの数が256に限定されていることは、大きな問題であるとされ、北川氏によるe-pTeXで拡張がなされるまで、皆の頭を悩ませた。

e-pTeX と、土村氏によるpTeXLiveによって、現在は問題なく TeX/LaTeX での日本語処理ができている状況ではあるのだが、世界の趨勢というのはこれを遥かに引き離して前進している。e-TeX によるレジスタの拡張だけではなく、pdfTeX の登場によるダイレクトな出力(これは Device Independent な中間出力という Knuth の方法論を超えているわけだが)の実現と microtypography の実装、そして UTF への数々の対応策と、それらの総決算とも言うべき LuaTeX の登場によって、ヨーロッパ系言語における TeX 環境は、日本語のそれとはもはや別次元と言ってもいいような状態になっている。

じゃあ、僕は今一体どうしているのか、というと、TeXLive 2010 上での日本語環境というのを試してはダメ、試してはダメ、というのを何度か繰り返していたのだけど、ついに、こういうプロジェクトが立ち上がったことを今日になって知ったのである:

http://sourceforge.jp/projects/luatex-ja/wiki/FrontPage

(LuaTeX-ja(仮称)プロジェクト)

ようやく、という感じである。今後に注目したい。僕の環境から pTeX が消える日が、着々と近付いているのである。

今更自動化

僕は Debian GNU/Linux というディストリビューションを使っているのだが、いくつかのツールはディストロの管理に依存せず、自分でソースを管理してビルドしている。これは昔からそうしていたから、というのと、やはりディストロのパッケージはカタくできているものなので、最新版を使っている場合にはこの方が都合がいいから、というのもある。

じゃあ具体的に何をそうしているのか、というと、まずは Kernel である。言うまでもなく、Kernel は Linux の中核を成すものなわけだけど、僕は定期的に kernel.org の finger server を覗くようにしていて、Kernel のアップデートがあったときにはアーカイブを落として、自分で debian package を作成している。

そして、GNU Emacs も自力でビルドしている。XEmacs が流行った頃に、GNU Emacs の cvs 版の方がいいなあ、という話をあちこちで聞き、当時はまだ電総研(現在の産総研)で公開されていたソースを落として build するようになって(それ以前も GNU からソースを取ってきてビルドしていたのだが)、それ以来自分で管理する習慣がついてしまった。一時期は Debian のパッケージを使ってみたこともあるのだが、現在は Bazaar で公開されているソースを落としてビルドしている。

Emacs 周辺のパッケージ、具体的には Mew, APEL, Emacs-w3n, FLIM, navi2ch, SKK, twittering-mode 等だが、これらも自分で管理している。具体的には anoncvs や Git でソースツリーを更新しつつ、定期的に自分でビルドしているわけだが、最近は Debian のパッケージを入れると、依存関係の解消のために不要なパッケージが入ってくるのが厭になってGit も自分でビルドするようになってしまった。こうなってくると、いちいち自力でやるのに一日何分かを費すことになるわけだ。

まあ、こう書くと、何をそんな面倒なことをやっているのか、と言われそうだけど、bash の強力なヒストリを使えば、そう入力に困ることはなかった。だから完全手動でやっていたのだけど、さすがにこれも面倒だし、暇があるときに一日に2度 Emacs のビルドをしていたりすると、ああこういうのがいかんのだよな、とか考えて自己嫌悪に陥る。そこで、shell script を書いて cron で自動実行するように整えた。これで一日に1度だけ、ネットワークも端末の負荷も軽い時間に、端末が自動的にその作業をしてくれるようになったわけだ。

本当は、こういうことをまず自動化できることこそが、Linux を使っていて便利なところのはずなんだけど……どうも、いかんな。

頭がカタくなっている?

ちょっと web ブラウズしていたときに、中学入試の数学問題をまとめたサイトに行き着いた。なんだかなあ、こんなん小学生に出す教育的意味って何よ、とか思いながら見ていて、ふと目にした問題がこれであった:http://www.sansuu.net/challenge/challengeq/challenge065q.htm

え、これって小学校までの算数でどう解くんだ?としばし考え込んだのだが、おいおい、分からないよ!えー?どうやって解くのこれ?と、昨日からテンパっている。困ったことである。

こんな問題も解けんのか、とか言われそうなので補足しておくけれど、数列と漸化式を使えばそりゃ解けるんだよ……一応解いたのを PDF にしておいたのにリンクしておくけれど、まあさすがにこんな風に解けないようでは肩書が泣くというものである。

うーん、それにしても、小学生にどう解かせるのか……まあトリッキーなことをさせるのは想像に難くないのだけどなあ。まだ「小学生向けの正解」が思いつかないままなのである。

……などと blog に書いた後も、うーん……と悩んでいたのだが、ああ、こうすれば小学生でも答えられるかもしれない、というものに思い至ったので、解いたのを PDF にしておいたのにリンクしておく。しかしなあ……こんなの、時間制限下で小学生にやらせても教育的意味なんかないって。この中で使っている 1 + 2 + 3 + ……を計算するやり方は、あのカール・フリードリヒ・ガウスがギムナジウム時代、教師に1から100まで足し合わせる課題を出されたときに使ったという代物である。こんなものが時間制限下に出てくる小学生は、仕込まれていないのだとしたら大した才能の持ち主だろうけれど、僕にはどう考えても、猿回しの猿よろしく細かく細かく仕込まれた猿小学生の姿しか想像できないんだけど。

Profile

T.T.Ueda
Tamotsu Thomas UEDA

茨城県水戸市生まれ。

横山大観がかつて学んだ小学校から、旧水戸城址にある中学、高校と進学。この頃から音楽を趣味とするようになる。大学は、学部→修士→博士の各課程に在籍し、某省傘下の研究所に就職、その2ヵ月後に学位を授与される(こういう経緯ですが最終学歴は博士課程「修了」です)。職場の隣の小学校で起こった惨劇は未だに心に深く傷を残している。

その後某自動車関連会社の研究法人で国の研究プロジェクトに参画、プロジェクト終了後は数年の彷徨を経て、某所で教育関連業務に従事。

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